第9章:疾風

 それからしばらくして、店主から教えてもらった道順を順調に進んでいき、アルバトルとセリアは表通りへと辿り着いていた。



 (ん........読み通りだ。やはりこの時間に出発しておいて正解だった。出歩いている人間がほとんどいない)

 


 少しずつ活気を取り戻してはいるものの、未だに静寂せいじゃくに包まれている街並みを見回しながら、アルバトルはそんなことを考える。



 やはり表通りというだけあり、誰1人として出歩いていない、というわけではない。先程から ちらほら とおそらく仕事へと向かうであろう人間とはすれ違っている現状である。

 しかし、昼間のにぎわいから比べてしまえば、明らかに静かである。たまに騎士団らしき者もうろついているが、せいぜい1人や2人といった程度だ。この程度の人数から隠れることなど、アルバトルからすれば容易たやすいことであった。



  (このまま順当に行けば、バレずにこの街を出ることはできそうだな。......それにしても——)



 アルバトルは、チラリ と視線だけを隣へと移動させる。



  (———こいつ、いつまでこのままなんだ?

さすがに俺もスルーするの限界なんだが......)



 そう。当のセリアは未だに視線を下に下げ、どこか ボーっ としているような様子であった。というか、店主と何かを話した後からずっとこんな感じだ。

 

 ......まぁ確かに、普段から奇行きこうが目立ち、せっかくの美貌びぼうを完全に台無しにしており、まさしく残念な美少女という言葉が似合う掴みどころのない少女ではある。感情が全く無いわけではないのだが、決して表情豊かとも言えず、それも相まり普段から何を考えているのかは非常に分かりづらい。

 

 

 しかし、今回のそれは、何というか、どこかいつものそれとは違っているのだ。いつものようなはちゃめちゃな言動をせず、奇想天外きそうてんがいな行動もせず、ただひたすらに何かを考え続けてるというか、思い詰めたような感じであるのだ。

 普段の彼女を知ってるアルバトルとしては、心配というよりかは、どちらかと言うと不気味という感情の方がまさってしまっていた。



 「......なぁ、セリア? お前さっきから一体どうしたんだ?」


 「............」



 さすがにアルバトルが気になって話しかけるも、返事は返ってこない。変わらずセリアは ボーっ としてるだけであった。



 「おい。本当にどうしちまったんだ?お前らしくないぞ?」


 「........別に......なんでもない」


 「......?なんでもないなら、そうはならないだろ」


 「うるさい。なんでもないったら、なんでもない」


 「..........」


 

 表情こそはいつもとさほど変わらないが、どこか ムッ としたような様子を見せるセリア。

 

 やっと返答が返ってきたと思ったらこれである。アルバトルからすれば、本当に意味が分からない。



 「......あんなこと言われちゃったら......恥ずかしくてまともに顔見れないよ........」


 「ん?なんだって? 悪いが、もう1回言ってくれないか?」


 「......なんでもない。大丈夫だから」


 「いや、お前なんかさっきからぶつぶつと——」


 「ああもう! だから、なんでもないって言って———」



 いつまでもしつこく問い詰めてくるアルバトルの手を、セリアが振り払おうとした、その瞬間。


   ビリッ..........。


そんな乾いた音が、その場に響き渡る。



 「「あ」」



 思わず声を漏らしてしまう2人。

 

 アルバトルの身から剥がれ落ちたそれは、ヒラヒラ と力なく地面へと落下していく。



 「「.............」」



 やがて地面に落ちたそれを見つめながら、お互い無言になるアルバトルとセリア。その場に奇妙な沈黙の時間が流れる。


 やがて ガクリとひざを折ったセリアは、段々とその顔を真っ青な色へと染めていく。

 

 そして何を思ったのか、自らのふところから銀色の光沢を放つナイフを取り出し、その切先きっさきを自分の首元へと向ける。



 「........ごめんなさい......私の全てを持ってつぐないます......さようなら........」


 「いや、待て待て待て待て!!!!!!!

早まるな、早まるな!!!」


 「......短い人生だった........でも1つだけ願いが叶うのなら......どうか、どうか私のことは忘れないでください........」


 「だから、なんでそうなるんだよ!!!?

