第4章:罪人と少女
あれからしばらく経ち、時は夕刻。昼間はあんなに賑わっていたはずの表通りも、今は少数の人間をちらほらと見かけるだけだ。この街では何かと物騒な噂が多い。それ故に、街にいる者たちは外出を控えるのだろう。
「〜〜♪」
そんな、静寂が広がる街の中。セリアは鼻歌交じりに歩みを進めていた。よほど機嫌が良いのか、体を上下に動かし、その度に彼女の美しいブロンドの髪が嬉しそうに揺れている。昼間の怪我が、まるで嘘であったかのような足取りだ。
「......ったく、なんでこんなことに......」
それに対し、アルバトルは実に不機嫌そうな様子でセリアの後方を歩いていた。その表情はすっかり
あの後、セリアに連れ出され逃げ出したのはいいが、結局騎士団の増援が到着してしまい、日中見つかっては逃げ、見つかっては逃げの繰り返し。その間、アルバトルは何度も1人で逃げようともしたのだが、それを目ざとくセリアは感知し、その度に引き止められてしまう始末。
挙げ句、アルバトルのローブを掴みながら、やや涙目(非常に分かりにくかった)で、
『......そんなに私と一緒にいるの、嫌......?』
なんて上目遣いで言われてしまい、その瞬間アルバトルは全てを諦めたのだった。
(これからこんなのが続くなら、俺死ぬよ?いろんな意味で)
結果、さまざまな面倒事の重なりによって、彼の疲労は限界まで達していた。精神的に。
(......それにしても、こいつどこに行くつもりだ?)
アルバトルがそんなことを考えていることなどつゆ知らず、セリアは今もなお上機嫌に歩みを進め続ける。さっきから見ている限り、その足取りに迷いはないように見える。初めてこの街に訪れるアルバトルとは違い、土地勘があるのだろうか。
「———なぁ、いい加減どこに行くか教えてくれないか?そろそろ日も暮れる頃だし」
「うん?」
すると、前を進んでいたセリアはクルッと振り向いて—————
「分かんない」
「———は?」
その答えに、アルバトルは思わず絶句する。何を言っているんだ?こいつは。
「確かに1回だけこの街には来たことある。けどあの時とは全く街並みは変わってるし、それに小さい頃のことだからよく覚えてない」
「いや、待て。だったら、俺たちが今進んでる方向って」
「? 適当」
「〜〜〜〜......!!」
その場で身悶えするアルバトル。この少女、普段はこんななのだろうか。頭が痛くなってくる。もうやだ帰りたい。家なんてないけど。
「でも、心配ご無用。私の勘が言っている。きっとこの先に宿があると」
「あー、はいはい。そーですねー」
「! ほら、あれ」
「はいはい、すごいすごい」
「むぅ......信じてないでしょ。ちゃんと見て」
「分かった、分かった。見ればいいんだろ?
......ったく、まあ、どうせそんな都合良くあるわけ———」
......あった。バッチリと、アルバトルたちの前方に。
「マ、マジかよ」
「ふふーん」
感嘆の声を漏らすアルバトルに対し、どうだと言わんばかりに、その薄い胸を張るセリア。
彼女の言う通り、そこには一件の宿があった。構造は木造で、玄関周りには魔術によって灯されたのであろう明かりが複数見える。王都のそれには及ばないがそこそこの規模の宿だ。看板を見る限り、おそらく旅人や旅行者の為のものなのだろう。
「よし、早速入ろ———」
「ちょっと待て」
「グェッ」
宿に入ろうとした瞬間、アルバトルに首根っこを捕まれ、その可憐な容姿には似つかない声を出してしまうセリア。そんな彼女は、アルバトルに掴まれたまま恨めしそうな視線を向ける。
「いきなり何するの。とても女の子の扱いとは思えない」
「何も考えず行こうとするお前が悪い」
「???」
アルバトルは一旦セリアを地面に降ろすと、言い聞かせるように言った。
「いいか?まず第一に、こんな時間にこんな年端もいかない小娘を連れた男が、旅人用の宿に泊まる。明らかに不審だろ」
「年端もいかないとか失礼。私は今年で16歳。立派な大人の仲間」
「いや、聞いてないし十分子供だろ。......とにかく、それは置いといてもう一つ。知っての通り、俺はお尋ね者だ。お前と違って、騎士団以外にも特徴が知れ渡っている」
「うん。でも、それはローブがあるから大丈夫でしょ?」
「外見はな。だが、昼間の一件があるから、声や会話の内容で気づかれる可能性がある。宿に泊まるには、明らかに致命的だ」
「ふむ......」
アルバトルの意見はごもっともだった。確かにこれらの問題を解決しない限り、宿に泊まるのは難しいだろう。
セリアは少し考えるような仕草の後に、口を開く。
「私に考えがある。任せてほしい」
「今までの行動見る限り、不安しか無いんだが」
「大丈夫。信じて」
「......本当に大丈夫なんだろうな?」
「とにかく、話すのは私がやる。あなたは私の話に合わせてくれれば良いから」
「............」
