第5章:心

 第3番街の旅人用の宿の2階フロアにて。アルバトルとセリアは、手渡された鍵に書いてある番号の部屋を目指していた。時間も時間なのか、他の客の姿は一切見えない。その廊下には、玄関と同じものであろう明かりだけが、ぼんやりと淡い輝きを放っている。

 


 「それにしても、なんとかバレずに上手くいったみたいだな」


 「ほんと、よかった大勝利」


 「どの口が言ってんだ、どの口が。結局俺も会話するはめになったじゃねぇか」


 「細かいことは気にしても仕方ない。結果オーライ」


 「ったく......」



 とは言いつつも、アルバトルも最後の方は取り繕うのを忘れ、完全に素で返答していたのも事実であるわけで、あまりセリアだけを責められる立場ではない。結果うまくいったことだし、ここは目を瞑るべきなのかもしれない。



 「っと、ここか」



 そうこうしてるうちに、2人は目当ての部屋のドア前に到着する。アルバトルは、手元の鍵と扉に書かれている部屋の番号を見比べる。番号は一致するため、おそらく、ここで間違いないだろう。



 「ねね、早く入ろ?私たちの愛の巣に」


 「いや、言い方」


 「? だってそうでしょ?」


 「......あー、もう分かった。それでいいから、とりあえずそこを開けてくれ」


 「うん」



 アルバトルが諦めたようにそう言うと、素直に扉を開け、実に軽やかな足取りで室内に入っていくセリア。

 同室が決まってからというものの、セリアはずっとこんな調子だ。言動はいつものことだが、テンションがいつもより少し高いというか、端的に言えば浮かれているように見える。あの場面で、いったい何が彼女をそんな風にさせるのか、アルバトルには全く理解出来ない。



 (ま、そんなこと俺が気にしても仕方ないか。とりあえず、今日はゆっくり休もう。色々あってさすがに疲れた)



 そんなことを考えながら、アルバトルも室内へと足を運ぶ。

 部屋は、やはり2人用と言うだけあって、中々の広さだ。もう1人くらいなら、余裕で生活できそうなくらいである。さすがに台所はないが、浴室も完備されており、規模も良い。王都以外ではなかなか見ない光景であろう。

 家具の方は、大きなクローゼットに、テーブル。手元が暗くならないよう、明かりが置いてある作業台。しかも、作業台については2人分ある。それだけの家具がありながら、部屋の隅々まで手入れが行き渡っており、見たところホコリ一つさえ見えない。

 


 「!あれは」



 不意にセリアがそう呟くと、部屋の奥の方へと走って行ってしまう。

 アルバトルも釣られて、そちらに視線を向けると、そこには1つの大きなベッドがあるのが分かる。かなり大きなベッドで、セリアのような小柄な少女ならば、2人くらい収まるであろうサイズである。白く、清潔感のある毛布も敷かれており、寝心地はとても良さそうだ。

 

 

 「わふー」



 セリアは早速ベッドに飛び乗ると、毛布に顔をうずめ始める。よほど気持ちが良いのか、スリスリ、スリスリと、自分の顔を何度も押し付けている。もしかしたら、良い素材が使われているのかもしれない。



  (子供......いや、何かの小動物的なアレか)



 その微笑ましい光景を前に、アルバトルはただただ黙って、脳内でそんな感想を述べていた。元々、小動物のような可憐さを持っている少女だ。あながち、的外れとは言えないだろう。

 とは言え、こんな感想を本人に伝えれば、一体何を言われるか分かったものではない。アルバトルは今の脳内感想を、そっと胸の中にしまいこむのであった。



 「どうしたの?いきなりボーっとして」


 「ん?あ......いや、なんでもない」


 「??」



 そんなに思考にふけってしまっていたのだろうか、セリアは心底不思議そうに聞いてくる。

対するアルバトルはというと、表情こそは取り繕っているものの、明らかに目が泳ぎまくっている。こんな態度で何もないと言われても、説得力なんてある訳がない。

 すると、セリアのその表情は、だんだんと困惑から心配の色へと変わっていく。



 「もしかして、具合悪い?」


 「え?いや、そんなことはない、安心してくれ」


 「......本当に?顔色良くないけど」


 「そ、そんなこと、ないぞ?至って健康体だ」


 「あやしい......」

 

