第6章:夢

 「——— ——— 」





 ..........。






 「——い。—て—るのか?——お——」


 

 .....?なんだ?誰だ?

 

 



 ぼんやりとした意識の中、かすかに聞こえてくる何者かの声。敵意はない。それどころか、聞いているだけで心が穏やかになってくるような、そんな不思議で心地の良い声だ。



 「—う—た?大——?も————し?」



 こちらへと呼びかけているのだろうか?心地の良い声は、どこか心配を帯びた声音へと変化していく。

 


 セリアか?いや、違う。明らかに別の声の主だ。性別も、年齢だって。なんとなく、違うような気がした。

 


 .....だが、思えば以前にこんなことがあったような気がした。この心地の良い声を、何度も、何度も聞いていたような、気がする。

 いつも、どこかボーっとしていた俺を、毎日気にかけて。思考にふけってしまうクセがあるのだと、何度説明しても聞く耳を持たなかった......。

 

 そうだ、だ!そんなことをしてくるのはしかいなかった!!いるはずがない。俺———を気にかける人間なんて以外に———



 「おい!本当に大丈夫か?」


 「!」



 ぐちゃぐちゃと、混同していく意識の中、今度はその声がハッキリと聞こえてきた。

 この優しくも、年の功を感じさせる深みのある声。間違いない。だ。



 「体調が悪いんなら、ちゃんと言葉にしろ。無理をしたって何も意味がないと、いつも言っているだろう」


 「.......いや、◼︎▪︎◼︎◼︎さん。これは......」


 「生真面目なのは感心だが、少しは自分の体のことも考えろ。そんなんじゃいつになっても半人前のままだぞ」


 「.......はい」



 弱々しく返事をする僕。.......またいつものように怒られてしまった。そんなつもりなんて、これっぽっちもなかったのに。

 

 すると、◼︎▪︎◼︎◼︎さんは、先程までの呆れたような表情と一転、その顔をどこか苦渋に満ちた表情へと変化させる。

 


 「全く.......だが、その無理に気づけてやれなかったわしにも責任はある。これは、わしの失態だ。すまなかった」


 「! そんな......っ!違う!またいつものように、少しボーっとしただけで.......」


 「またそれか。お前みたいなガキが、そんな気を使わんでいいって、いつも言っているだろう?一体何度言えば分かるんだ」


 「でも.....」


 「〜〜〜!!あーーー!!全く、めんどくさいやつじゃのう!!」


 「うわっ!?ちょ、え!?◼︎▪︎◼︎◼︎さん!!?!」



 その瞬間、僕の足は地面を離れ、空中へと高度を上げていく。ジタバタと、必死に抵抗するも、虚しく宙を切るだけだ。

 どうやら、首根っこを掴まれ持ち上げられているらしい。しかも片腕で。相変わらずの怪力だ。いくら自分が小柄な体格とは言ったって、一体あの細腕のどこでそんな力を発揮しているのだろうか。永遠の謎である。



 「何するの!!?離せ!離して!!!」


 「ハッハッハ!どうだ、分かっただろう?お前みたいなガキは、わしらからすればこんなもんじゃ。所詮は、大人の手でどうとでもなるか弱い存在でしかない」


 「!?? 意味わかんない!!だから何!?」


 「.......はぁ、まだ分からんか.......。相変わらず手のかかるガキだ」


 「?????」



 すると、◼︎▪︎◼︎◼︎さんは、僕のことを ヒョイ と自らの左肩へと乗せる。



 「ちょ、高!?何、え!?!」


 「良いか?さっきお前が身を持って経験したように、ガキってのは大人の手でどうすることもできるような、弱っちいやつらだ。ここまでは分かるな?」


 「それはさっき聞いた。だから何?」


 「ガキ自身がそれを望んでなかろうと、大人の手によってガキは変わっていく。

 ......捉え方を変えれば、大人は自らに都合の良いように、ガキのことを変えちまうんだ。

もちろん、悪い方向にもな」


 「..........」



 返す言葉が浮かばない。全く反論できない。長年の経験から語られるその言葉には、異様な説得力がある。確かにその通りだ、この人は何も間違ったことは言っていない。

 

