第8章:出発

 夜が明けて、日が昇る。暗闇に包まれていた街が光に照らされ、人々もそれに合わせてだんだんと活気付いていく。そんなどこにでもあるような、日常の始まり。 



「んんっ......。なんだ、もう朝か?」



 無論、それはどのような者であろうと訪れる。

 朝の日の光に照らされ、アルバトルもまた、眠たげに目をこする。

 

 

 「〜〜〜〜〜〜っ!!!.........まだ早いな。

外にいる人間もほとんどいない」



 アルバトルは伸びをしながら、外に視線を移す。窓から見える朝の街は、まだ数人の人間が歩いているくらいで、昼間のようなにぎわいは見せていない。

 だがそれもそのはず、今はまだ早朝に当たる時間である。ほとんどの人間が、眠りについている時間だ。

 

 

 無論、こんな時間に起床きしょうをするのは、アルバトルが健康的な習慣を身につけているからなどではない。それは、アルバトルが深い眠りにつくことがほとんどないからだ。立場上仕方のないことではあるのだが、アルバトルは四方八方の敵に狙われている身だ。例え睡眠中であれ、容赦ようしゃ無く敵が襲ってくるような生活を送っている。そんな中で深い眠りにつくなど、自殺行為もいいところだろう。



 よって、まだ昇りきっていないか弱い日の光でも、反射的にアルバトルは目を覚ましてしまうのだ。......いや、むしろここ最近にしてはよく眠っていたと言えるだろう。



 「となると........今のうちに出発しちまうのが賢明か。さて———」



 宿の店主の話が本当であるならば、この街に長く滞在するのはあまりにも危険だ。早く行動するに越したことはない。


 アルバトルは チラリ と視線だけを隣のベッドへと向ける。

 そこには昨晩と同じように、毛布を散乱させながら、無防備な格好でその可愛い寝顔を晒している奇妙な同居人の姿がある。



 「こいつにも、そろそろ起きてもらわなくちゃな。......さすがに置いていくのはダメだよな」



 言いながら、昨晩のやり取りが頭に浮かぶ。どれだけこちらが呼びかけても寝息を立て続け、ようやく体を起こしたと思ったらすぐに二度寝をする。

 ......間違いなく長い戦いになる。そんな確信しかない。とは言え、このままというわけにもいくまい。アルバトルは覚悟を持って、寝ているセリアへと近づく。



 「おい、朝だ起きろ。そろそろ出発するぞ」


 「〜〜〜〜〜........」


 「まぁ、そうなるよな」



 完全に予想通りの結果に、渋面じゅうめんを作るアルバトル。だがしかし、一度決めた以上ここで引くわけにもいかない。よもやこんなのは想定の内だ。

 それに、アルバトルもそこまでバカではない。前回の失敗を活かし、アルバトルはとある秘策ひさくを用意していた。



 「もう一度だけ言うぞ。朝だ、起きろ。これ以上続けるなら俺にも考えがあるが、どうする?」


 「.......う〜〜ん......後......5分........おやすみなさい..........」


 「..........そうかそうか。お前がその気なら仕方ないな。......本当はこんなことしたくはないんだが、やむを得まい。悪く思うなよ?」


 

 一応、忠告ちゅうこくはした。その前に起こしもした。しかし、いまだに彼女は夢の世界を満喫中である。これは、例の秘策ひさくを使うなという方が無理な話であろう。仕方のないことなのである。

 

 ———決して、少し痛い目に合わせてやろうとか、散々振り回したお返しとか、そんなことは考えてない。あくまで、仕方なくである。

......少し悪い顔をしている?........気のせいでしょ。

 

 

 ......ともかく、アルバトルはセリアが寝ているベッドのシーツの両端を手で掴む。

 そして—————



 「そ〜〜〜〜〜らっと!!!!!」


 

 思いっきり、そのまま引っ張った。

上にセリアがいるにも関わらず、だ。



 「グェッ」


 

 当然、そんなことをすれば上にいるセリアはその場に投げ出されるわけで、またしても美少女らしからぬ声を出してしまうのであった。



 「〜〜〜〜〜〜????......なんか痛い。何?どういうこと?」


 「よぉ、ようやくお目覚めか?......全く手間かけさせやがって」

 