 

 アルバトルのその明らかに病人しか言わないようなセリフにより、セリアは少しジトっとした目になる。だが、その表情には明らかに心配の色が伺える。おそらく、本気で心配をしてくれているのだろう。その綺麗な空色の瞳を、一切逸らそうとしない。

 するとセリアは、いつもより少し強めの口調で、アルバトルに詰め寄る。



 「具合悪いなら、ちゃんと言って。黙ってちゃ分かんない」


 「だから、本当に違うんだって———」


 「嘘。言っとくけど、育ちの関係上、私に嘘は通じないから」


 「いや、どんな環境だよ!?とにかく、俺は大丈夫だから」



 それに、とアルバトルは取り繕ったような、ぎこちない苦笑をしながら続ける。

 


 「心配してくれるのはありがたいけどよ、俺みたいなやつの心配をする必要なんてない。俺のような“伝説の罪人”の心配するくらいなら、もっと大切な、それこそ家族とか。後は、自分のこととかをだな———」


 「ふざけないで!!!!」


 「!」



 不意に聞こえてきたその叫びに、アルバトルは思わず顔を上げる。

 その視線の先には、普段からは考えられないくらい、鬼気迫ったような表情のセリアがそこにいた。全身は小さく震えており、その小さな掌をぎゅっと強く握りしめられている。先程までの心配という色ではない。全身で怒りを示しているようだ。

 普段では考えられないその様子。彼女が、本気で怒っているのが伝わってくる。

 


 「ふざけないでよ!!大切とか、“伝説の罪人”とか、そんなこと関係ない!!困ってる人がいたら助けるし、苦しんでる人がいたら手を差し伸べる......」



 呆然とするアルバトルをよそに、その肩を掴むと、セリアは激情のままに言葉を続ける。


 

 「......あなただって、私にとっては、その中の1人なんだよ!!!!」


 「!!!」



 アルバトルの真紅の瞳を、間近で見つめてくる空色の瞳。真剣な眼差しで、真っ直ぐと、どこまでも真っ直ぐと覗き込んでくる宝石のように美しいその瞳。

 アルバトルが、こんな間近で彼女の顔を見るのは初めてのことだ。

 


 「............」

 

 「............」



 続く沈黙。お互いに、まだ口を開こうとはしない。次の言葉が、それぞれ浮かんでこないのだ。

 

 しかし、こうして間近で見ると、本当に美しい少女である。瞳も勿論のこと、その他の顔のパーツ1つ1つがどれも彫刻のような1級品で、それら全てが究極の黄金比おうごんひで構成されている。どこかあどけなさを残しつつも、見る者全てを魅了するかのような、その気品。将来はきっと、さぞ美しい女性へと成長するのであろう。

 彼女の、そんな細やかなことまでが伝わってくる、この距離。それ故に気づいた。否、アルバトルは気づいてしまったのだ。



  (............こいつ、こんな悲しそうな顔するんだな)



 彼女の表情は、今すぐにでも泣き出しそうなくらいに悲しみに歪んでしまっていたのだ。普段の飄々とした、それでいてどこか掴みどころのないような表情とは全く異なる、今まで見たことのない、見ているこちらが辛くなってくるような表情だ。

 アルバトルを真っ直ぐと見つめてくるその瞳も、明らかに潤みを帯びていることが分かる。ぎゅっと結ばれた桜色の唇も相まり、より一層悲壮感が漂ってくる。だが、そんな状態でも、セリアは1滴も涙を流そうとしない。震えながら、必死で耐えている。アルバトルの本心こたえを聞くまでは。そんな風に見えた。



 「......あ......」



 その顔、その仕草、その怒り、そして悲しみ。アルバトルは、彼女のそんな部分を、一度どこかで見ているような気がした。

 ———そう、昼間の騎士団との一件の時だ。あの時も、この少女は激情を露わにしていた。そして、今と同じように何かに耐えながら、震えていた。そんな風に震えながらも、たった1人で、勇敢に、男へと立ち向かっていったのだ。傷つけられた、街の人々のために。恐怖で一杯になりながらも、涙一滴すら流さずに。