 思えば、この人はいつもそうだ。僕がこの人に反論出来たことなど、1度もない。それは決して、この人に抑圧されているからでもなければ、洗脳されたわけでもない。自分でも、この人の言葉を正しいと思うからだった。たかだか生まれて数年の自分の考えなんかよりよっぽど深みがある。



 「だからこそ、だ。わしらのような大人には、ガキどもを正しく導いてやらなきゃいけない義務がある。無論、そいつが望むようにな。そして、わしらの手がいらなくなるまで、守ってやらなきゃいけない義務がある」


 「!」



 すると◼︎▪︎◼︎◼︎さんは手を伸ばし、ポン と僕の頭に手を置いた。

 そして、優しく、愛おしそうに、くしゃっと 僕の髪をいじる。くすぐったさと、心地よさが入り混じった不思議な感覚に、僕は思わず目を細める。



 「わしはな、いつかお前の望みも叶えてやりたいと思っている。まぁ、きっと時間はかかるじゃろう。だが、そうやってガキどもが自分の望みに向かって進んでいく姿を見るのが、わしの楽しみでもあるんだ。いつかわしの元を離れるその時まで、そんな姿をずっと見守っていたいってな。

 だから、安心して全部任せろ。変な気なんて使ってないで、もっとガキらしくしてろ。なぁに、このわしが全部面倒見てやるって言ってるんだ。もしお前が間違った方向に進みそうになってたら、その腐った性根をどんな手を使っても徹底的に、叩き直してやるからよ」


 「.....っ!.....っ!!」



 彼の、不器用さが隠しきれていない、それでもってどこまでも優しさに溢れているその言葉に、僕は段々と、目頭が熱くなっていくのを感じていた。

 見せたくない、見られたくないという思考が働き、それを必死に拭おうとするも、僕の言うことは一切聞いてはくれなかった。



 「お?もしかして感極まっちまったか?

 ガッハッハッハ!!おうおう、それで良いんだ、泣け泣け!!ガキの頃ってのは、いくら泣いたって誰も文句言わねぇんだからよ。大人になるのなんて、ゆっくりで良いんだ。今は1人のガキとして、やりたいことをやっていきゃ良いんだ」

 


 そんな説教じみた言葉を放ちながらも、自らの肩の上で泣き続ける僕を、◼︎▪︎◼︎◼︎さんはただただ笑顔で見守ってくれていた。

 

 彼が、実は優しい人間だということは薄々気づいていたことではあったが、心の内に思っていることを知ったのはこれが初めてだ。いつもどこか皮肉めいた、けれども芯があり、厳しさも持ち合わせている彼の言葉は、今思えば全て自分を想ってのことだったのだ。彼なりの想いやりだったのだ。

 

 ........僕は本当に子供だ。良い子でいよう、迷惑をかけないようにしようとか思うばかりで、彼のその不器用な想いやりに、全く気づくことができなかった。自分のことに手一杯で、気づこうとすら思わなかったのだ。



 「なぁ、。今すぐにとは言わないが、もっといろんなものを見れるようになれよ。そして気づけるようになれ。きっと、お前の望みってそういうことでもあると思うんだ」


 「いろんなものを......見れる、ように......」



 ◼︎▪︎◼︎◼︎さんのその言葉に、僕はようやくうつむいていた視線を上げた。



 「わぁ....これって........」



 いつもよりも高い視線の先に広がっていたのは、薄暗くも、どこまでも幻想的で、本当に美しい絶景だった。

 夕刻の高台から見下ろすふもとの村は、1つ1つの明かりが点のように小さく見える。実際には、自分の背丈より何倍も大きな建物であるはずなのだが、ここからだとあんなにも小さな存在感しかない。目の前で広がっていたあの大きな世界も、ここからだと、この景色のほんの一部を飾る装飾でしかなくなっている。

 それらの景色を、さらには大きな山々が取り囲み、自分たちの存在を主張するかのように、連なりながらそびえ立っている。しかし、村と比べてしまえば圧倒的な存在感ではあるが、ここからだとそれでも小さい。あの広大なはずの山々が、あんなにも小さく見えてしまうのだ。なんだか現実ではない光景を見ている気分だった。



