第14話 素晴らしき愛をもう一度 最初のデート
青年と美樹の最初のデートは動物園だった。
「天気、良いですね」
「うん、そうですね」
青年はガチガチになって歩いている。何を話せば良いのか、どう返せば良いのかわからなく、淡泊な会話が続いている。
「あっ、うさぎだ。抱っこして良い」
しかし、動物園は良い。そんな時動物が助けてくれる。
「ああ、うん。勿論だよ」
「美佐雄さん、さっきから口数少ないぞー。このうさぎさんみたいに怯えてるのかな」
うさぎを抱えて一緒に見てくる美樹が可愛いと青年は思う。
「いや、その――。こういうの慣れてなくて」
青年は顔を真っ赤にして答える。
「今まで付き合った事無いんですか」
「いや、ありますよ。ありますけど。結構変わった子だったので」
人のことは言えないが、変わっていたのは本当だ。
「あら、どんな人なんですか」
美樹は興味津々である。
「ヒロインになりたいってずっと言っている子かな」
「ヒロイン」
「うん。ヒーローになってくれる王子さま探してるんだって」
勿論これは愛海のことだ。
「へぇー、それで美佐雄さんはヒーローだったんだ」
仕事柄もあって美樹は話を合わせるのが上手い。
「うーん、まあ、そうかな。すぐに飽きられたけど」
「振られちゃったんだ」
「うん、受験シーズンになって、ヒーローらしいこと出来なくなったから」
「あーあ、受験で別れるのはあるあるだね。で、どこに受かったの」
美樹から見れば青年は立派な社会人だ。というのもあり、大学はもう出ていると思っている。
「いや、それが――まだ受かってなくて」
青年の口調はしどろもどろだ。
「えっ」
「まだ浪人中なんです」
しかし嘘の言えない青年は素直に自分の状況を話した。
「ええっ。失礼ですけど、年齢おいくつですか」
受験生と言えば、大抵は一七から一九の間である。
「二五です」
「二五。じゃあ七浪中ってことですか」
「はい」
青年は嫌われたのではないかと思って心配になる。
「すごい」
しかし美樹から出てきたのは尊敬の言葉だった。
「えっ」
「すごいです」
「皮肉ですか」
ちょっとした負い目だと言うこともあり、ついつい皮肉を疑ってしまう。
「いや、そうじゃなくて、普通に凄いです。普通どっかで妥協しちゃうのに。あっ、ごめんねうさちゃん。抱っこしすぎちゃったね」
と、うさぎが美樹の腕から逃れた。
「あっ、あっちにライオンいますよ。あっち行きましょうか」
言いながら青年は美樹の言葉が嬉しくてたまらなかった。こういう風に言ってくれる人もいるんだなって。
「そうですね。 私、ああいう場所初めてで、最初はやっぱり年が近い人が良いなぁって思ってたら、同僚に会ってあなたが合うって紹介されて、声をかけたんです」
「僕もああいう場所初めてでした。緊張しちゃって全然話せなくて」
そう言いながらも青年は今も緊張している。女性とデートする機会なんてあんまりなかった。愛海とのそれは遊びのようだったし、それ以外との子とはリラックス出来たことはない。いつもなんか違うなって感じちゃう。若いからかもしれないけど、愛を感じられなかったのだ。愛のない恋なんてただの遊びでしかない。恋するならやっぱり愛がないと。でも、愛ってなんなんだろう。青年はそんな疑問を心の中で思った。
「ちょっとわかります。病院勤めって、看護師って聞こえはいいかもしれないけど、出会いとなると全然なんですよ。お医者様は基本的に妻子がいるし、患者さんはほら、ね。私の担当の人って変わってるし、仕事は忙しいから、出会いという出会いは無いに等しいんです」
病院勤め、か。仕事が忙しい、か。青年としては羨ましい限りだ。でも、なんかお医者さんと結婚したい夢とか持ってそうである。つまり青年がちゃんとお医者さんになったら、彼女の願いは叶うんだろうな、と思う。頑張ろうと思った。ただ、今はしがない浪人生。青年で本当に良いのだろうか。
「僕、実は将来はお医者さんになりたいって思ってます」
少しでも格好つけたくてそんなことを言い出す青年。
「そうだったんですか。お医者さんに。じゃあ、もしかしたら私はお医者さんのお嫁さんになれるのかな。わー可愛い。知ってます。ライオンってネコ科なんですよ、これでも。百獣の王なんて言われてますけど、自由で気ままな猫の仲間なんです。強い猫ってところですかね。自由で気ままで強いって最強じゃないですか。私、ライオンになら食べられてもいいかも。食べられたらライオンと一緒になれるかな」
「えっ」
なにやら最後は寂しそうに呟いていた。ずっと笑顔だったからその悲しげな顔が印象的に青年には映った。なんか悩みでも抱えているのかな。そんな疑問が出てくる。
「人間って理性があるっていうけど、美佐雄さんは理性派、本能派」
「えっ、えーと」
青年は急に聞かれて尻込みする。理性とか本能とかあんまり考えたことがない。理性的ってのは理路整然としてて、計算するのが上手い人のことかな。逆に本能的ってのは起きて、食べて、寝るってことに忠実な人のことなのかな。お医者さんならきっと理性的な方が良いんだろうけど、今青年は卵にすらなれていない。詰まるところ、消去法で青年は本能的な人なのかもしれない。起きて、勉強して、食べて、勉強して、寝る。なんか近い気がする。
でもこれって、浮気しやすいかどうか聞かれてるんじゃないだろうか、とも青年は考える。本能的ってことは出会う女の子には必ずって言うほど手を出して、浮気なんて当たり前って事なんじゃ。そういう意味では青年は違う。愛する女性は一人で十分。何よりもそれが愛だろうから。そんな青年はじゃあやっぱり理性的。
「あっ、向こうで何かやってますよ」
「はっ、はい」
そんなことをぐるぐる考えていると、美樹が人の集まりがある方を指す。そこには舞台があって、特に子どもがたくさんいた。何かのショーが始まるみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます