第7章:渦巻く暗闇
第3番街表通り。何かと物騒な噂が絶えないこの街の人々は、日が沈み始める頃から姿を見なくなっていき、日が沈んだ後には誰1人外を出歩く者はいなくなる。昼間はあんなに賑わっていた道も、今では完全な静寂に染まってしまっている。
「あー、めんどくせェ。なんで俺様たちがこんなことしなくちゃなんねェんだ」
「まあまあ、兄貴。このぐらいで済んだんだから、良しとしましょうよ」
しかし、そんなやり取りとともに、夜の静寂を崩す、2つの人影がやってくる。
1人は細身で柄の悪い男、もう1人は肥満体でやる気のなさそうな男。騎士団のジャックとパムだ。
「チッ......気にいらねェ。こんなことになったのも、全部昼間のあの野郎のせいだ。次会ったら、絶対ェぶっ殺してやる」
「え......?いやいや!あんなのに関わるのはもうやめましょうよ!それに今回の失態も、きっと団長の耳にも入ってしまっていますし、これ以上問題起こすのはマズイですって!!!」
「ッ!うるせ、声デケェよ。何時だと思ってんだ」
それは、今から数時間前のことだった。例の乱闘騒ぎの後、意識を失ってしまったジャックは、すぐさま連絡を受け駆けつけた救護班に <剣の王宮> へと運ばれ、救護室で魔術による治療を受けていた。その1時間後、無事にジャックの意識は回復し、目を覚ましたのである。
救護班曰く、全身を打撲しただけで命に別状はないとのことだった。あれだけの衝撃を受けたにも関わらず、命に別状はなく、軽い任務でさえあれば復帰は可能。まるで奇跡のような診断結果であった。
「だから、こうやって巡回任務を与えられているわけですし。それに、もしまたあいつに挑んだとしても、正直生きて帰れる気がしません。ここは素直に大人しくしているべきです」
「まぁ、確かにそれはその通りなんだよなぁ」
頭をぽりぽりと掻きながら、素直に納得を示すジャック。現状を考えれば、確かにパムの言うことが最適解であった。おとなしく、本部から与えられた任務をこなし、信用を取り戻していくのが先決であるだろう。こう見えて意外と冷静なジャックにはよく分かっていることだった。
だが———
「......なぁ、お前は昼間の野郎のことをどう思う?」
「え?何ですか、いきなり」
「いいから答えろや」
「ひっ......!分かりました!分かりましたから!」
どうにもジャックの中で、何かがずっと引っかかっていた。何か決定的な点を見落としているのではないか。ずっとそんな思考がよぎり続けているのだ。
「えぇと......なんか人間とは思えないくらい強かったですよね。兄貴のこと簡単に吹っ飛ばして、動きや剣筋も全く見えませんでした」
「ああ、それは分かってる。他には?」
「え、他ですか?うーん......あ、そう言えば1個不可解な点が」
「ほう?」
不可解な点。パムの言うその言葉に、ジャックは確かめるかのような視線で目を細める。なんとなく、それこそがジャックの求めていることであるような、そんな予感がしてならないのだ。
「なんか、あの男全体的に行動がおかしかったんですよね。まるで戦う気がなかったと言うか......。ほら、兄貴はすぐに気を失ったから分からないかもしれないですけど、兄貴を倒した後、あいつ何もせずにどこかに逃げたんですよ。あれだけの力があるなら、絶対トドメだって指せたと思うのに」
「!......なるほど、そういうことか。ようやく合点が入った」
「あ、兄貴?」
人間とは思えない身体能力に、圧倒的な剣の技術。しかも今思うと、あの剣自体はそこらに売っている安物だ。ジャックの剣の方がよほど高価な物である。にも関わらず、ジャックの剣はあっさりと弾かれた。それだけの力を、あの男は持っていたはずなのだ。
にも関わらず、今なおこうしてジャックは生きている。確かに全身打撲はしたが、所詮は治癒魔術でどうにでもできる浅い傷だ。トドメだってさせていた状況であるわけで、普通なら死んでいたであろう状況だ。
つまり———
(......あの野郎、やっぱり加減してやがったのか......!!クソが、ふざけんじゃねェぞ..........!!)
運が良かったからではない、奇跡でもなんでもない。ただ単に、相手が手加減をしていた。その事実に気づいた途端に、ジャックの中には底知れぬ怒りが込み上げてくる。
だがそれもそうだろう。遠回しに『お前は弱い』『本気で戦うには
その事実に対し、ジャックはたまらずその場で叫びだす。
「どこまでも舐めやがって!!許さねェ!!絶対ぇ許さねェ!!!!!!!!!」
「あ、兄貴ぃ!!?一体どうしたんですか!?落ちついてください!!!!」
「うるせェ!!!あの野郎ッ......!!!見るも
「うーん、それは難しいと思いますよ?」
「!!!」
深夜の表通りで、ジャックが咆哮する中。
嫌に落ちつき払った何者かの声が、その場に乱入してくる。
「おや?これは失礼。つい聞こえてしまったもので」
「な、なんだテメェは!?!」
「ククククク......」
いつの間にか、ジャックたちの目の前には謎の人物が立っていた。
性別は......声からしておそらく男だ。ジャックたちと比べるとやや小柄な体型をしており、少年のようにも見える。しかし、その全身は見たこともない奇妙な衣装に包まれており、全容は全く分からない。周りの暗さも相まって、
すると謎の人物はしばらく考え込むような仕草の後に、その口を開いた。
「ふむふむ、なるほど、なるほど......。
......そうですねぇ。まぁ、ひとまず第一幕としては上々と言ったところでしょうか。経緯はどうあれ、おかげでようやく発見することができましたし。そこに関しては嬉しい限りです。
ただ、あまり現状は良いとも言えませんよね。......よもや、あそこまで
「??それってどういう意味———」
「でも、だからってまだその時でもありませんし。まだまだあの程度では困ります。本当にどうしたものでしょう......。もういっそ........いや、しかしそれは..........