 「な?すげぇだろ?ここに来てけっこう経つが、何度見ても本当に惚れ惚れする光景だ。

 初めてこの景色を見た時、わしも一瞬で一目惚れをしたんだ。あの瞬間、わしは絶対ここに住んでやる、と決めたんじゃ。この景色を独り占めしてやろうと思ってな」


 「うん、すごい。本当にきれい」


 「だろ?だが、これで満足するには、ちと早いな。今ならきっと、アレが見れるはずだ」


 「アレ?」



 そのイラズラっぽい笑顔に、僕は コテンと首を傾げる。『アレ』とは一体なんのことなのだろうか。僕には、皆目見当もつかなかった。


 すると、次の瞬間———



 「!! .......!?まぶしい.....?

何、これ......?」



 山と山の間からまばゆい光が瞬き、視界に入る全ての光景がオレンジ色へとつつまれていく。薄暗くも幻想的だった風景が、一瞬にしてオレンジ色の輝きに取り込まれていく。


 

 「ねぇ、この光」


 「ああ。普段はあそこのでけぇ山が邪魔していてな。一度沈んじまった太陽は、夕方になると見えなくなっちまうんだ。だがこの時間帯だけは、ちょうど山と山の隙間から夕陽が顔を出し、ここら一帯を陽の光が照らすんだ」


 「知らなかった。ちょっと時間が変わるだけで、こんな綺麗に見えたなんて」

 

 「そうだろ、そうだろ」



 まばゆい夕陽に照らされ見づらかったが、◼︎▪︎◼︎◼︎さんは満足そうに笑ってるのが、しっかりと伝わってきた。



 「これだって、ある種の『気づき』の1つだ。周りを見てなきゃ、知ることすらできない」


 「うん。◼︎▪︎◼︎◼︎さんの言ってたこと、少しだけ分かった気がする」


 「なんだよ、少しかよ。......ったく、本当に手がかかるガキだよお前は」


 「えへへ.....」



 その言葉とは裏腹に、◼︎▪︎◼︎◼︎さんはまたもや愛おしそうに、僕の髪をいじった。再び心地のよい感覚が、僕の頭を襲ってくる。

 

 不思議なことに、この人にこれをされるとなぜだか安心する。ずっとこうされていたい。ずっとここにいたい。そんな風に思ってしまう。本当にどこまでも不思議な人だ。



 「あのね、◼︎▪︎◼︎◼︎さん。

 僕、いつか——————」





 


 









  



 「!!!!!!」



 ガタリ! と、夜の深い時間には似合わない大きな物音が部屋一帯に響き渡る。

 そこには、顔面蒼白になりながら上半身を起こし、全身から変な汗を流しているアルバトルの姿があった。



 「.......なんだったんだ......今のは......」



 おのれの額に手を当てながら、呆然とそんなことを呟く。

 今、アルバトルがいるのは、旅人用の宿の部屋のベッドの上だ。辺りを見渡すも、以前と何も変化はない。セリアとともに、眠りにつく前の状態のままだ。

 

 しかし先程の何かを思い出そうにも、まどろみの中を彷徨さまよっている意識は未だ朦朧もうろうとしており、思い出そうにも、思い出せない。頭の中を断片的に、身に覚えのない光景がよぎっていくだけだ。



 「......っ!クソっ......!!」



 すると、ズキリ と、頭に激しい電流が走る。

 アルバトルは急いで立ち上がり、頭が割れそうになる、その痛みに必死に耐えながら、ヨロヨロと窓の方へ移動していく。

 外の空気を吸えば、少しはマシになるかもしれない。そんな淡い期待とともに、アルバトルは部屋の窓を開けた。



 「.......ぐっ!.....はぁ、はぁ........なんなんだよ、これ。意味が分からねぇ......」



 開いた窓にもたれながら、アルバトルは苛立たしげにぼやく。

 身に覚えのない光景に、身に覚えのない感覚。まるで、自分ではない誰かの意識が、アルバトルの中に入り込んでくるような、自分がそれに塗り替えられていくような、そんな感覚。

 しかし、それがなんなのか思い出そうにも、今この時になっても思い出せない。自分自信の意識がまだ淡いまどろみの中にいるのかとも思ったが、違う。

 先程まで、頭の中をよぎっていた欠片すら、スーっと、今の自分の中から消えていく。綺麗さっぱりに、まるで初めからなかったかのように、次々と自分の中から消えていっている。