 「..........アルバトルさん?」



 未だ眠そうな目を擦り、上目遣いで見上げてくるセリア。どうやらまだ寝ぼけているらしく、状況が理解できていないようである。



 「???........っていうか私、なんでこんなところにいるの?さっきまで、アルバトルさんにお姫様抱っこされてたはずじゃ」


 「してねぇよ?つか、朝っぱらからそんなことするやつなんていないだろ」


 「............」


 「いや、そんな『嘘でしょ......!?』みたいな顔されても......」



 アルバトルの言葉に、しばらくの間硬直するセリア。非常に分かりにくいが、その言葉に驚いているのだろう。先程よりも少しだけ目が見開いている......ような気がする。



 「........そう。......ってことは、きっとこれは夢の中。おやすみなさい..........」


 「いや待て待て、なんでそうなる!!ナチュラルに二度寝しようとするな!?」

 

 「だって、お姫様抱っこしてくれないアルバトルさんなんて、絶対アルバトルさんじゃない。どうせ見るならもっといい夢見たいでしょ?」


 「お前の中の俺のイメージはどうなってんだよ!!!とりあえず、もうおねんねの時間は終わりです!!早く顔洗って、歯磨いてきなさい!!」


 「えぇ〜〜〜〜。まだ眠い...........」


 「あっ!コラ!!もぐろうとすんな!!!」



 床に散乱した毛布の中に、意地でももぐり込もうとするセリア。それを決死の思いで阻止しようとするアルバトル。

 そんな寝起きの母子ははこのような攻防戦こうぼうせんが、宿の一室で繰り広げられていく。


 あぁ......親って大変なんだな......。


 この熾烈しれつな戦いの中、アルバトルは世の母親の強さというものを、身にみて感じていた。また一つ、大人として成長してくのであった。

 



 なお、その後部屋にやって来た店主に、こってりと叱られたのはまた別の話である。















        ◇


 

 「あーあ......。アルバトルさんが朝からあんなに激しくするから、私まで怒られた」


 「言い方。それにいつまで経っても起きないお前が悪い」

 

 「だいたいアルバトルさんは、私の扱いが雑すぎ。寝ている中ベッドから放り出すとか、さすがにビックリした。本当、女の子の扱い方とは思えない。

 ..........あ、もしかして、そういう趣味の人?女の子を玩具おもちゃにしたいとか......そういった感じの人?

..........なら納得だけど......さすがにそれはちょっと引く。紳士しんしとして、その趣味はやめた方がいいよ?」


 「だ れ の せ い だ と お も っ て る ん だ ?  だ れ の ?」


 「だからそういうとこ———ちょ、痛い、グリグリ、アルバトルさん、グリグリはやめて———」


 

 抗議こうぎするセリアを無視して、ひらすらこめかみをグリグリするアルバトル。無論手加減はしているのだがそこそこ痛いらしく、時間が経過する度にセリアは少しずつ涙目になっていく。

 

 やがて、アルバトルから解放されたセリアが、恨みがましい視線でアルバトルを見上げるてくる。



 「グスン......ひどいよ。私こんな美少女なのに。あんまり」


 「いや、関係ないし。ってか自分のこと美少女とかよく言えるな」


 「むぅ。........じゃあ違うの?」


 「は?」

 

 「いいから答えて。可愛くないの?」

 

 「え......いや........」



 少し赤くなってしまった空色の瞳で、上目遣いにジーッと見上げてくるセリア。頬を膨らませ、その小柄な体格をちょっとでもアルバトルに近づけようと、爪先立ちになっている。

 そんなちょっと拗ねたような態度の彼女は、端的に言ってしまえば———非常に可愛らしかった。



 「........俺は———」


 「あ〜、お熱くなってるとこ申し訳ないんだが......」



 そんな、アルバトルの言葉をさえぎるかのように発せられた声とともに、1人の人物がその場へとやって来る。



 「時と場所はわきまえような、お二人さん?後、そろそろお席に着いてくれると、おっちゃん嬉しいな?」


 「「......すいませんでした」」


 

