第4話 会話の極意 リアルなゲームと仙人と

 かくして、青年とその一同は山登りから始めることになる。仙人がいると言われる山は学校からは遠くはなく、電車で三〇分も乗り継げば着く距離にあった。とは言え、山登りをするのだ、一応休みの日をあてがって皆で行くことにしている。高さ一五六六メートル。その道は険しく、いつの間にやら二時間が経っていた。


「ちょ、もう無理。私登れない」


 愛海が弱音を吐いている。一番やる気に満ちていたのに、情けない話である。


「弱音を吐くな。ヒロインだろ」


 昴も扱いに手慣れたもので、ヒロインという言葉を出せば、愛海がやる気になるのを知っていた。が、さすがにもう限界が近いようだ。


「あなた、おぶりなさい私を」


 そう無茶ぶりをしてくる愛海。昴としては自分の荷物だけで精一杯だった。というか、他の三人は揃いも揃って軽装である。とても山登りをする格好ではない。


「嫌だよ」


 昴はきっぱりと断った。そもそも一番疲れているのは格好から言っても昴だった。もちろん精神的にも疲れている。


「貴方、ヒーローになりたくないの」


 愛海が抗議の目で昴に訴えかけている。


「なりたくないよ別に」


 愛海は美人だが、性格が突飛すぎてタイプではないのだ、昴にとって。


「あっ、昴あれ見て。本当に仙人いるんだ」


 と、青年が何かを見つけたらしい。前を指差して皆の注目を集めた。そしてすぐに駆け出していく。


「えっ、てなんだあれ」


 青年が指差した先にあったのは大きな看板で、何か色々と書いてある。


「仙人を探せ!!脱出ゲーム。仙人を探せた方は仙人からの豪華商品あり」


 愛海は目が良いのか、その文字を読んだ。そして、昴はこけた。


「ってなんだよ、脱出ゲームのことだったのかよ」


 地域の七不思議も地に落ちたものである。まさかただの脱出ゲームだったとは。


「脱出ゲームって何人参」


 まあ、パズルとか好きでもないと知らないかーと思いつつ、昴が解説する。


「要は、みんなで謎解きしながら楽しむ遊びだよ。何々、山に閉じ込められた仙人を救い出せだって。これは体験型の脱出ゲームみたいだな」

「救う。それはヒロインの仕事だわ。行くわよ、マイヒーローみーちゃん」

「えっ、みーちゃん」


 きっと青年のことだと思いながらも、昴はいつの間にそんな呼び名になったのだとびっくりする。というより、ターゲットは青年一人になったようだ。少し肩の荷が取れる昴がいた。


「うん、でもちょっと待って。見てっ、ここに豪華商品は何でも仙人が叶えてくれることだって書いてあるよ」


 それが本当なら中々に良い商品だが、所詮人間のやること。限界はあるはずだ。そして案の定、その文を見つける。


「ってか小さく仙人にも出来ないことはありますって」


 しかし、その言葉は誰の耳にも入らなかった。


「みーちゃん。貴方はまだヒーロー見習いよ。ヒーローになるにはみんなのヒーローにならないとダメ。私から少し認められただけじゃダメなんだからね。ヒーローになれば、私は貴方のものよ」

「うん。頑張ってヒーローになるよ、僕。ヒーローってカッコいいもんね」

「なんかギリギリのところで会話が成立してるけど、ギリギリのところでかわされてる気がするな」


 おそらく青年は愛海をものにしようとは考えてないだろうと昴は思った。


「良いなー」


 と、達彦が青年を羨ましそうに見ている。というより


「おっ、なんか、珍しくギャグが続いてない」


 これは大発見だ。何につけても語尾を付け足すと思っていたが、心の吐露に関しては対象外のようだ。


「いなーいいないばあ」


 と思ったがそれは


「気のせいだった」

「よくぞ来られた子供たちよ」


 と、ここで低いおじさんの声が響き渡った。


「うわっ、なんだいきなり」


 急だったので昴はびっくりして辺りを見回した。しかし、音響機材は見つからない。


「君らはこれから幾多の試練を乗り越えて、一人の老人を救い出すのだ。その老人は見返りにたくさんのことを教えてくれよう。さあ、いざ行かん。試練の旅へ」


 音を頼りに見回すが、それらしきものは見つからなかった。まあ、雰囲気を保つために巧妙に隠しているのだろうと昴は思った。


「すごーい、仙人様が見てるんだ」


 ただ、見つからなかったことで青年は本物の仙人だと思い込んでいる。


「なんか、ワクワクしてきたわ」

「会話の極意が知りたい焼き」


 他の二人も雰囲気にテンションが上がってきているようだ。中々良質の脱出ゲームかもしれない。


「よーし、レッツゴー」


 そして三人は駆け出していった。


「ちょっと待った、お前たち。参加料払わなきゃって、おいー。なんだ、これは俺が払う流れなのか。はぁ。何々、この地蔵型の受付にって一人5000円。いやいや、手持ち無いから」


 役損である。お目付役として来たが、まさか全員分の参加費を払わされることになるとは。しかし、手持ちはそんなにない。三人はもう進んでいる。昴は困ってしまった。


「昴ーどうしたの。早く行くよー」


 ここで引き返すわけにも行かない。昴は慎重に辺りを見回す。


「 ……監視カメラはないな」

「昴ー」


 そして一大決心をするのだった。


「ああー、今行くー。面白かったら後で払うから。じゃあな」


 罪悪感を胸に、昴はお目付役としての責務を全うしようとするのだった。

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