つか、なんでそんな物騒なもん持ってんだよ!!」


 「? 護身用ごしんよう。 何かあった時は、この無駄に良い顔で油断させて、背後からザックリろうかと..........」


 「怖ぇよ!!!! んな使い方聞きたくなかったわ!!!! ........あぁ、もう!!とりあえず、早くそれをしまってくれぇぇぇぇぇ!!!!!!」



 言いながら、アルバトルがセリアを抑え込むも、それでも彼女は自らの首元にナイフを突きつけようともがき続ける。一体その細腕のどこにそんな力を隠し持っていたのか、アルバトルでさえ抑え込むのに骨が折れるほどの怪力を発揮して抵抗を続けるセリア。とてもか弱い少女の腕力とは思えない。

 

 ナイフを振り回すブロンド髪の少女に、それを押さえ込むローブの青年。

 ......もう、なんだかもう、端的に言ってしまえばめちゃくちゃな状況であった。





 やがて————





 「.........ぐすん........ごめんなさい........

ごめんなさい............」


 「......はぁ、はぁ..........。......ようやく落ち着いてくれたか..........」



 力なくその場に ペタン と座り込み、未だ嗚咽おえつを漏らし続けるセリアと、肩で息をし、額の汗を拭いながらそう言い放つアルバトル。


 あの熾烈しれつな戦いの結果が、今この場で展開されている謎の状況であった。

 

 戦いとは、常に虚しく、そして何も生まないものである。


 .......のかもしれない。



 「本当にごめんなさい......私のせいで........」


 「いや......あれは俺の方にも非があるし。それに、そこまで気にしてないから安心してくれ」


 「でも......それ......」



 セリアはその完全に涙目になってしまった瞳で、ローブが破け、剥き出しになってしまったアルバトルの右腕を見つめる。



 「? あー......まぁでも顔ならともかく、これくらいならそこまで支障ししょうはないだろ」


 「でもそれ......けっこう目立つよ? 人目に付きやすくなるかも........」


 「........。確かに、それもそうだな......」



 確かにセリアの言う通り機能の支障自体は無いものの、人目に付きやすくなってしまうというのは道理であろう。街中でローブの片方のそでだけ破けている人物を見かけたら、きっと嫌でも目に入ってしまうはずだ。少なくともアルバトルが逆の立場であれば、確実に注目するのは想像にかたくなかった。


 ......となると、結論はおのずと1つになってくる。



 「........仕方ない、新しいやつを購入するか」


 「!」



 アルバトルのその言葉を聞いたセリアは、慌てたように立ち上がる。

 


 「まぁ、少し予定は狂っちまうが........