 「クッ......だめだっ......!ちくしょう.....全部、全部消えてってやがる!」



 その断片が消えていくごとに、アルバトルの痛みもまた引いていく。先程までの苦痛は一体なんだったのか、実はまだ夢の中にいたのではないか。そんな風に思ってしまうほどに、痛みがどんどん消失していったのだ。



 「.....終わった?」



 気づけば、謎の痛みは完全に消え去り、思考も完全にいつもの自分へと戻っていた。感覚もいつもの自分だし、謎の断片も今では頭をよぎらない。

 念のため、他に異常がないか自らの体を確認してみるも、それも一切ない。完全にいつも通りのアルバトルだ。



 「.......また、なのか。だが......今のは......一体なんなんだあれは」



 実を言うと、アルバトルが今みたいな不思議な感覚を味わうのは初めてではなかった。

 眠りにつき、自分ではない何者かの意識を辿たどってゆき、途中で途切れる。しかし、目覚めた時には完全に記憶から消えており、何とも言えない不思議な感覚だけが残っている。

 それ以外には痛みも何もない。人間が、見ていた夢を忘れるのと同じくらいの、本当に些細なものだった。

 

 

 だが、今回のはそれとは明らかに違う。今となっては明確に思い出せないが、自分ではない何者かに意識を塗り替えられるような、ぐちゃぐちゃとしたあの感覚。

 そして、本来の自分に戻る時のあの激しい痛み。自分の防衛本能が、その何者かの意識を抑えこむ際に生じたようにも思える苦痛。少なくとも今まで起こったものでは、こんなことはなかった。



 「だめだ、考えても分からん。くそっ.....!」



 またしても苛立たしげに、アルバトルは独りごちる。出来事があったことは覚えていても、何があったかは全く思い出せない。非常にもどかしく、気持ちの悪い感覚だ。

 

 アルバトルは、そんな気持ち悪さにさいなまれながら、ほぼ無意識のうちに自分のベッドへと移動を開始する。

 と、その時だった。



 「ん?なんだこれ?」



 突如、アルバトルの足元を妙な感覚が襲う。

.....柔らかい。どうやら、ふわふわとした何かを踏ん付けてしまっているようだ。

 

 もしや、敵による奇襲だろうか。アルバトルは先程の思考を瞬時に振り払い、急いでそれを拾い上げ、正体を探る。

 すると————



 「......これ、あの時の毛布だよな?なんでこんなところにあるんだ?

確か、結局俺の分まであいつに持っていかれたはずだが———」



 アルバトルはそんな疑問符とともに、視線を彼女のベッドの方へとやった。

 

 そこには、非常に可愛らしい寝顔で、絶賛夢の世界を満喫中のセリアがいた。

 1つの毛布を腕の中に抱え込み、体を丸めるようにして寝息を立てているが、それ以外の毛布は全て蹴飛ばされており、周囲に散乱している。そのため抱え込んでる場所ではない他の部分は全て、何もかかっていない状態である。

お世話にも、寝相が良いとは言えない光景であった。

 


 「こいつ......。おい、起きろ。これじゃせっかくの毛布が台無しだ。かけてやるから少し体を起こせ」

 

 「........?......。.....すぴー.......」


 「いや、結局寝るのかよ。.....おい、そんな格好じゃ風邪引くぞ」


 「むにゃ.....むにゃ.....えへへへ....そんなとこ......さわっちゃ、だめ.......」



 アルバトルが拾い上げた毛布を、上からかけてやると、寝ぼけたままに、セリアはどこかくすぐったそうに身をよじる。

 よほど昼間にはしゃいで疲れ切っているのか、これだけアルバトルが世話を焼いているにも関わらず、今なおセリアは無防備な格好で(なぜか棒読みに聞こえる)寝息を立て続けている。側から見れば、実に微笑ましい光景であった。

 

 .......ただまぁ、当事者としては明らかに見てはいけない光景っぽいので、起きないに越したことはないのだが。

  

 

 「全く、どれだけ世話をかければ気が澄むんだよ」


 

