第022食 通常の三倍のインパクトが醸し出す渾然一体感:生姜豚 香登利(C03)

 昼に、美味い国産三元豚のロースカツカレーを味わった事によって、書き手は、夜も豚肉料理を食べたい、という心理状態になっていた。


 とはいえども、昼も夜もトンカツというのは、さすがに芸が無さすぎる。そこで、夜は、同じ豚肉料理でも、トンカツ以外の料理を食すことにし、かくして、書き手が冊子のリストから選び出したのが、末広町駅界隈に在る〈生姜豚 香登利(かとり)〉である。


 上野方面に向かって中央通りを進み、中央通りと蔵前橋通りが交差したところで、蔵前橋通りの横断歩道を渡ってから、蔵前橋通りを左折し、この通りに接続している最初の細道を過ぎた所、すなわち、蔵前橋通りの右手に面しているのが目当ての店である。


 興味深いことに、中央通りは、蔵前橋通りを境に、その雰囲気がガラッと変わる。すなわち、横断歩道を渡った瞬間に、電気街にしてヲタク街であるアキバ・エリアから、落ち着いた雰囲気の湯島界隈に変貌するのだ。

 香登利も、その湯島界隈の、瀟洒な雰囲気を醸し出しており、その古民家風の店の外観は、高級そうな日本料理店の如き様相で、ちょっと、アキバに来ているヲタクには敷居が高そうな印象であった。だがしかし、店の前に置かれていた、QR決済も対応している自動券売機のメニューをざっと見てみると、それ程べらぼうな値段ではなく、書き手は、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。


 入店後、カウンター席に座り、食券を渡すと、程なくして、料理が載せられたお盆が提供された。

 お盆の上に置かれていたのは四つの品、らっきょうの小皿、サラダに豚汁、そして、蓋された大きめの黒塗りの椀であった。


 椀を見た瞬間の印象は、えっ、これにカレーが入っているの!? であった。


 それから蓋を開けると、中に入っていたのは、一面の咖喱汁で、一番上に豚肉とニンニクが載っていた。

 黒い木製の匙で豚肉をズラしてみると、その下に御飯があった。つまるところ、椀を満たした咖喱汁の中に御飯が完全に沈められており、その上に、具である生姜豚が載っていたのだ。


 まず最初に、書き手は汁を吸ってみる事にした。

 それから、汁が掛かっている、一番上の豚肉を数切れ食べた後に、目の前の咖喱料理をいただいた。


 これまで食べてきた、例えば、カツカレーなどは、トッピング、カレー、ライスが、ある程度セパレートになっていたので、カツ、トンカツ定食、カツカレーといった三種の食べ方が可能だったのだが、香登利の咖喱丼は、むしろ、咖喱汁がたっぷりと染み込んだ御飯と生姜豚が、一個の丼として一体感を成しているように感じられた。


 そして、咖喱の味は、生姜やニンニクの味と相まって、咖喱の旨味を存分に引き立てているような印象であった。


 この店の紹介頁では、この丼の豚肉は、生姜焼きではなく、あくまでも〈生姜豚〉である事が強調されていた。

 ここで思うのは、生姜豚とは何ぞや、という疑問である。


 店内に置かれていたポップによれば、「ニンニクや生姜などをふんだんに使用した特製のタレに、国産の厚切豚ロースを適正な温度管理のもとで長時間漬け込んで熟成させ」るという独特の製法で調理されたものであるそうだ。

 また、店から出た時に、店の前に置かれていた掲示を見たところ、香登利の生姜は〈高知県刈谷農園〉で作られた物で、さらに「注意書」によれば、香登利の生姜豚は、「ニンニクと生姜を通常の2〜3倍使用し、かなり刺激の強い料理になって」いる、という事が、木製の板の上に赤字で書かれていた。


 なるほど、〈通常の三倍〉か……。

 道理で、生姜のインパクトが強かったはずだ。


 そう思いながら、書き手は末広町から銀座線に乗って、帰途についたのであった。


〈訪問データ〉

 生姜豚 香登利;秋葉原・末広町

 C03

 八月二十九日・月曜日・十九時

 一〇〇〇円(現金)


〈参考資料〉

 「生姜豚 香登利」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、六十一ページ。

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