このままリスクと隣り合わせになるくらいなら、買いに行った方が賢明けんめいだろう。 だいぶ古くもなってきてたし、いい機会だ」


 「そんな......! ごめんなさい、私のせいで......」


 「だから、もう気にしてないから大丈夫だって」


 「でも......あ、お金はどうするの?けっこう高いと思うよ?」


 「あー、まぁ、金ならあるから大丈夫だ。値段を知らないから確実とは言えないが」


 「なら私が払う!」


 「え?」



 いつもよりも少しテンションを上げた声とともに ぐいっ とセリアが身を乗り出してくる。



 「元はと言えば、これは私の不注意がまねいた事態。ならばこれは私が払うべき」


 「いや、自分のだし......別にいいって」


 「そういう問題じゃない。これは私の責任。それとこれとは話が違う」


 「..........」



 何を言っても、いつも以上に食い下がってくるセリア。どうやら相当に責任を感じているらしく、勢いが普段とまるで違う。



 「........はぁ......分かった。お言葉に甘えさせてもらう」


 「ん。分かればいい」


 「はいはい。———なら、1つ確認いいか?」


 「?」


 「お前金持ってんの?」


 「............」



 アルバトルの指摘してきを聞いた途端完全にフリーズしてしまうセリア。やがて、その場に何とも言えない空気感が漂い始める。



 「......いや、ずっと引っかかっててさ。セリア金持ってるのかなって。昨日から一度も使ってるとこ見たことないし」


 「........も、持ってる......ヨ?」


 「......だったら今すぐさっきの宿代返して欲しいんだが。結局俺が全部払うはめになったんだぞ?」


 「う........痛いところを突いてくる..........」



 アルバトルが少しジト目で追求すると、セリアは全力で目を泳がせ始める。


 反応を見る限り、どうやらアルバトルの予感通りのようだ。セリアは、資金を持ち合わせてはいないらしい。

 ......さすがに無一文むいちもんというわけではないのだろうが、とてもローブ代が払えるとは思えなかった。



 「まぁ、別にそれはいい。それに、そんな軽装けいそうじゃ大金なんて持ってるわけないだろうし」


 「む......軽装じゃないし」


 「どこがだ。小さいバッグしか持ってねぇじゃねぇか」


 「はぁ........アルバトルさんには分かんないんだね、これには大きな夢が詰まっているってことが。

 ......見る?たとえば———」


 「よし!さっさと買いに行っちゃおう! ほら、ぼさっとしてないで行くぞ」


 「........むぅ」



 半ば、というかかなり強引に話を切り上げ先を急ぐアルバトル。この街の騎士団の対応は非常に早い。さすがにこれ以上の時間の浪費ろうひは危険だと思ったからだ。


  ........決して、バッグの中から得体の知れない恐怖を感じたとかそういうことではない。

断じて。


 未だセリアは不満そうな様子ではあったがそこはスルー。なんとなく彼女の扱いが分かってきていたアルバトルである。



 「......っても、少し時間は経ったとはいえ、まだまだ朝方だ。 こんな時間にやってる店なんてあるのか?」


 「うーん........あ、防具店ぼうぐてんならやってるかも」


 「防具店?」


 「ん。旅人やハンターが使う道具を取りそろえているお店。多分そこならローブも買える」



 セリアいわく。

 防具店とは、その名の通り戦闘や旅などに必要な防具、鎧や戦闘服、ナイフや剣といったものを扱っている店だ。無論、武具以外にもたくさんの品、様々な魔術を凝縮ぎょうしゅくさせた魔石や魔術によって加工させた保存食なども取り扱っており、いわば外で活動する者たちの雑貨屋といったところだろう。

 

 また、その活用性の高さから、騎士団が利用することも多いとか。

 

 

 「防具店を利用する人たちは、職業柄急を要する場面が多い。だから、どんな時でも対応できるように店を長い時間開けてるの」

 

 「なるほど、な。確かにそれなら........

よし、分かった。ならばさっそく向かうとしよう」


 「うん」


 「......と言いたいが、どこにあるか分からないのが問題だな........」


 「......確かに、それもそう」



 セリアの話によれば、防具店というのは街の様々な場所に存在しているらしいが、無論例外だってある。どうやら街によって数も違うようで、たくさん経営している街もあれば、1店しか存在しないような街もあるらしい。


 それに、アルバトルが3番街におとずれるのは今回が初めてだ。昨晩の宿に関しては完全にセリアの強運で、地理としては防具店どころか表通りすら知らなかったのだ。数が多ければ見つけることは難しくないだろうが、もし1店とかしか存在しないようであれば見つけるのは絶望的になる。下手をすれば、1日中探し回ることだってあり得る。

 

 だが———



 「ふふん。こういう時は私の出番。 私に任せておけば大丈夫。安心安全」


 「........」


 

 そんな途方に暮れるような状況の中、セリアは自身満々でその薄い胸を張る。表情もいつもと違い、どこか頼もしい(ように見える)。

........果たして、一体どこからそんな自信が来るのだろうか。正直嫌な予感しかしない。



 「何、その目。........もしかして疑ってる?」

 

 「当たり前だ」

 

 「......ひどい。ぐすん......せっかくアルバトルさんのために頑張ろうと思ったのに........。

私の想いは届かなかった。虚しい........」


 「 ........じゃ、一応聞いておくが、具体的に何をするつもりなんだ?」


 「ん? 具体的も何も、私の勘に頼るだけ」


 「んなことだろうと思ったよ」



 予想通りすぎるその回答に、思わず額に手を置くアルバトル。もはやこのパターンには慣れてきている自分がいてもう嫌だ。



 「むむむ........見える......私には分かる......そこの角を曲がって......右......そして、そのまままっすぐ進む..........」

 