 そんな彼女を、アルバトルは助けた。たとえ正体を晒すことになると分かっていても、あの男からセリアを守ったのだ。



 ———何のために?何のために、わざわざ危険を冒してまで、そんなことをしたのか。



 ......そんなのは簡単だ。あの男の行動が我慢ならなかったからというのもあるが、何よりも、彼女のためだ。見ず知らずの彼女に、アルバトルは、気づいたら手を差し伸べていた。差し伸べられずにはいられなかったのだ。

 ......そう、見ず知らずの街の人々のために、危険を顧みず勇敢に立ち向かった、彼女のように。



 「......そう......か......俺は......」



 今まで、何度も考えてきた。なぜ自分は手を差し伸べ続けるのか。あの老婆のように、助けた上で拒まれたとしても、誰かを助けることをやめないのか。なぜ、こんなことを繰り返すのか。

 ......きっとそれは、過去への贖罪からくるものだろう。できる限りの、精一杯の、罪滅ぼし。自分のせいで奪われた、尊い命達を、少しでも取り戻そうとしているのだ。そうずっと思い込み、いましめとしていた。

 

 たが、実際は違っていたのだ。



 「......悪かった。お前が、せっかく手を差し伸べようとしてくれているのに、それを振り払うような真似をして」



 本当は彼女と同じだったのだ。人間だとか、“伝説の罪人”だとか、そんなことは関係ない。困っている者がいたら助けるし、苦しんでい者がいたら手を差し伸べる。理由なんて、ただそれだけでよかったのだ。

 


 「———ずっと、手を差し伸べることが、贖罪のためだと思っていた。あの時のことを取り戻せるからと、心のどこかで思っていた。だからお前も、俺が手を差し伸べたことに負い目を感じて、あんなこと言ったんだと思った。

 ......だけど、違った。違っていたんだ。お前は、そんなことで言ってくれてたわけじゃない」



 アルバトルの、その内に秘めていた本心ことばに、セリアは静かに、ただ静かに耳を傾ける。



 「お前の心からの言葉に、俺は気づかなかった。怖くて、分からなくて、拒絶した。そうされることで、どんなに悲しくなるか、自分が1番分かっていたはずなのに......。

 ......本当に、すまなかった。正直、こんな言葉だけで許してもらえるとも思わないし、あの時、どうすれば良かったのかもよく分かってない。

 上手く言葉にできてない自覚もある。だが、信じて欲しい。これが、今の俺の中にある本心なんだ」


 「............」



 セリアは、静かにアルバトルの真紅の瞳を見つめる。アルバトルも、それに真っ直ぐと返す。今度は逸らさない。ただ真摯に、真っ直ぐに、彼女へと自分の意思を伝える。


 やがて、セリアは ふぅ、と息を吐き、少し目元を拭うと、先程とは打って変わり、いつもの穏やかな表情へと戻る。



 「......ん、分かった。ありがと、話してくれて。私の方こそ、あなたの気持ちを考えずに色々言った。本当にごめんなさい」


 「ああ、いや......あれは、本当に俺が無神経だっただけだから。お前が気に病む必要はない」

 

 「そう。......まぁ、本当はそれだけが理由じゃないけど」


 「ん?なんか言ったか?」


 「ううん。何でもない」


 「いや、でも今確かに———」


 「何でもない」

 

 「そ、そうか。なら、良いんだが......」



 なんだか、やけに食い気味で言ってくるセリア。明らかに、小声で何かを言っていたような気がするのだが、まぁ、本人がなんでもないと言うのならばそうなのだろう。アルバトルはそう思うことにしたのだった。



 「で、体調の方は大丈夫なの?」


 「え?あー......そう言えば、そこから始まったんだったな」



 あれだけ傷つけてしまったはずなのに、それでも自分よりも他人のことを心配してくるこの少女。自由奔放に見えて、他人のことを常に気にかけている。どこまでも勇敢で、本当にどこまでも心優しい少女である。



