第11話 素晴らしき愛をもう一度 それは運命の出会い2

 そして、青年はいよいよ婚活パーティーの日を迎えることになる。婚活する浪人生というのもまた不思議なものだ。高級なスーツを着て決めてきているが、青年は一向に話し掛けようとはしなかった。緊張しているというのもあるが、やはり気が進まなかったのだ。


「こんにちは」


 そんな中、話し掛けてくる女性がいた。きっと、青年の高級そうなスーツに引かれたのだろう。


「あっ、こんにちは」


 話し掛けられるとは思っていなかった青年は、縮こまった返事をする。


「お一人ですか」


 女性は構わず話し掛けてきた。胸元の見えるドレスで、その胸を強調している。


「ええ、まあ」


 青年の目ははしどろもどろしていた。


「私、咲って言います」

「美佐雄です」


 一応、名前は返したが、咲の見てみてアピールに当惑していた。


「……。私こういうところ初めてなんです」


 無理矢理目を合せてきた咲がそう語りかけてくる。


「ごめんなさい」


 青年は耐えきれなくなってその場を離れた。


「あっ……何あれ」


 咲は本性を出して舌打ちをする。と、そんな折に同僚の声がした。


「あれっ。咲さん」

「あっ、美樹。あんたこんなところで何してるの」


 表の顔を取り戻す咲。そして、ツンとした表情で美樹に話し掛ける。


「ちょっと気分転換に。咲さんこそよく来るんですか」


 気分転換で来るところではないだろうと思う咲。しかしそれよりもこういう所に常連で来ていると思われるのが気に食わなかった。


「はぁ、別に初めてだし。あっ、あそこの男結構よかったわよ。話してみたら」


 そう言って、外れの男を同僚に差し出す咲。


「いや、本当に気分転換に来ただけなので」


 ここは曲がりなりにも婚活パーティーである。


「いやいや、気分転換で来るところじゃないでしょ。いいから話してみなさいよ。たぶん貴女に合ってるから」

「は、はぁ」


 美樹は渋々話し掛けることになる。咲は遠くからそれを眺めて笑ってやろうと思っていた。


「いってらっしゃーい」


 美樹は言われた通りに青年の下へと行った。


「こんにちは。私は美樹って言います。えっと、貴方は」


 美樹は控えめで服装も露出が少なかったため、青年は安心して話せた。


「美佐雄です。宜しくお願いします」


 それでも青年は緊張した。あんまり女性と話したことはない。高校生の時にいた愛海ちゃんとはよく話せたけど、あれは仲がよかったからで、しかも愛海ちゃんがよく話し掛けてくれたからだ。でも、冷静に考えると今もそうだ。美樹さんが話し掛けてくれている。それに愛海ちゃんとは系統が違うけどとても美人で。さらに見たところ若い。愛海ちゃんだと思えば良いのかな。それにしても美樹さんはこんな所へ来なくても十分良い出会いがありそうだった。


「お一人ですか」


 美樹はにこやかに青年に話し掛ける。


「はい、一人です」

「向こうの人に紹介されて。あまり楽しそうではないんですね」


 咲が柱の陰から二人を見ているのが見える。


「ああ、僕にはまだ早いかなって思ってて。親がうるさいから来ただけなんです」


 青年は素直に事情を話す。


「親に。お見合いとかじゃないんですね」


 美樹は特に怯むこともなく自らの疑問を聞く。確かに美樹の疑問はわかる。普通、両親が子どもの結婚に口出す時はお見合いを選択するはずだ。


「うちは恋愛至上主義なんです。相手は自分でしっかりと選びなさいって」


 これは青年の両親がお見合い結婚を蹴って結ばれたカップルだからである。


「へぇ、そうなんですね」


 美樹は珍しい親もいる者だなと思った。


「まあ、気分転換みたいなものですけど」


 勉強の合間の息抜きと言う意味だ。


「あっ、同じだ」


 美樹が気分転換という言葉に反応する。


「同じ」

「私、まだ二十三なんですけど。仕事に溺れたくなくて、こういうところに来てみたかったんです。どんなところかなって」


 美樹の笑顔が素敵だった。笑窪が笑窪を呼んで更に笑窪だった。えっと、つまり笑っている顔のパーツがそれぞれ更に笑っているように見えたってことだ。なんか本の中に出てくる女神様みたいだと青年は思った。


「どうしてこんなところに。そんなに美人なのに。気分転換ってだけじゃ彼氏は許さないでしょ。場所が場所だし」


 青年は純粋な気持ちで聞いてみた。だって、やっぱりおかしい。こんな素敵な女性がここにいるなんて。


「あら、やだ、美佐雄さんってお上手ね。でも、彼氏はいないんですよ。ふふふふふっ」


 ケラケラケラっと可愛く笑う。つられて青年まで笑顔になる。なんか気分が良い。


「えっ、そうなんですか。いや、だって、モテそうじゃん」


 青年は素直に思ったことを言う。


「ありがとうございます。でも、仕事が忙しくて。出会いもないですし」

「仕事。何をしてるんですか」


 青年はいつの間にか美樹に夢中になっていた。


「看護師の仕事をしています。精神科が担当です」

「へぇ、精神科。大変そう」


 そう言えば、自分も行ったことがあったなと青年は思う。


「ええ、結構大変です。理解しようとすると特に」


 美樹は溜め息を吐くようにそう言った。


「精神科か、考えたこともなかった」


 青年の頭の中では医者になったら外科に行くと決めていた。それだけに内科的な部署は考えにないのだ。


「まあ、あまり知られてない世界ですよね。知ってても名前だけって人が多いのかな」


 美樹はそれとなく髪を掻き上げる。すると、なんか良い香りがしてくる。青年の顔が赤くなる。どきどきが高鳴ってくる。


「やっぱり心理学みたいなことやるんですか」

「そうですね、そういう科目もやりました。あっ、その……。良ければ、連絡先交換しませんか」


 美樹の方から声を掛ける。青年はなんて女々しいんだと自責する。なんか自分に腹が立ってきて、思わず声に出す。


「はい。今度デートして下さい」


 どうだ、言ってやったぜ。と言った様子だった。しかし、青年は言ったは言ったでめちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。美樹はというと、きょとんとしていた。


「えっ、ふふふっ、はははは。いいですよ。デート。しましょ」


 美樹は満面の笑みで、青年は満面しぼんだゆでだこだった。でも、まあ、女の笑顔を作るのも男の務め。やってやったぜって頑張って自分を褒め称える青年。はぁ、でも、やっぱりかっこ悪いな。青年は同時にそう心の中で呟いた。

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