第30話 海よりも深い愛を探して 白馬の王子様を見つけるために5
所変わって、ここは達彦の事務所の応接間。達彦は事務所に呼ばれていた。用件は聞いていないが、見当は付く。今後をどうするかだ。独特の口調芸でピン芸人として売れたまでは良いが、それも持って三年と言ったところであった。四年目からはマスメディアでの露出が減り、地方のイベントがメインになっていた。しかし、それも三年経つと、仕事が段々減り始める。ここらで一つ、変化をつける必要があった。
「急に呼び出して悪いね。達彦君」
呼び出したのは、事務所のメインマネージャーである坂上だ。達彦の担当は磯野という女性のはずだが、どういう事だろう。
「いえ、構いません。どうせ暇なので」
達彦がそう言う。語尾がギャグじゃないのは矯正したからだ。勿論、人前に出る時は芸人として語尾はつける。
「呼んだのは他でもない。今後の方針について話し合おうと思ってね」
「はい」
「一時期売れたことは事務所としては大きく評価しているし、君の人柄も、芸も私は好きだ。しかし、仕事がないんじゃお互い困らないかな」
これは、解雇したいという話だろうか。
「ええ、生活費は売れてた頃の名残があるのでまだ何とかなりますが、このままこの状態が続くのは困りますね」
「そうだろ。そうだ。そこで、単刀直入に言うと、新しい方針を打ち立てたいと思ってね」
どうやら解雇ではないらしい。少し安心する。
「新しい方針」
「うん。このままピンでやっていても同じことの繰り返しになるからね、コンビを組んでみてはどうかなと思ってね」
「コンビ」
「取り急ぎ候補として磯野君をあてがおうと思うんだが、どうかな。入ってくれ磯野君」
「えっ、ちょ、待って下さい、磯野さんって――」
達彦がものを言う暇もなく話が進んでいく。そして磯野マネージャーが入ってきた。
「嗅ぐわしきは女の花。アドューレ磯野とは私のことよ」
入ってきたのは昭和の怪人を思わせる黒の露出の高いスーツに、ケバい化粧。出落ち感満載の磯野マネージャーだった。
「ちょ、磯野さん何やってるんですか」
「社内の方針で磯野君にはマネージャー兼相方をやってもらおうと言うことになったんだ。君のギャグを愛してくれる人が良いってことになってね」
坂上マネージャーが説明する。
「何、私じゃ不満」
よく見ると、鞭を持っている。その鞭でパシンって床を叩いている。やらされている感じではなくて、ノリノリである。
「不満も何も、何の相談もなしに急に言われても」
「だから、今相談してる」
坂上マネージョーは真剣だ。
「相談って、じゃあ断っても良いんですね」
「ああ、構わん。構わんが代わりの人は探してもらうぞ」
坂上マネージャーが真面目な調子で言う。言外に見つからなかったら解雇だよって言っているようだ。
「じゃあ断ります。自分で見つけますよ、相方くらい」
「がーんこ親父」
磯野マネージャーが達彦の真似をした。
「磯野さん、アピールしても無駄です。本来の業務に戻って下さい」
達彦が冷静に突っ込んだ。磯野はとぼとぼと帰って行く。
「しかし、あてはあるのかい、達彦君」
坂上が改めて聞く。
「ええ、あると言えばあります。向こうがどう返事するかはわかりませんが」
達彦はかねてよりこうなることは予測しており、なんとなく候補を絞っていたのだ。これでも一度は芸能界に躍り出た身、色々と繋がりはあるのだ。
「ほう、どんな人か聞いて良いかな」
「僕のギャグが嫌いな人ですよ。その方が突っ込みにリアリティが出ると思うので」
「なるほどね。君のギャグが嫌いな人か。盲点だった。楽しみにしているよ」
そうと決まれば早速その人の待つところへ行こう。達彦は事務所を去るその足で、目的地へ向かうのだった。
「師匠、お元気ですか」
「だれぞ、わしを師匠と呼ぶのは」
「達彦です。お久しぶりです、師匠」
達彦が訪れたのは老人介護施設だった。ここには達彦が師と仰ぐ人がいるのだ。
「達彦、おお達彦か。久しぶりじゃの。わしは元気じゃぞ」
師匠と呼ばれた老人は忘れかけた貫禄を取り戻しながら、達彦に対峙する。
「お久しぶりです。師匠。実は折り入って相談ありまして本日はやってきました」
達彦はフランクにしかし恭しく師匠と接する。
「何、相談とな」
「はい――」
「達彦君」
と、師匠に話し掛けたところで呼ばれる達彦。達彦が振り返るとそこには愛海がいた。
「あ、愛海ちゃん」
久方ぶりの再会である。
「どうしてこんなところにいるの」
愛海が聞いた。
「おお、愛海じゃないか、元気かの」
と、師匠が言う。そう、この師匠、何を言わそう愛海のおじいちゃんである。今は身体も弱って介護施設で暮らしている。
「うん。元気だよ。おじいちゃん。で、なんでおじいちゃんに達彦君が会い来てるの」
愛海が話を元に戻す。
「ああ、君を待ってたんだ。きっとここに来ると思ってね。師匠にも相談しておきたかったし」
「師匠」
愛海が聞く。
「ああ、君のおじいちゃんは僕の師匠なのさ。言ってなかったね」
達彦がそう説明する。ここまできて、愛海は一つ違和感を覚えた。達彦が達彦であって達彦でない何かに思えたのだ。
「語尾、無くなったんだね」
愛海がその違和感の正体に気付く。
「ああ、師匠のお陰さ。プライベートではもう普通にしゃべれるよ」
「そう、なんだ」
愛海はなんとも言えない気持ちになる。確か達彦を振った原因はその語尾だ。
「して、達彦よ。相談とは何か」
仙人が話を進める。
「ええ、その話なんですが、本人もいるので正式に伝えようと思います」
そう言って、達彦が畏まる。
「愛海ちゃん、いや、愛海さん。僕のパートナーになって貰えないかな」
と、突然愛海は告白された。
「ちょ、パートナーって付き合うってこと。えっ、急に何」
愛海は当然混乱する。
「ほほぅ、そういうことか。愛海よ。達彦はの、お前に振られてから猛特訓しての。語尾を直したんじゃ。どうじゃ、受けてやってはくれんか」
仙人がフォローする。
「ちょ、おじいちゃんまで」
愛海はどうやら形勢不利なようだ。
「愛海さん。僕の言うパートナーは実は二つの意味があって、一つは結婚して下さいの意味。そしてもう一つは僕のお笑いコンビになって下さいの意味があるんだ。どちらか一つだけでも良い、出来れば両方、受けては貰えないかな」
達彦が説明する。愛海はますます混乱した。
「えっ、お笑いコンビ、どういうこと」
「実は事務所で僕のピン芸人としての価値が無くなってきていることが話題になってね、パートナーを探してコンビで活動しようって話しになったんだよ。そのパートナーになって貰えないかな」
反撃の狼煙が見えた。
「お笑いのパートナーってことね。私がギャグとか嫌いなのわかってて言ってる」
「わかってて言ってるよ。ギャグが嫌いな方が突っ込みも鋭くなって面白いと思うんだ」
「断るわ、両方とも」
愛海はすっぱりと断った。
「えっ」
「本当にデリカシーが無いよね、達彦君って」
「えっ」
達彦はどうして断られているか見当が付いていない。
「ともかく断る。もう帰ってちょーだい」
達彦が仙人の方を見て助けを求めるが、仙人もあちゃーという顔をして何も言わない。
「早く帰って」
「あ、ああ」
達彦は肩を落として出ていった。
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