 「それに関しては、本当に大丈夫だ。心配させちまって悪かったな」


 「そう。なら、良かった。でも、じゃあなんであの時ボーっとしてたの?」


 「え?あ、それは......」



 思わず言い淀むアルバトル。正直、あまり言いたくはない。あんなアホみたいな感想会を1人で繰り広げていたなど知られたら、恥ずかしいどころの話ではない。下手すれば、特殊な思考を持つ変態とも捉えられてしまうだろう。

 とは言え、これ以上彼女に余計な心配はかけたくないのも事実ではあった。相手は、こんなにも相手を気にかける、心優しい少女なのだ。ここは腹をくくるべき場面なのかもしれない。男として。



 「——みたいだと、思って......」


 「?」


 「小動物、みたいだなと思って見てたんだ、あの時のお前を。とても、可愛らしいなと」


 「......」



 それを聞いたセリアは、少しの間キョトンとして硬直する。まるで何を言っているか分からないといった様子だ。

 しかししばらくすると、だんだんともはやお馴染みのジトっとした目つきへと変わっていく。明らかに不機嫌なご様子。まぁ、覚悟はしていたことではあったのだが。



 「それって、ベッドに飛び込んでく私が子供っぽかったってこと?」


 「別にそうは言ってないだろ」


 「じゃあ、なんでそう思ったの?」


 「それは、...........なんか微笑ましかった、から?」


 「やっぱ、子供っぽいって思ってるじゃん」


 「あははは......すまん」


 「むぅ......」



 よほど不満だったのか、頬を ぷくぅ と膨らませながら、目線で講義を送ってくるセリア。

 そういう小動物的仕草こそが、微笑ましいと思う所以であるわけなのだが、それを指摘するとますます不機嫌になりそうなのでやめておく。触らぬ神に祟りなしとも言うし。

 するとセリアは、表情自体は変えていないものの、何やら気まずそうに斜め下に視線を落としながら、モジモジとし始める。



 「だって......こうやって、誰かとお泊まりしたり、一緒に知らない街を散策するの、初めてだったから。だから、つい楽しくて浮かれてた。私だって、ちょっと子供っぽかったって思うけど」


 (いや、ちょっとどころか、だいぶ子供っぽかった気もするが)

 


 色々とツッコミたいところもあったが、アルバトルはセリアの話に納得をしていた。なぜ、彼女がずっと浮かれたような様子を見せていたのか、ずっと疑問ではあったのだが、その理由はこれだったのである。

 そしてこのことは、彼女にとっても恥ずかしいと思うことなのだろう。ほんのりだが、頬が赤く染まっているのが分かる。まともにアルバトルの顔を見れないのか、視線もずっと斜め下のままだ。普段からは考えられないであろう彼女の一面に、アルバトルはまたもや微笑ましくなる。



 「むぅ......。その顔、また子供っぽいって思ってるでしょ」


 「まぁまぁ。お前はまだまだ子供なんだし、子供っぽくしてたって、別にいいじゃねぇか」


 「......今年で16になるのにこんなに子供っぽく思われる。自分でも、けっこう気にしてるんだよ?

 ちょっとしたことですぐ浮かれるし。身長だってこんなだし。胸もこんなにつるぺったん......。

ははは、世の中って本当に理不尽。はぁ......」


 「分かった、それ以上はやめてくれ。俺が悪かったから。な?」


 「うぅ......また傷つけられた、また泣いちゃうかも。えーん、えーん......」


 「〜〜〜〜〜〜!!!ああ、もう分かったよ!!」



 アルバトルはその場で身悶えすると、(明らかに棒読みで)泣いているセリアに、意を決したように言葉を発する。



 「今の件と、さっきの件のお詫びだ。俺にできることであれば、何か1つ頼みを聞いてやる。だから、いい加減泣くのはやめてくれ!!!」


 「!」



 セリアは ピクリ と肩を揺らすと、どこか期待に満ちた(ような)表情でアルバトルを見上げてくる。



 「......今の話、本当?」


 「......ああ、本当だ」


 「ふーん?後から、やっぱ無しとか言わない?」


 「あ、当たり前だ!俺を誰だと思ってやがる」


 「そう。......冗談のつもりだったんだけど、あなたがそこまで言うなら仕方ない。お願いしない方がかえって失礼」


 「??ちょ、お前、目が怖いんだけど......。なんかさっきまでと違くない?」


 「気のせい」



 表情こそは、いつもとあまり変わらないものの、なんだかやけにセリアが活き活きしているように見える。先程までの様子はどこへやら、まるで獲物を見つけた肉食獣のような目をしている(ような気がする)。