 セリアはぶつぶつと言いながら、我先われさきへとどんどん先行していく。なぜか手をヒラヒラとさせ、若干左右に体を揺らしながら進んでおり、その挙動はどこか怪しげで、言うならば美少女の皮を被った不審者のような感じになってしまっている。

 

 数は少ないが、すれ違う人々が全員驚いたような目でセリアを見つめてくるので、なんと言うか........非常に他人のフリをしたい気分におちいるアルバトルであった。


 そして———



 「! アルバトルさん。あったよ」


 「お、おう。 ......いや、まぁ、なんとなくこうなるのは分かっていたけど。......なんだろう、この敗北感」


 「? ぶつぶつ言ってないで早く行くよ」


 「あ、ちょ、待てって!」



 さっさと自分だけ店内へと入っていってしまうセリア。それを見たアルバトルが一旦静止するも、完全スルー。実に彼女らしい行動っぷりであった。



 「たのもーー」


 「いや、その挨拶あいさつはおかしいだろ。 ......にしても、すげぇな。 本当にいろんな物が置いてあるのか」



 セリアの意味不明な挨拶はともかく、アルバトルは店内をぐるりと見回す。


 規模自体はお世辞おせじにも広大こうだいとは言えない、せいぜい個人事業こじんじぎょうといった度合いの些細ささいなものである。

 しかし、アルバトルの目を引いたのはそこではなくその品揃しなぞろえであった。聞いていた通り一帯に武具があり、その様式はハンターや旅人用といった野生感漂うものから、いかにも騎士団みたいな身分が高い人間が使いそうな品の良い武具までとしっかり揃えられている。

 他にも戦闘をサポートする小道具や、野営用テントにサバイバル用の便利用品。中には暗器なんてものまで目に入る。聞いていた通り———と言うか聞いていた以上の品揃えのように思えた。



 「いらっしゃい————って......あら?

あらあら、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんが来てくれたのね」



 アルバトルが黙々と店内を物色ぶっしょくしていると、後方からそんな女性の声音こわねが聞こえてくる。店員が奥から出てきてくれたのであろう。



 「何か探し物? ......その格好からするに、もしかして旅人さん?」


 「ん。まぁ、そんなとこ」


 「あらあらまぁ、朝早くに1人で立派りっぱねぇ。まだこんなに小さいのに」


 「む..........。私は今年で16。 もう立派な大人の仲間」


 「あらあら......ふふふ、大人ぶっちゃって可愛い。 ......でも、ちょっと複雑な気分ね。今の世の中は、こんな小さい子も武器を持たなきゃいけない時代になってしまったのね」


 「だから、小さくないし..........。 それに、買い物しに来たのは私じゃなくて、私の連れ」


 「え? 連れ———? どこ?」


 「———ここだ」


 「ひ ゃ わ ッ !!?!!???」



 アルバトルが背後から話しかけると、女性は大きく悲鳴ひめいを上げながら尻餅をついてしまう。



 「あ......あれ......?あなた、いつの間にそこにいたの?」


 「さっきからいたが」


 「え———?あー......ごめんなさい。全然気づかなかったわ」



 「あはは......」と苦笑する女性店員。


 またセリアが余計なことを言いそうだったから会話に入ったのだが、失敗だったかもしれない。これではただの怪しいやつだ。



 「———俺はそこにいるやつの、兄だ。わけあって2人で旅をしているんだが、途中でローブがこうなってしまってな」


 「ローブ?......あー、その袖ね。———確かに、これじゃ補修も無理そうね」



 袖口を確認しに近づいてくる女性店員。

 

 ち、近い......


