第023食 昭和風情と赤か黒:オオドリー〈鴻〉本店(A17) 

 平日の昼食時、書き手は今日もまた神保町にカレーを食べにやって来ていた。

 現状、未だランチタイムのみ営業の店も数多く、スタンプ数を増やすためには、できるだけランチタイムに参加店に赴く必要があるからだ。


 そういった次第で、この日に訪れたのが〈オオドリー〈鴻〉本店〉である。


 神田方面に向かって靖国通りの右側の歩道を進み、書泉グランデを通り過ぎた後に、次の細道を右折する。それから、〈すずらん通り〉を渡り、次の路地を左折した所に位置しているのが目当ての店である。目印はホテルで、店はその目の前にある。


 この店の外観は古民家風で、特徴的なのは「町保神田神」「〜リドオオ」といったように、外の看板が、右から左に読んでゆく、いわゆる〈右横書き〉になっている点だ。

 現代の日本における横書きの文字は、アルファベットのように、左から右に読む〈左横書き〉なので、右横書きに出くわすと、我々は、一瞬、戸惑ってしまいがちである。


 歴史的に、日本においては、左横書きと右横書きが混在していた時期もあったらしいのだが、戦後は、左横書きが一般化した、という。


 書き手は、〈鴻〉の外観を見て、昭和だ、という印象を抱いたのだが、看板を見て修正の必要があるような気になった。右横書きの看板が与える印象は、戦前、あるいは、大正なのだ。

 実際、冊子の店紹介頁を見ると、「大正浪漫あふれる店内」といった自己紹介さえなされていた。


 店は、入口で靴を脱いでから入る形式で、まず、そこに驚いた。

 店内では昭和の歌謡曲が流れており、店内のそこかしこには、例えば、オードリー・ヘップバーン氏や吉永小百合さんのポスターが貼られていたりして、店内の雰囲気は昭和三十年代の如しであった。さらに、カウンター席の上には、古い詩集が置かれており、この点は、鴻が神保町・古本街に位置している事を主張しているように思えた。

 店の看板は戦前、店内は戦後すぐの昭和、つまり、店の基調が、少なくとも、〈今〉ではなく、古い時代の日本を尊重しているのは間違いなかろう。


 前日は、豚肉系のカレーが続いたため、書き手は、「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ピーマン、ナス、ゆでたまご、ブロッコリー」が入っている〈野菜カレー〉を注文する事にしたのだが、店のスープには、赤と黒の二種類があったのだ。


 キレが特徴の「スパイス赤スープ」の方は、「たくさんの野菜と手羽ベースのスープ」で、もう一方の「コクの黒スープ」の方は、「たくさんの野菜と豚骨がベースのスープ」であるそうだ。

 問題は、赤か黒、いずれのスープを選ぶかだ。

 書き手は、ほぼ直勘で〈黒〉に決めた。


 この店は後払い制だったのだが、料理提供の待機時間に店員の女性が、スタンプラリーの参加を問うた上で、先にスタンプを押してくれた。


 やがて提供されたスープカレーは、ライスもスープカレーも、舟型で、底が深めの容器に容れられており、器の先がまるですれ違う、二艘の舟のように並べ置かれていた。

 スープもライスも容器一杯で量が多かった。


 書き手は、スープカレーのいつもの食べ方、ライスをスープに浸しながら、次々にスプーンを口に運んでいった。

 そもそものライスの量は割と多めだったのだが、注文した黒スープが少し辛めになっていたせいもあって、思っていたよりも、ご飯が進んでしまい、未だ未だスープが残っているというのに、ライスが無くなってしまったのだ。


 はたしてどうしたものか


 そこは、心配ご無用である。

 この店では、ご飯のお代わりは無料なのだ。


 よかった。


 そうでなければ、残った辛いスープを飲み干さなければならなかったろうから。


〈訪問データ〉

 オオドリー〈鴻〉本店;神保町・小川町

 A17

 八月三十日・火曜日・十一時半

 一〇〇〇円(現金)


〈参考資料〉

 「オオドリー〈鴻〉本店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、四十八ページ。

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