 

 一体何を要求されるのだろうか。なんだか、不安でしかない。はやくも、発言を後悔してきてるアルバトルであった。アルバトルがそんなことを考えているとはつゆ知らず、セリアはアルバトルの方に改めて向き直る。

 


 「セリア」


 「は?」


 「セリア。私の名前。まだ言ってなかったでしょ?」


 「あー......まあ、確かにそうだが。それがどうしたんだ?」


 「呼んで」


 「???」


 「呼んで。私のこと、『お前』じゃなくて『セリア』って呼んで」


 「......えっと」


 

 あまりにも突拍子もない要求に、イマイチ状況が追いつかないアルバトル。正直、もっととんでもないことを言われるとばかり思っていたのだが、案外拍子抜けだ。聞き間違いだと言われる方がまだ納得できる。



 「俺が言うのもなんだが、本当にいいのか?俺にできる範囲であれば、もっと違うことでもいいんだぞ?」


 「ううん、いいの。これでお願い」


 「そうか?じゃあ......」


 

 アルバトルも、改めてセリアの方に向き直る。おそらく、人間の少女の名前を呼ぶなど、これが生まれて初めてのことであろう。

 が、こうして改めて名前を口にするいうのも、けっこう羞恥心との戦いであった。スッと口にしたくとも、中々言葉が出てこない。たった一言、文字数で言えば3文字だ。しかし——



 (あれ?これ思ったより恥ずかしくね?)



 アルバトルの脳内は、実に女子に不慣れな男子学生のような思考に陥っていた。別に何かやましいことがあるわけではないはずなのに、全身に襲いかかってくる妙なプレッシャー。自らの内側から湧き出る、謎の羞恥心。かといって、いつまでも渋っていると、かえって相手に失礼にもなるというこの悪循環。

 まさに今、アルバトルはおそらく男子が1番陥りたくないであろう、負のスパイラルのど真ん中にいるのであった。



 「あ〜、その、えーっと......」


 「............」



 名前を呼ぶ、だけのはずなのだが、時間はどんどん過ぎていく。あれだけ大口を叩いておいて、この情けない姿。こんな姿を見せられ続けられては、さすがのセリアもだんだんと不機嫌になってくる。それに、なんだかすごく悲しくなってくる。この青年は、そんなに自分の名前を呼ぶのが嫌なのだろうか。



 「私が無理を言ったみたい、ごめんなさい。お願いはもういいから。............せっかく勇気出したんだけどな」


 「いや、待て!!待ってくれ!!」



 アルバトルは半ば強引にセリアを引き留めると、真っ直ぐと、その空色の瞳を見つめながら言った。



 「これからはちゃんと名前で呼ばせてもらう!!だから、色々と末永くよろしく頼む、!!!!!」


 「!!!」



 そんなアルバトルの大声が、この2人だけの空間に響き渡る。

 言ってることも無茶苦茶だし、目は大きく見開かれ、その色白の顔も今や真っ赤だ。大きく乱れた息は、側から見れば、子供を襲う変質者にしか見えないほどに乱れている。普通ならばドン引きするであろうその光景。

 だが———



 「......はい」



 数拍遅れて、そんな蚊の鳴くような小さな声が返ってくる。

 するとセリアは、両手を自分の頬に当てながら下を向いてしまう。まるで、今の自分の顔を絶対に見られたくないという意思表示のようにも思える。よほど照れ臭かったのか、チラリと見える耳は、アルバトル同様、真っ赤に染まってた。

 

 セリアも年頃の娘だ。アルバトルが死ぬほど恥ずかしかったように、呼ばれる側のセリアも死ぬほど恥ずかしかったのだ。まぁ、今はお互いそんなことを認識できる余裕はなかったのだが。

 やがてセリアはゆっくりと顔を上げると、やはり惚れ惚れするような微笑で、しかし、今までの微笑とはどこか違った、ちょっとはにかんだようなぎこちない様子で言うのであった。


 



 「こちらこそ、よろしくね。

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