 アルバトルはそっぽを向くようにしてはいるが、これではいつ顔を見られてもおかしくない状況だ。



 「むぅ........兄さん、デレデレしすぎ」


 「してねぇよ。この状況のどこでそう思った」


 「全部。特に鼻の下、すごいことになってる。......多分、1メートルは伸びてる」


 「伸びるか!俺は化け物じゃねぇんだぞ!!」


 「あらあら、仲が良くていいわね〜〜」



 女性店員は手慣れた手つきで採寸さいすんを済ますと、アルバトルから離れ、くるりと後ろを向く。



 「それじゃあ、邪魔者じゃまものは消えるとするわね〜〜 多分、奥に在庫があると思うから少し待っててね」


 「あ、ああ。よろしく頼む」



 そう言うと、女性店員は店の奥へと消えていく。取り残されたのはアルバトルとセリアだけであり、他に客もいないので、完全に2人きりだ。



 「......やっぱり、ああいう人が好みなんだ。

———えっち」


 「おい待て。最後のはなんだ、最後のは」


 「まぁ、そうだよね........。男の人は胸が大きい女性を好むって言うし。......結局、私とは遊びだった。へこむ......」


 「人聞きの悪いことを言うな。俺たちは兄妹って設定なんだぞ」


 「知らないの?愛さえあれば、どんな逆境ぎゃっきょうも乗りえられるんだよ?」


 「えちゃダメだろ!少なくとも俺の設定にそんな事実はない」



 想像してみてほしい。


 お互いのあいゆえに訪れる逆境ぎゃっきょうを乗り越えた兄妹が、2人きりで旅をする。


 間違いなく目立つだろうし、さっき店員に言ったことも別の意味に変わってくる。

 本当ならともかく、潜伏では絶対に使ってはいけない設定の一つだろう。



 「とにかく、しばらく大人しくしてろ。後は俺がやるから」


 「むぅ........」



 セリアはおなじみのむくれ顔になっていたが、アルバトルはスルーした。さすがにアルバトルも、このパターンには慣れてきたのだ。



 やがて少しすると、「ごめんなさい〜〜ちょっ探すのに手間取って〜〜」と先程の女性店員が戻ってくる。


 手には、今アルバトルが着ている物に非常によく似たローブがあった。



 「はい、これ。さすがに全く同じ———というわけにはいかなかったけど、なるべく近いやつを選んできたわ」


 「......ああ、これなら問題なさそうだ。改めて礼を言う」


 

 女性店員が持ってきたローブはかなり丈夫な素材で作られており、しかも軽い。どうしても戦闘が多くなるアルバトルにとっては、本当にありがたい限りであった。



 「では、早速会計をしたいのだが———」


 「あ、ちょっと待って」


 「?」



 女性店員は、アルバトルの申し出を静止せいしすると、手元のローブを見ながら言う。



 「大丈夫だとは思うんだけど、念の為してからにしてくれないかしら?」


 「え———?試着?」


 「うん。ほらだって、サイズが本当に合っているかとか、人によっては生地きじが合わない場合もあるわ。店側としては、そこを確かめなくちゃいけないから」


 「............」



 ......試着。


 そうだ、完全に失念しつねんしていた。


 彼女の言うことは正しい、何も間違っていない。店側としての当然の対応だ。


 だが試着をするということは、必然的に今着ているローブを脱ぐということに他ならない。


 つまりは、完全に素顔をさらすことになるのだ。



 「あの......更衣室こういしつとかは......?」


 「ごめんなさい、うちにはないのよ。あくまで防具店だからね。まぁでも、下に衣服も着てるんだろうし、平気でしょ?」


 「まぁ、それは......そうなんだが......」



 非常にマズイ状況だ。


 もしここで彼女の言う通りにすれば正体がバレるし、断わる理由だってない。下手な断り方じゃ怪しまれるだろうし、どちらにせよ、アルバトルにとっては最悪な事態になるのは明らかだ。



 (どうする......?いっそのこと、別の店を探すか?......いやだが、そんな時間はない。それに別の店でも同じことになる可能性は十分にありえる。何か、何か他に手はないのか......?)



 必死に思考するアルバトル。だが、こうしている間にも時間は過ぎていき、疑惑ぎわくは深まっていくばかりだ。


 早くも詰んだか、と思っていた矢先だった。



 「———兄さん、実は昔顔に火傷を負っていて、今でもそのあとが残ってるの」


 「え!?そうだったの?」


 「うん。だからあまり人前に顔をさらしたくないみたいで......ね?兄さん」


 「え?あ......」



 突然話を振られたアルバトルは、一瞬怯んでしまうも、すぐに取りつくろう。



 「あ———そうそう、実はそうなんだよ。皆これ見ると変な顔してさ。その度に、火傷を負った日のことを思い出しちまうんだ......」


 「まぁ........そうだったのね......」


 「あ、あぁ。だから、その......着替える時だけでいい。少し席を外してもらえるとありがたい」


 