 世話のかかる奇妙な同居人に、アルバトルは呆れ果てたかのようにそんな言葉を漏らす。

 だが———

 


 「これからもよろしく、か。

........セリア。俺がお前とこうしてられるのも、後どれくらいなんだろうな」



 アルバトルは、“伝説の罪人”という肩書きとは明らかに不釣り合いな、優しげで、そして寂しげな手つきで、その可愛らしい頬をそっと撫でるのであった。





















 

         ◇


 ディアストス王国:第3番街。

 そのちょうど中心に位置する場所には、他の建造物よりも一際目立つ建物が、周りを見下ろすかのようにそびえ立っている。

 

 

 <つるぎ王宮おうきゅう>


 端的に言ってしまえば、騎士団の本拠地である。その名の通り、外見はまさに王宮そのものと言った風であり、他の建物と比べると明らかに規模が違う。敷地はかなりの広さがあり、この街の中心部全てが、敷地に属していると言っても過言ではない広大さだ。

 神話が記されている聖書にあるような、ツタの模様がそこら中の壁や柱に刻まれており、雰囲気も非常に神秘的である。尚且なおかつ、一つ一つのパーツが全て古代の素材アンティークで作られており、古めかしさをかもし出しつつも、素材の美しさを存分に惹き立たせている。まさにこれこそ、芸術の賜物たまものと言えるだろう。



 そんな、<剣の王宮>の中央に属する部屋。

 人々から<王接おうせつ>と呼ばれるその部屋に、1人の女がいた。



 「...........」



 年の頃は20代前半といったところだろう。

夜を想わせる、流れるような長髪に、凛とした佇まい。顔立ちも非常に端正に作られており、間違いなく美人に分類されるだろう。

 しかしそれに反し、彼女の瞳は明らかに色恋などとは無縁だと物語っていた。鋭く細められたその翠色みどりいろの瞳に映っているのは、毅然きぜんとした覚悟のようなものしか存在していない。

 全身も髪と同じ色をした甲冑に包まれており、うら若き乙女と言うよりかは、歴戦の女戦士といった雰囲気だ。



 「ふぅ.......ま、こんなとこか」

 


 よく通る、芯のある声でそんな言葉を漏らす。だが、明らかにその声音と表情には色濃い疲労が滲んでいた。



 「しかし.......よくもまぁ、ここまでの横暴を許してしまったものだ。我ながら情けない」



 女は、先程まとめ終えたばかりの資料を眺めながら忌々しげにぼやく。

 彼女がやっていたのは、ここ最近の被害報告書のまとめ作業である。特にここ最近は異常に事件が多く、裏組織による暗躍、違法魔道具の密輸、“切り裂きチェイサー”、マンティコアの惨殺事件......他にも多数存在しており、全て挙げ出したらキリがない。これだけの件をずっと1人でまとめていたのだ。彼女が疲労困憊ひろうこんぱいになるのも道理であった。

 しかし、そんな中でも一際目立つ項目がある。



 「“伝説の罪人”による乱闘事件。ケガ人や建物損壊はあるものの、死傷者はゼロ、か」

 


 “伝説の罪人アルバトル”。あの凄惨な事件を引き起こし、今なおこの国を脅かし続けている言わずとも知れた伝説的な罪人である。あの悲劇以降は人間の前から姿を消し、たまにそれらしき目撃情報はあるものの、大概たいがいは見間違いか、あるいはそれを真似たテロリストによる仕業という肩透かし。

 正直もう死んだのか、あるいは初めから存在していなかったのではないかと思いたくなるような現状ではあった。

 


 しかしそれでも、資料を見つめる女の瞳は非常に鋭いままだった。



「色々と腑に落ちない妙な話だが、明らかに今までとは規模が違う。どちらにせよ、こちらとしては放置できんだろう。

.......だが、もしも本当にの仕業だというならば———」



 途端、全身から溢れ出す、凄まじい殺気。

見る者によってはそれだけで押し潰されてしまうような、そんなおぞましい憎悪を放ちながら、女は虚空に鋭い一閃を放つ。



 「———今度こそその首、私がね落としてやる。

 .......首を洗って待っていろ、“伝説の罪人”っ.......!!」

 

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