第25話 素晴らしき愛をもう一度 再会、そして・・・・・・2

「ここだよ」


 明くる日、美鈴に連れられて美樹の病室の前まで来た。美樹は個室に入れられているようだ。患者の中でも他の人に危害を加えてしまったり、迷惑をかけるような人はこういう個室に入れられてしまうらしい。美鈴が道中説明してくれた。


「私、ずっと彼女が失恋したんだと思ってた。浮気されて、それで薬に手を出したんだって。でも、相手が美佐雄さんなら、その美佐雄さんの様子なら違うのかもね。たぶん、普段から抱えるストレスがあったんだろうな。彼女真面目だったし。もしかしたら、患者さんと話してて昔の自分と重ねちゃうことも多かったりしたのかな」


 美鈴の方は昨日一日で整理がついているようだった。ごめんね、美鈴さん。青年は心の中で謝った。


「まあ、二人の間に何があったか知らないけど、お話し相手になってあげて。あっ、そうだ。言ってなかったけど。まともだった時のあの子だと思わないでね。こんなこと言いたくないけどたぶん忘れてる。会話もちゃんとできないから。何か危なくなったら入り口のすぐ近くにボタンがあるから。大声出してもいいわよ。駆け付けるから」


 そこまで言って、美鈴は白い空間が広がる白いドアを開けた。


 いた。


 美樹がいた。


 座ってた。


 地面に座ってた。


 地面に座って積み木で遊んでた。


 石ころを積むかのように、白い服に包まれて、


 どこか楽しそうでもあり、それでもやっぱり苦しそうに積んでいる。


 青年は、ゆっくりと歩が動く。


 目の前まで来て、しゃがんで、青年は一緒に積み木を眺めた。


 美樹は気付いていないのか、積んでは崩し、積んでは崩しを繰り返していた。


「美樹さん」


 積み木を眺めたまま、ぽつりと言葉を漏らす。そこで初めて美樹は青年を発見し、目をくりくりさせて、首を傾けた。


「おにいさん、だれ」


 説明を受けた通りだ。どうやら青年を覚えていない。


「初めまして、美佐雄って言います」

「みさお」


 美樹は言葉に出して考える。でも、どうやら検索には引っ掛からなかったようだ。


「はじめまして、みきです」


 礼儀を正してしっかりと答えた。


「みきさんは、将来何になりたいの」


 きっと、今、目の前にいるのは子どもの時の美樹さんだ。


「かんごしさん」


 美樹は満面の笑顔で答える。


「なんで」


 知っているが、敢えて聞いてみる。確か本当だと中学生の時になりたいと思ったようだが、今の彼女の年齢は四歳が関の山だ。


「かんごしさんってすごいの。なんでもなおしてくれるの。わたしのびょうきもなおしてくれたんだよ」


「そう、みきさんは病気なんだ。どんな病気」


 別に治療目的って訳じゃないけど、何故か聞かなければって青年を後押しする何かがあった。


「ごはんたべたくないの。みんないじめるから。おやなしめーとか、デブーとか、きもいーとか」

「そうなんだ。みんなひどいね。みんなはどこにいるの」

「学校」

「みきさん、学校に通ってるんだ。どんな学校」

「中学校」

「それじゃあ中学生なんだ」

「ちがうよ。わたし、にじゅうよんだもん」


 どうやら彼女の中で年齢がごちゃごちゃになっているようだ。


「ああ、ごめんね。じゃあもう立派な看護師さんだね」


 青年がそう言うと、美樹は急に黙りこくる。下を向いて、むせいで、泣き始めた。だんだん大きくなり、割れんばかりの泣き声が個室を満たした。いや、個室に留まらずに世界に広がる。


「どうしたの」


 美鈴が駆けつけてくる。


「大丈夫です。ちょっと話していただけです。気にしないで下さい」


 美鈴が何か言いたそうだったが、青年がきっと見ると、喉につかえていたものを飲み込んで静かにそこを去って行った。


「わたし、かんごしさんじゃないの。きれいなかんごしさんじゃないの」

「看護師さんだよ。美樹さんは綺麗な看護師さんだよ」

「ちーがーうーもーんー」

「看護師さんだよ」


 青年は思わず声を張り上げる。すると美樹は驚いて泣くのを止めた。


「看護師さんだよ」


 青年はもう一度優しく言う。


「かんごしさん。ほんとう」

「うん。美樹さんはちゃんと治してくれたんだよ。僕の病気」

「わたしが」

「うん。無限浪人って病気を治してくれた」

「むげんろうにん」

「美樹さん。覚えてないかな。美佐雄です。僕です。婚活パーティーで出会った」


 青年は耐え切れなくなって美樹の身体を掴んで揺らす。美樹は青年を人形のような目で見て揺れていた。


「みさお。ミサオ。美佐雄」


 すると、段々と焦点が合ってくる。そこには久しぶりに見る彼女の姿があった。


「美佐雄さん。あれ。何でここに。何で私」

美樹はきょろきょろと辺りを見回した。自分がどこにいるのかわからないようだ。

「思い出した。僕だよ」


 青年は思い出してくれたことに、元に戻ってくれたことに感激して飛び上がって顔を近づける。


 しかし、美樹は段々と自分の立場を理解し始め、それどころではなかった。


「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 彼女は頭を抱えて縮こまった。何度も何度も頭を振って、そして、そのまま気を失った。


 ほんの一瞬だった。もしかしたら一瞬だけ青年が夢見ていただけかもしれない。それぐらいすぐに泡となって消えてしまった。


「みさお」


 むくっと起き上がった美樹は少し前の彼女に戻っていた。


 何か、とてつもなく、とてつもなく青く、黒いものが身体の底から込み上げてきて、青年はそれを消すことが出来なかった。


「美樹さん。僕、みきさんのこと、好きなんだ。だから、だから、付き合って、くれないかな。僕、君の、全てを、受け入れるよ。だから、だから」


 込み上げてくるものをなんとか押さえつけながら、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。


「みさお。なんでないてるの。おなかこわしたの。わたし、かんごしさんだからなおしてあげるよ」

「ううん。だいじょうぶ。大丈夫だよ」


 青年は頭をくしゃくしゃにかき乱した。もう何が何だかわからない。どうしたらいいかわからない。


「みさお。ないちゃダメ。そうだ、1+1はなーんだ」


 はっとした。彼女からの質問だ。早く答えなきゃいけない。


「いち。1+1は1。僕たちだ」


 頭に過ぎった。質問の答え。青年と美樹を合わせて1だ。二人で一つになるんだ。そうなりたいんだ。


「うん。いいこいいこ」


 青年が泣き止んだからか、正解を言ったからか、美樹は満足そうに青年の頭を撫でている。


「僕ももっと大人になる。だから、みきももっと大人になろう。一緒に」


 青年がそう言うと、美樹は満面の笑みを浮かべて抱き付いてきた。


「いいよ」

「1+1は1だけど、2にも3にもして、いっぱい幸せになろう」


 青年は強く美樹を抱きしめて、お願いのようにそう言った。


「うん。いちたすいちはじゅうー」


 美樹は痛がりもせずに、楽しそうにそう叫んだ。



 ぐるぐる回る

 くるくる回る

 回って落ちると

 迷路があった

 迷路を進むと

 彼女がいたんだ

 小さく弱い彼女がいたんだ

 僕は抱きしめ

 キスをした

 そして手を取り

 ゴールした

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る