 素直に従い、ちょこん と席に着くアルバトルとセリア。すると、それを見届けたその人物は呆れたように言う。

 

 

 「......ったく。まぁ、今は俺しかいないから良いけどよ。一応ここは食堂だってことは忘れないでくれよ?それに今は朝早い、他の客はみんな寝てる時間だ。分かったか?」


 「う......反省。ごめんなさい」


 「別に、俺はお熱くしてたつもりはないんだが..........」

 

 「むぅ..........。ビシビシ ビシビシ———」


 「ちょっ......何すんだよ、やめろ!」

 

 「うるさい、ビシビシ。......アルバトルさんのバカ........」


 「????なんなんだそれ?意味が分からん」


 

 「........やれやれ。さっきあんだけ叱られたってのに、元気な奴らだねぇ........。人の話をまるで聞いちゃいない」



 2人のそんなやり取りに対し、呆れたように呟くその人物は、もはやおなじみとなった、この宿の店主であった。

 

 そう、ここは部屋ではなく、宿の食堂。言わずもがな、朝食などの食事のサービスを受ける場所である。

 

 やはり食堂というだけあり、けっこうなスペースをもうけており、テーブルもザッと数えて10個以上はある。時間も時間であるため今は ガラン としており、殺風景に見えるかもしれないが、おそらく普段は客であふれかえっており、非常に賑やかなのだろう。その証拠に、テーブルやイスなどには細々とした傷がいくつもあるのが見える。



 「ま、それはともかく........はい、お待ちどうさん。おっちゃん特製、スペシャルランチだぜ」


 「っ!美味しそう........じゅるり........」

 

 「セリア、行儀悪いぞ。さっき自分のこと美少女とか言ってたやつはどこの誰だ?」


 「むぅ......だって......」


 「だっても、へったくれもない。自分で美少女とか名乗るなら、食事の時くらい落ち着いたらどうだ?」


 「今は美少女休憩中なの。だからセーフ」


 「なんだその意味不明なシステム。わけが分からん......」

 

「まぁまぁ兄ちゃん。今はそれくらいにしてやってくれよ。な?」


 「お前がそれを言うか。......ったく、その代わり早く食ってくれよ?」


 「ん、善処する。......いただきます」



 そう言うと、セリアは早速フォークを手にして、テーブルに並べられた料理を口に放り込んでいく。


 店主がトレイで運んできた料理は、なんと言うか、朝食にしてはけっこう豪勢ごうぜいなものであった。こってりとハチミツが塗ってあるトーストが2枚に、スクランブルエッグ。さまざまな緑の野菜をふんだんに使ったサラダに、とうもろこしの入ったスープ。軽く味付けをし、そのまま焼いた豚肉。そしてトドメと言わんばかりに、卵と牛乳を使った甘菓子あまがし———分かりやすく言ってしまえば、プリンといったメニューだ。

 個人の捉え方なのだろうが、けっこうな量のように思える光景であった。



 「!......おいしい、これは美味。

はむっ..........絶妙な舌触したざわりに、良い焼き加減。多分王都に通用するレベル。素晴らしいの一言、感服。......もぐもぐ」


 「ガッハッハ!ありがとよ、嬢ちゃん。頑張って朝早くから作ったかいがあったぜ」


 「んむっ......くるしゅうない。あなたを私の専属せんぞく料理人にしてしんぜよう」


 「ははーっ。ありがたき幸せ」

 

 「わけわからんこと言ってないで早く食え。あまり人がいないうちに出発したいんだから」



 そんな穏やかな、それでもって平和的な空気がその場へをただよっていく。アルバトルもそれ以上文句を言うこともなく、その場には、ただただ3人の談笑だんしょうだけが響き渡り、ゆっくりと時は流れていく。


 








 しばしして、そんな平和的な朝食は幕を閉じ、3人は宿の受付口へとやって来ていた。

 