 我ながらだいぶぎこちない感じになってしまったが、なんとか上手くつなげられたはずだ。アルバトルはチラリと、女性店員の反応をうかがう。

 


 「———苦労してるのね........。分かったわ。奥で作業しているから、終わったら呼んでちょうだい」


 

 女性店員は、涙ながらにそう言うと、そそくさとその場から去っていくのであった。


 静寂。再びその場に取り残されたのは、アルバトルとセリアだけとなる。



 「ほら今のうち。早く着替えて」


 「お、おう」



 そうセリアにうながされるままに、アルバトルは新しいローブへと着替え始める。

 その過程で、彼の神秘的な白い髪が白昼にさらされるも、悲鳴ひめいとうは聞こえてこない。宣言せんげん通り女性店員は奥におり、他に目撃者もいないのだろう。



 (た、助かった......のか)



 アルバトルは額に浮かぶ変な汗を払い、ため息をつく。

 

 どうにかこうにか、無事新しいローブへと着替えることに成功したアルバトル。1番の鬼門きもんは、ようやくこれで突破とっぱできた。後は、これを買うからこのまま着させていってくれ、とでも頼めばそれで終わりだ。



 (これでようやく終わり。こいつがいなかったら、確実に詰んでいた)



 なんとか無事にやり過ごせたのは、間違いなくセリアのおかげだ。もしあそこで助け舟が来なかったら騒ぎになっていたかもしれない。かなり危険な状況だったはずだ。



 (........だというのにあの冷静な対応———こいつは一体何者なんだ?)

 

 

 昨日の騎士団の男の時もそうだったが、この少女は嫌に冷静な部分がある。下手をすると、数々の死線をくぐり抜けてきたアルバトル以上に。


 本人は家柄いえがらがどうとか言っていたが、育った家庭環境かていかんきょうが関係しているのだろうか。だとしたら、どこの何者なのか。


 結局考えても考えても答えは出ず、謎は深まるばかりだった。









 「は〜い、まいどあり〜。お買い上げ、ありがとうね」


 「ん。くるしゅうない」



 結局それからは特にハプニングなどはなく、すんなりと会計を済ますことができた。

 ローブ自体も特に問題なく、むしろ以前よりも動きやすくなったくらいだ。これなら戦闘にも支障ししょうは出ないだろう。



 「でも本当に良かったの?前のローブはそのままで。一応うちで処分はできるけど」


 「ああ、大丈夫だ。気遣きづかい感謝する」



 女性店員の提案をキッパリと断るアルバトル。


 一応定期的に洗うようにはしていたが、それでも血を完全に落としきることは難しい。表面上は問題ないように見えるが、おそらく染み込んでしまっているところもあるだろう。



 (処分する時に気付かれるのもアレだし、まんいち証拠品しょうこひんとして、騎士団に押収おうしゅうされてもマズイからな)



 だからこそ、処分は自分たちで行った方が色々と都合が良い。つかってくれた女性店員には悪いが、リスクは避けなければならないのだ。



 「そう———分かったわ。この先大変だろうけど気をつけてね。......あ、それと。また、この街に来る機会があれば、うちにも寄ってね」


 「ん。約束」



 セリアが頷くと、女性店員も笑顔でそれに応える。

 ここの店も良いところだ。もしまた、この街に訪れた時は、昨日の宿と、ここの店に顔を出すのも良いかもしれない。



 (ま、またこの街に来る機会があれば、だけどな)

 


 

 アルバトルの旅路だびじには、終わりもなければ、確実性かくじつせいもない。

 明日には別の潜伏先を見つけてるかもしれないし、もしかしたら死んでしまっているかもしれない。決して誰にも先のことなど分からない、危険で長い長い旅だ。


 ........だが、それでも。例えそれが刹那せつな一時いっときだったとしても、また訪れたいと思えた。


 そんな出会いを忘れまいと、そう心に思うアルバトルであった。

 


























