第8話 会話の極意 遂に現る、これが仙人2
「よくぞここまで辿り着いた。仙人は中にいる。早く助け出すんだ」
どこからともなく仙人の声がする。きっと録音しているものが流されているのだろう。
「この掘っ立て小屋に。ぐずぐずしてられない。入るぞ」
青年はノックもせずに急いで入る。扉を開けると、部屋の中央に仙人らしき人がいた。腕を組んで目を瞑っている。いかにもという雰囲気があった。しかしそんなの今の青年には関係ない。
「仙人。助けて欲しいんだ」
仙人は深く一度頷いて、そのまま黙っている。
「仙人。どうしたの。何か答えて」
仙人はもう一度頷いた。が、目を閉じたまましゃべらない。青年はどうしたものかと近づいてみる。すると
「グー」
いびきが聞こえてきた。
「ね、寝てる。こらー仙人。起きろー」
青年は耳元で大声を出す。と、さすがの仙人もこれには目を覚ました。
「はっ、お前は誰だ」
耳を押えて、乱れた様子で仙人は当惑する。寝ている時の方が威厳があったのは言うまでもない。
「起きた。今来る途中で仲間が底無し沼にはまって、助けて欲しいんだ」
しかし、今の青年には関係ない。早く助けないと昴も愛海も死んでしまうかもしれない。
「来る途中。底無し沼。ああ、ゲームの参加者か」
一方の仙人は暢気なものである。明るい感じで状況を飲み込んだ。全く切迫感がない。
「ねぇ仙人助けてよ。何でも叶えてくれるんでしょ」
一方の青年は必死そのものだった。仙人を無理にでも引っ張っていこうとしている。
「なーに、心配ない」
その手を余裕な表情で外す仙人。その顔は笑顔で満ちていた。
「えっ、何が、心配ないの。あいちゃんが昴が死んじゃうよ」
あまりにも余裕なので、青年の方も手が緩む。しかし切迫しているのは変わりなく、声には涙が混じっていた。
「あいちゃん。孫娘の事か。ああーそれなら大丈夫じゃ。二人ならもう助かっておるわ」
さりげなく前半に爆弾発言しているが、そんなことは青年に関係ない。青年は気持ちが晴れるように叫んだ。
「えっ、本当に」
「ああ、底無し沼の下には地下があってな。温かいお風呂とお茶菓子が置いてある」
昴は心配していたが、ちゃんと救済措置が施されていたようだ。
「そうなんだー良かったー」
青年は素直なのでそのまま納得した。緊張していた糸が緩んだのか、へなへなと座り込んでいる。
「お主の望みはそれだけかの」
と、仙人が本題に入る。仙人の所まで辿り着いたため、願い事が叶えられるのだ。一部の願いを除いて。
「うん、それだけ」
しかし青年はきっぱりとそう言った。素直なのも玉に瑕である。
「ほーう、本当にそれだけかの。ここに来るものには必ずここに来る理由があるものじゃが」
仙人がそれっぽい口調で窺うように青年に問いかける。仙人としても久しぶりの客人が来たので張り切っているのだろう。
「うん。ここに来た理由」
青年は呟きながら理由を探す。そう言えば、何故仙人に会おうとしたのか。
「あっ、そうだ僕、会話が上手くなりたいんだ」
そして、目的を思い出した。
「会話。会話とな」
仙人は間の抜けた声で反芻した。さも意外だったのだろう。目がぱちくりとしている。
「うん。本当は昴が教えてくれるはずだったんだけど、仙人の方が良いってなって」
「ほーう、会話とな。そうじゃのー会話の極意とは」
仙人も気を取り直して、居構える。居構えるとなかなかに凄みがある。
「極意とは」
青年もその雰囲気に飲まれて、仙人の解答を固唾を飲んで聞いていた。
「うーん、会話の極意とは」
仙人ももったいぶっている。もしかしたら久しぶりの客が嬉しいからかもしれない。
「極意とは」
青年はしかしそれには気付けずに、緊張して聞いている。
「うーん、うーん」
青年は今言うのではないか、今言うのではないかと気持ちを高ぶらせている。
「うーーーーーーん」
しかし、一向に仙人は口を開かなかった。
そしてそのまま数分経った。
「仙人さん。会話の極意って何」
さすがの青年もしびれを切らしたのか話し始める。
「グー」
一方仙人はあろうことか寝ていた。
「仙人さん」
しかし青年は気付かない。そして、青年は自分のことをしゃべらなければ極意を教えてくれないのじゃないかと思いつく。
「僕、昔からいじめられてたんだ。だからかな、人と話すのが怖くなって。段々、人の話を聞けなくなったんだよね」
「グー」
「で、そしたら会話が上手くいかなくなって、そしたらもっといじめられて」
「グー」
「こくりこくりってずっと聞いてくれている」
「グー」
そう、奇跡的に、こくりこくりとするタイミングが青年の話を聞いているように見えるのだ。勿論、事実は違うが。ただ、青年としてはなかなか人に話せなかったことを吐露したことで少しすっきりした気持ちになっていた。
「あっ、そうか。会話の極意ってもしかしたら、ちゃんと人の話を聞けって事なのかな」
これは実は昴も言っていたが、青年は奇跡的に体感としてそれを実感したのである。
「グー」
「頷いてる。やっぱりそうなんだ。わかった仙人さん。ありがとうございました」
思い込んだらそのままになる青年は、すっきりした気持ちでその場を去って行った。そしてタイミング良く、この人が起きる。
「グー。はっ、ヤバい寝てしもうた。で、なんじゃったかの。確か会話がどうのって。あれ。居なくなってる」
こうして青年の旅は終わったのである。
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