 そう。—————いよいよ、アルバトルたちの出発の時がやって来たのだ。



 「いろいろと世話になった、感謝する」


 「いやいや。なんだかんだ言って、おっちゃんも楽しかったぜ。お前さんたちのやり取りは、本当に飽きずに見てられたしよ」


 「ははは......そりゃどうも........」



 店主のやけに罪悪感を感じさせてくる感想に対し、ぎこちない苦笑いを浮かべるアルバトル。

 無論、そんなつもりは全くないのであろうが、なんだか軽く嫌味を言われてるような気がしてならなかったのだ。



 「嬢ちゃんもまたな。これは個人的な願いだが、また来てくれると嬉しいぜ」


 「大丈夫。あなたの料理は絶品。私の舌があの絶品料理を忘れるはずがない」


 「! ガッハッハ!!!! そっかそっか!!そいつは嬉しいこと言ってくれるぜ!!分かった、そん時はおっちゃん、もっと美味いもん食わしてやるからな。楽しみにしておけよ?」


 「うん。期待してる」



 セリアが微笑みながら感謝を述べると、豪快な笑いでそれに応える店主。方向性はともあれ、客にまた来たいと言ってもらえたのだ。嬉しくないはずがないのだろう。



 「大変だろうけど、めげずに頑張ってな。おっちゃんも、陰ながら応援しているぜ」


 「大丈夫、アル———兄さんと一緒ならどこまででも行ける」


 「?あー、違う違う。俺が言ってるのはそいうことじゃねぇんだ」


 「?」



 すると店主は身をかがめ、セリアにしか聞こえない声で言う。



 「俺の見立てでは、あの兄ちゃんを落とすのはかなり難易度が高い。だが、嬢ちゃんみたいな美人さんならきっと、諦めずにアピールしてけばいけると思うぜ。積極的にガンガン攻めていくのがポイントだな」


 「!!!!!」



 言い終わった店主はやがて立ち上がり、改めてアルバトルへと向き直る。



 「悪いなぁ。急いでるみたいなのに時間取っちまって」


 「いや、それは構わないんだが......一体何を話してたんだ?」


 「フフ、さぁてね。俺たち2人だけの秘密だ」


 「..........?」

 

 

 本当に一体何を吹き込んだのであろうか。当の店主はイタズラっぽい笑みを浮かべるだけで、もう1人の当事者であるセリアは未だに下を向いたままだ。

 ......心なしか、セリアは耳の先が赤くなっているような気もする。ますます状況が理解できないアルバトルであった。

 

 が、にもかくにも———



 「では、行ってくる。機会があればまた」


 「おう。気をつけてな」


 「ああ。———よし、じゃあ行くぞ、セリア」


 「う、うん........」



 一通りの別れが済んだのを確認し、くるり ときびすを返すアルバトル。

 

 相変わらずセリアの様子は少しおかしいままではあったが———まぁ、しばらく時間が経てば元に戻るだろう。そんな予感とともに宿の玄関口をくぐっていくのであった。



 












 「........久しぶりに、騒がしい連中だったねぇ。ま、おかげで退屈せずに済んだわ」



 1人、その場に残された店主は思わずそんなことを呟く。だが、口調こそ呆れたようではあったが、その口元がどこか緩んでいるのは自分でも感じていた。



 「〜〜〜!!......いつまでも感慨かんがいひたってたってしょうがねぇ!

おっし、まずは他の奴らの朝飯の準備だ」



 軽く伸びをし、店主が次の仕事に取り掛かろうと動き出す。だが、その時であった。

 


 「ん?なんだありゃ?」


 

 店主の視線の先———すなわち、宿の玄関口付近に、1つの黒い人影のようなものが チラリと見える。一瞬、あの2人が戻って来たのかとも思ったが、違う。背丈が全く異なるし、そもそもの話人影は1つだけだ。あの2人である可能性はほぼ皆無であろう。

 


 「........?珍しいな......こんな朝っぱらからお客さんか?」



 店主が玄関口を開け、受付まで案内しようと人影のいる場所へと近づいていく。

 だが————


 

 「? あれ........?あいつ......どこ行った?」



 店主が玄関口を開ける頃にはもう人影の姿は無く、ただただ冷たい風が吹くだけであった。






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