        ♢



 「で......これからどうするの?」



 防具店を出て表通り。セリアは可愛らしく小首をかしげながらそんなことを聞いてくる。



 「そうだな........まずこの街からは一刻も早く離脱りだつする。これが何よりも優先すべき、最優先事項さいゆうせんじこうだ」


 「ん」


 「......問題は次の目的地だ。王都方面は論外として、次はどちらに進むべきか。どの街に向かうのが正解なのかが、俺はよく分かっていない」



 地図を見た、と言ってもその場の地理を全て把握はあくしているというわけではない。王都と逆方面だから南方面に進むべきなのかもしれないが、このまま南方面へ進んだとしても、その先に街があるのかすらよく分かっていないのだ。


 一度3番街を出てから、掲示板を確認すればいいのだろうが、見張りもかなり厳しくなっているはずだ。そもそも街を出れるかすら分からないのに、そんなことをしている余裕よゆうなんてない。



 「うーん........確か、このまま王都と逆方面に行くなら、次は6番街だったはず」


 「6番街?」


 「うん。しばらく行ってないから分からないけど、あそこの騎士団長は温厚おんこうだから、ここまでピリピリはしてないと思う。私も王都方面には行きたくないから、次の目的地としてはちょうどいいかも」



 セリア曰く、


 3番街と6番街の間にも境界線エリアのようなものがあり、地形的に少し遠回りにはなってしまうが、見張りもそこまでの数ではないという。というのも、そこには『魔の森林』のような場所も少なく、魔獣被害も少ないからだとか。



 「なるほど、な。確かにそれならちょうどいいかもしれん。......なんでお前が、そんな細かいことまで知ってんのかは疑問だが」


 「えへへ〜」


 「めてねぇ。全くお前———」

 


 アルバトルは途中で言葉を区切り、すぐさま周囲に意識を集中させる。

 

 それは、だった。


 ......なんだか様子がおかしい。

そんな釈然しゃくぜんとした、なんの根拠こんきょもない感覚。


 なんなんだ、このは。

周囲を見回しても何もないのに、今なお、アルバトルの中の警戒けいかいふくれ上がり続けている。



 (!........違う———そうか、そういうことか!!)



 改めて周囲を見回し、アルバトルは違和感の正体に気づく。否、始めから目に入っていたのだ。


 ———そう、。これこそが違和感の正体だ。


 いくら朝早いとはいっても、そろそろ人間が活動を始める時間帯だ。実際、先程だって数人とはすれ違っていた。あれから時間も経過しているのに、1



 「アルバトルさん......?大丈夫?なんか———怖い顔、してる........」


 「........セリア。いいか?落ちついて聞くんだ」



 もしこの状況が、偶然ぐうぜんでないのなら。何者かが意図的に作り出しているのであれば、おのずと答えは一つになってくる。



 「———



 アルバトルがそう言った、次の瞬間。


 四方八方しほうはっぽうより、同じ甲冑かっちゅうまとった集団が姿を表す。やがて、彼らはあっという間にアルバトルたちの周辺へと展開てんかいしていき、見事な包囲網ほういもうを作っていく。


 ———騎士団。アルバトルたちにとって、史上最悪しじょうさいあくな光景が、その場に広がるのであった。

 


 「............」



 アルバトルは、セリアをかばうようにして周囲をにらみつける。それに負けじと、騎士団員たちも武器を構える。


 まさに一触即発いっしょくそくはつの空気。いつ戦いが始まっても、おかしくない状況だ。



 だが———



 「—————————!!!」



 ぞくり、と。

 

 突如現れたその気配に、アルバトルの背筋を悪寒おかんが走る。

周囲を囲まれているという危機的状況にも関わらず、それが些細ささいなことに感じられるようなこの気配。


 こいつはヤバい、と。アルバトルの警戒けいかいは最大限まで跳ね上がる。



 「———ふん。ようやく、相見あいまみえたか。コソコソと逃げ回りおって」



 その場に響き渡る、りんとした女の声。


 夜色よるいろの髪をなびかせながら、女はみずからのつるぎをかざす。




 「が名は、《風》の騎士団長 カシウス。


 ———正義せいぎほこりにかけて、貴様の首———貰い受ける」

 

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白き罪人と魔装剣 WATA=あめ @W-T-A-M

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