第12話 素晴らしき愛をもう一度 美佐雄の夢
青年はさっきも言ったけどいい大人だ。でも、青年はいつだって夢見てる。たぶん、子どもしか行けないようなワンダーランドにも青年ならいける。世間を知らないとかそういうのじゃないんだけど、青年には理想の夢がある。
青年の夢、お金持ちになる事。お金持ちになってたくさんの人にお金を恵んで、幸せにするんだ。
青年の夢、ヒーローになるんだ。弱っている人を助けて、虐める者をやっつける。身体だって鍛えているんだぞ。
青年の夢、お医者さんになるんだ。病気で苦しんでいる人を治してあげるんだ。将来は名医だぞ。青年の手にかかればなんだって治せるんだ。でも、頭は良くないんだよね。
どうかな。青年の夢は。立派と言って良いのではないかな。未だに医学部に入れなくて悩んでいるんだけど、男なら初志貫徹。理想に生きるべし。でも、婚活なんてしてていいのだろうか。親に強く勧められたからではあるんだけど。まだ浪人中の身でもある。
青年の親はお金持ち。だから正直青年は不自由なく育ったきた。仕事に就かなくても大丈夫みたいなことよく親が言ってる。だけど、それは違う。青年も一介の立派な大人だから、しっかり働かないといけない。医者になるって立派な夢もあることだしね。
所変わってここは病院。美樹の勤め場だ。精神科入院病棟の多床室。咲が一人の患者を診ていた。
「はーい、じゃあ血圧測りますね」
病院の朝は大変だ。入院患者の血圧・体温などを測って回らないといけない。自分でやる人もいるが、今咲が診ている患者は認知症と診断されている。
「嫌じゃ」
「はいはい、文句言わない」
本人意志は尊重されているが、血圧・体温は測らなければいけないことになっている。そのせめぎ合いの中、看護師はいつも闘っているのだ。
「イタタタタタ」
「痛くないでしょ。嘘つかない」
時折、看護なのか作業なのかわからなくなることも多々ある。実際、作業として行っている人は多いと思う。
「わしゃ嘘つきじゃない。あんたは嫌じゃ。美樹さんを出せ」
「また、美樹。あのねぇ、あんまり文句が多いとまた個室に入れられちゃうよ」
個室。閉鎖病室のことだ。隔離室とも言われる。条件は様々だが、はっきり言ってしんどい場所だ。独房と言えばイメージがつくだろうか。
「美樹さーん、美樹さーん」
患者は大声で美樹を呼んだ。
「ああ、もうパス。勝手にすれば」
咲は清廉潔白で患者にも人気のある美樹が嫌だった。今も、その美樹を呼ばれて不機嫌になっている。それで仕事を投げ出すのはどうかとは思うが。
「美樹さーん、美樹さーん」
「美樹は今忙しいので、私でいいかしら」
美鈴だ。美樹の同僚で、仲が良い。
「嫌じゃ美樹さんじゃなきゃ嫌じゃ」
「しー、静かに。困ったわねー。ちょっと待ってられる」
仮にも多床室なので、他の人に迷惑がかかる。
「嫌じゃ、もうたくさん待った」
「秀彦さん。患者さんは秀彦さんだけじゃないの。もうちょっと待ってちょーだい」
美鈴としては静かにしてくれれば美樹を呼びにいけるのにと困ってしまう。
「わしゃ秀彦じゃない。仙人じゃ。口の聞き方に気を付けろ」
そう、この患者。愛海のおじいちゃんである。自分自身を仙人と思い込んでしまったため(少しぼけてきたというのもあるが)認知症という診断を受けたのである。もう、秀彦としては生きていない。実際のところ、それが病気のせいなのかどうかはわからないが。まあ、それを見極めるために入院していると言っても良い。
「もう、困ったわねー」
「どうしたの」
美樹が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「ああ、美樹。ごめんね。秀彦さんが喚いちゃって」
「美樹さん」
仙人が笑顔になる。
「あー、私に任せて」
「ごめんねー。頼んだ」
「どうしたんですか。仙人様」
美樹は目線を同じにして優しく語りかける。
「みんなわしを虐めるんじゃ。ボケだのアホだの」
「そーう、みんなって誰」
仙人の感情に合せて表情を変える美樹。
「みんなじゃ、ここにいるみんな」
「そんなことないわよ。少なくても私は味方でしょ」
そして、今度は笑顔に切り替えて言う。
「美樹さんだけじゃ、わしをちゃんと仙人と思うてくれてるのは」
こうしてしゃべると、少なくてもこの仙人とは普通にしゃべれる。
「あー、わかった。仙人だってみんなが信じてくれないから不貞腐れてるんでしょ」
これは美樹としてはちょっとしたチャレンジだ。認識をしっかり持ってもらうためのものだが、
「美樹さんもわしのことバカにするのか」
失敗した。
「あーあー、違う、違うよ」
慌てて、取り繕う。
「わしは仙人じゃ。ちがくない」
しかし、地雷を踏んでしまったらしい。
「そうじゃなくって、秀彦さんは仙人よ」
「秀彦じゃないと言うてるだろ」
無くなった足は元には戻らない。
「あーごめんってば」
「美樹、大丈夫」
美鈴が戻ってきた。
「ごめん手間取ってる」
「担当医呼んでくるね」
「うん、ごめん」
これが、美樹の日常だった。
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