第29話 海よりも深い愛を探して 白馬の王子様を見つけるために4
話を聞く限り美佐雄は美樹と結ばれている。傍目からも2人が良い感じだったのは伝わっていた。そんな2人が別れていたというのもあり、愛海はショーの時に告白したのだ。結果は失敗に終わったが。
そう、失敗しているのだ自分は。今までああいう場面で失敗したことはなかった。会えばまた傷つくだけなのではないか。そんな思考が頭を過る。
平日と言うこともあり、愛海は時間を潰してから夕方に向かった。恭子の話によると、今は医者として仕事をしているらしいからだ。何度かやはり帰ろうかとウロウロしていたため、時間はあっという間に過ぎていた。
「愛海ちゃん」
玄関の前でピンポンを押すかどうか迷っていたところで後ろから聞き慣れた声がする。振り替えるといたのは美佐雄だった。
「どうしたのこんなところで」
心臓が早鐘を打つ。心の準備がまだ出来ていない。
「その、恭子さんに聞いて、ここにいるって言うから」
とりあえず、状況をしどろもどろに説明する。
「母さんに」
美佐雄は首を傾げている。
「まあいいや、せっかくだから入んなよ」
美佐雄は少し考えてそう言った。
「うん」
愛海は頷いて付いていく。
「ただいまぁ」
「おかえりー、待ってたよ、美佐雄」
と、中に入ると慌ただしく玄関に迎えに来る声があった。美樹だ。本当に二人で暮らしているらしい。
「美佐雄、今日はね、肉じゃがとねぇ・・・・・・ってあれ。誰」
美樹が愛海に気付いて首を傾げた。どうやら覚えていないらしい。それにしてもだいぶ子どもっぽいなと愛海は思った。恭子の言ってた通りだ。
「愛海ちゃんって言うんだ。高校生の時の同級生だよ」
美佐雄が美樹に説明する。美佐雄も愛海と美樹が出会っているのは知っているはずだが、この説明の仕方だ、何かあるのだろう。
「お邪魔します」
愛海は静かにそう言った。
「美樹です。宜しくお願いしまう」
美樹が丁寧に頭を下げるので、愛海も釣られて頭を下げた。
一通りの挨拶も済んだので、そのまま上がる。アパートにしては広い方だ。1DKの八畳間といったところだろうか。思えばアパートの外装も綺麗である。
「狭いけど、ごめんね」
美佐雄が気遣いをする。思えばちゃんと接していたのは高校生の時以来だ。その時に比べたら格段と美佐雄のコミュニケーション能力は上がっているなと思った。まあ、それもそうか、とも思う。仮にも今は医者なのだ。あの美佐雄は。
「全然気にしてないよ。今は何の先生なの」
愛海が質問した。
「精神科医だよ。やりがいのある仕事さ」
美佐雄は朗らかにそう言った。だいぶ大人びている。愛海の心はくっと締まった。
「そうなんだ、大変そう」
愛海は無難な選び出す。どう本題に繋げようか迷うのだ。
「一緒にご飯食べる」
美樹がそんなことを聞く。
「そうだね、食べてきなよ。美樹の料理は美味しいんだよ」
美佐雄がそんな風に愛海に言った。愛海の心がくっと萎んでしまう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
愛海のその言葉を聞くと、美樹は台所へと向かった。
愛海は脳裏に奪っちゃってという恭子の言葉を頭に浮かべる。
「それで、今日は何の用で来たの」
美佐雄が切り出した。愛海は心臓が引き締まる。
「うん。みーちゃんが私のことを振った時のことが忘れられなくて」
愛海は素直に言うことにした。
「あ、ああ」
美佐雄は視線を泳がす。ちゃんと覚えているようだった。
「ずっと考えてた。この人しかいないって感覚。結局その答えはみーちゃんが一番だってことで落ち着いている。それじゃあダメかな。この想いはみーちゃんの言うこの人しかいないってことにはならないのかな」
愛海は思いの丈をぶつけてみた。
「うーん。じゃあ聞いて良いかな。どうして僕が良いのさ。その理由は」
美佐雄は少し考えてから愛海を見つめてそう言った。
「理由」
ここで間違えてはいけない。そう思う愛海。思いつくままに理由を挙げてみた。
「みーちゃんは私にとっていつもヒーローでいてくれた。一緒にいる時は楽しかったし、ご両親がお金持ちだから将来は安定だし、私を大事にしてくれたから」
過去の思い出を思い起こしながら愛海は答えた。
「そうなんだ。で、愛海ちゃんの白馬の王子様ってどんな人なの」
「それはいつでも私のヒーローで、一緒にいると楽しくて、お金もそれなりに持っていて、私を大事にしてくれる人だよ。そんな人だから私は何でも言うこと聞きたくなるの」
さっき美佐雄に言ったことそのままだ。いや、少しだけ違うが
「じゃあ、やっぱり僕の答えは変わらないよ。愛海ちゃんは条件で恋をしている。この人しかいないって恋は条件じゃないんだ」
そう言って、美樹の方に視線を向ける美佐雄。
「美樹はね、薬物依存の反動でああなったんだ。薬物依存で精神退行している。そんな人でも僕は彼女が愛おしい」
そして、愛海に視線を戻す。
「僕もタイプだけで言ったら、愛海ちゃんはタイプかもね。美人でスタイルも良くて、胸を大きい。健康で元気で前向き」
にっこり笑う美佐雄がどこか遠くにいる人に見える愛海だった。
「私の方がタイプなら、私を選んでよ」
愛海は引き下がらなかった。遠くにいるなら、引っ張り上げるだけだ。
「だから、この人しかいないって感覚は条件じゃないんだ。多少嫌なところがあっても目を瞑っていられる。それすらも愛していける。そう言う人のことなんだ」
しかし、手綱は簡単に切られてしまった。
「嫌なことも目を瞑ってあげられる。それすらも愛していける。そういう人・・・・・・」
愛海は手綱を地面に落としながら、美佐雄の言葉を繰り返した。
「お待たせー」
と、そこで美樹が料理を運んできた。普通なら手伝うところだが、愛海はそれどころじゃない。
「手伝うよ」
と、美佐雄が立ち上がって言った。愛海は肩を落としている。ただなんとなく目線は二人の方へ向いていた。とても柔和な笑顔を浮かべている。二人共だ。席について食べる時も、新婚のカップルのように幸せそうだった。
「帰る」
その場にいるのがいたたまれなくなった愛海はそう言って立ち上がった。
「えっ食べないの」
美樹が首を傾げている。
「ちょっと用事を思い出して」
愛海はそう言って、そのまま玄関を出る。
「また来てね」
後ろから追いかけてきた美佐雄が言う。
「お邪魔しました」
愛海は言葉だけを残して、その場を去った。
愛海は道路へ出ると走り始めた。走って走って走って、そして誰もいない住宅街で立ち止まる。外は夜だ。星が輝いている。その星に目掛けて愛海は叫んだ。
「みーちゃんのバカー。美樹のブスー。愛海の大ブスー」
住宅街に響き渡ったその声は、星空に吸い込まれていく。星はキラキラと愛海を見つめていた。
「愛海の大馬鹿者」
今度は下を向いて、ポツリとそう漏らした。それを見ていた星が、一筋流れたのだが、誰も気付かなかった。
「嫌なことも目を瞑ってあげられる。それすらも愛していける。そういう人・・・・・・か」
愛海は前を向き、歩き始めた。
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