うーん.......。
———あー、もう本当にどうすればいいんだよ!!!わかんねぇよ!!!!!
...........あぁ、そうですよね。慌てない、慌てない。あくまで今は準備。少しでも取り戻してもらうことが先決ですからねぇ。今焦ったって仕方のないことです。私としたことが、ついつい感情的になってしまいました。私もまだまだってことですねぇ。いやぁ、失敗失敗 ククククク......」
「......」
......ダメだ、全く会話にならない。謎の人物はその場をフラフラと歩きながら、1人で意味不明なことをペラペラと喋り続けるだけだった。
しかも喋っている間は常に情緒不安定で、いきなり叫び出したかと思いきや、勝手に自己完結をし、その妙に落ち着いた態度へと戻っていく。
その場に取り残されるジャックやパムからすれば、本当に不気味でしかない。
「......しかし、次の行動に移る前に、どれほど緩くなってしまったのか把握する必要が出てきましたね。うーん......。
あ、だとしたら、たまたま手に入れたアレがちょうど良いかもしれません。私も全容を把握してるわけではないので、不安定な部分は多々ありますが......まぁ、この際そこは目を
........はぁ......またあの力を、この目で見ることができる日がやって来るのですね。あぁ........本当に楽しみです.....クククク———アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
そんな言葉とともに、謎の人物の狂ったような笑い声が夜の静寂の中を響き渡る。
その場に居合わせてるジャックたちからすれば、彼の言動や行動は何一つ理解できない。言葉も通じなければ、目的も一切不明。もはや彼に対する印象は、不気味を通り越して恐怖へと変わりつつあった。
そんな中でも、謎の人物は薄らと見える口元を歪ませながら クルクル クルクル とその場で回り続けていた。しかも完全に自分の世界に入っているらしく、今なお、謎の人物は訳の分からないことをずっと呟やき続けている。もういっそのこと、この場から逃げた方が良いような気さえする状況だ。
やがて、ひとしきり満足したのか、謎の人物は、自らの手のひらをジャックの方へと差し出してくる。
「フフフ......さあ、どうぞ受け取ってください」
「?........今度は一体な————!!?」
謎の人物が差し出してきたもの。それは、黒っぽい線が入った、紫色の石だった。大きさ自体もそこまで大きくなく、ジャックの手のひらに収まる程度の手頃なサイズの、特にそれ以外の特徴はない普通の石に見える。
しかし、その考えはすぐに変わることとなる。それは、明らかに普通の石とは違っていたのだ。
「!!!......なんなんだ、これは!?う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??!!」
「あ、兄貴ぃ!!!!???」
ジャックが石を手にしたその瞬間。這いずるかのように出てきた、
痛みはない。だが、自分の中をそのドス黒い何かが駆け回っているのが、まじまじと伝わってくる。
押し潰され、薄れていく意識。そんな状態の中でも言葉にできない、気持ちの悪い感覚だけが全身を襲い続けてくる。
「グッ......!!! ッ!? はぁ、はぁ........。助かった......のか?」
「大丈夫ですか!?兄貴ぃ!!!!!」
「あ、ああ........?なんともねェ」
気づくと、ジャックはその場で片膝をついた状態になって放り出されていた。だが不思議なことに、痛みもなければ、その他の異常も見つからない。謎の邪気もその場から完全に消えている。
........心なしか、先程よりも体の調子が良いような気さえする。
「いやぁ、アハハハハ。一時はどうなるかことかと思いましたよ。無事成功したようで何よりです」
「........なぁ、コイツは一体なんなんだ?ただの石じゃねぇってことは、よく分かった。だが、アンタがこれを渡す理由が分からねぇ。コイツで俺にどうしろってんだ?」
「う〜ん......見たところ、適合は問題なさそうですね。問題は使いこなせるか......それと時間でしょうね。最悪の場合......いや、それは私が考えることではありませんね。というか、そもそも私も全容を知ってるわけじゃありませんし、考えたところで分かるわけないですよねぇ。
あ、そう言えば———」
「おい!!いい加減、少しは人の話を聞きやがれ!!!!これは一体なんなんだ!!!」
「ん?あ〜......そうですねぇ」
謎の人物は薄らと見えるその口元を ゾッ とするような笑みの形に変えると、さも楽しげに言うのであった。
「端的に言ってしまえば、それはあなたの願いを叶える力........。詳細は面倒なので
なので、後は全てあなた次第と言ったところです。......私も、影ながら応援していますよ」
「.........」
言いたいことをペラペラと言い続けた挙げ句、やっと問いかけに応じたと思ったらこれである。彼の中には、会話という概念が存在しないのだろうか。もはやジャックの中には、彼との意思疎通は絶対に不可能という思考すら浮かんできていた。
「兄貴......。本当に大丈夫なんですか?あんなわけのわからない奴の話を間に受けて」
「......さぁな、だが———」
謎の人物から受け取った正体不明の石。明らかに、手にしてはいけないような類のものであることは、ジャック自身も理解していた。
だが、それでも———
「———ハハハハ.......全く、コイツはすげェぜ、全身から力が溢れて来やがる。こんな感覚生まれて初めてだ。
.......待ってろよあの野郎。この俺様が、直々にぶっ殺してやるからよ!!!!!!」
人々が静まり返る夜の街で、復讐に燃える1人の男の咆哮が響き渡る。
————だが、その時にはもうすでに2人以外の姿は無く。その場には、ただただ闇が広がっているだけだった。
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