......正直、嫌な予感しかしない。しかし、このまま硬直していても事は進まないのも確かだ。とりあえず、アルバトルはセリアの考えとやらに賭けることにしたのだった。
◇
「ごめんくださーい」
数分後、例の旅人用の宿の玄関で、セリアのやや棒読み気味の挨拶が響く。少し遅れて、アルバトルも玄関へと足を踏み入れる。
すると、すぐに奥から1人の男が出てくる。ハチマキを頭につけた、気の良さそうな人懐っこい笑顔が印象的である中年の男だ。
「いらっしゃい。おや、こりゃ珍しいお客さんが来たもんだ」
「2人なんだけど、空いてる?」
「あいよ、ちょっと待ってな」
セリアがそう問うと、男は非常に慣れた手つきで確認作業を始める。その仕事ぷりを見る限りおそらく店主なのだろう、対応がとても素早い。
———今の所、怪しまれている様子はない。一瞬で正体がバレるという自体は回避できた。順調だ、第一関門は突破したと言ってもいいだろう。アルバトルはセリアの隣で、そんな分析をしていた。
そんな中、店主が不意に口を開く。
「そういやお前さんたち、この辺ではあまり見ない顔だが、どこから来たんだい?」
「えっと......けっこう遠いところ」
「ほう、遠いところから、ねぇ。そいつは、いろいろ大変だったんじゃねぇか?」
「そうそう、とても大変だった」
「そうかそうか。なら、せめて今日ぐれぇはゆっくりしていってくれや。こっちも、色々サービスすっからよ」
「ありがと、感謝」
店主の屈託のない笑顔に、可憐な微笑で礼を言うセリア。......相変わらず、セリフがやや棒読みなのは気になるが。
店主の質問は、おおよそアルバトルの予想通りであった。この調子ならば、打ち合わせ通りに事が運ぶ。アルバトルは内心ガッツポーズを取る。
「ところで、あんまし野暮な事は聞きたくねーんだが......お前さんたち、一体どういう関係なんだい?見たところ、嬢ちゃんの方は随分若いみてぇだが......」
(......やっぱ、そう来るよな)
続いて店主がしてきた質問も、アルバトルの予想通りではあった。
だが分かっていても、おそらくここが1番の鬼門となるであろう質問だ。言葉を間違えれば、一瞬で詰む、下手すれば確実に騒ぎになる、そんな危険な問答だ。
(頼んだぜ......打ち合わせ通りにな)
アルバトルは動揺を表に出さないように注意を払いつつ、セリアに目配らせをする。アルバトルの視線に気づいたセリアは、うなずきでそれを返す。その顔は、実に自信に満ちている。期待できそうだ。
そして———
「恋び——」
「妹です」
案の定、爆弾を投下しそうになるセリア。本当に油断ならない。アルバトルのファインプレーがなかったら、確実に詰んでいたであろう。違う意味で。
「......だよな!悪ぃ、悪ぃ、変なこと聞いちまって。———それにしても、兄妹で旅ねぇ。若いのに立派なもんだ。いろいろ大変かもしれねぇが、頑張れよ。おっちゃん、応援してんぜ」
「あはは......ありがとうございます......」
店主の激励に、引きつった笑いで礼を述べるアルバトル。正直、今すぐセリアを
その間、なぜかセリアは拗ねたような、むくれたような顔をしていた。そんな顔したいのはこっちだよ、とツッコミたくなるも、そこも我慢。だって、大人だもん、うん。
そんな謎の攻防が行われている最中、不意に店主は表情を曇らせると、低めのトーンで言った。
「事情はよく分かった。だが、だったら尚更だ。明日になったらさっさとこの街から出ていきな。ここは、お前さんたちみたいのがいるべき場所じゃねぇ」
「?」
不意に店主が放ったその言葉に、アルバトルは眉を寄せる。さすがに、こんな内容の会話は想定外だ。打ち合わせとは違う展開に、セリアも言葉に詰まってしまう。
「えっと......」
「おっと、ごめんな。怖がらせるつもりはなかったんだ......」
「ううん。でもなんで?」
店主は自分の頬を叩き、少しでも明るくしようと努めながらも、やはりどこか寂しそうに口を開く。
「———この街は、色々変わっちまった。昔は平和でいい場所だったんだが、今では物騒な連中がうようよしてるような、そんな魔境になっちまったんだ」
「でも、そのための騎士団なんじゃないの?」
「確かにそうなんだけどよ。最近は、騎士団でも対応できない件が増えてきている。そのせいで騎士団もヤケになっちまってんのか、まともに仕事をしないような奴が増えてきてるのが現状だ」
アルバトルは、昼間に出会った騎士団のあの男のことを思い出す。この話のいい例だ。街の人々の彼への対応は、おそらくこのことが原因なのだろう。
「......とは言っても、だ。あいつらの気持ちは分からんでもない。なんか噂になってる“伝説の罪人”だって、俺にはきっとどうしようもできねぇ。一概に、全部あいつらのせいにすんのも、どこか間違ってると思うんだ。
......ほんと、世の中って理不尽なもんだよな」
「......ッ」
店主は少し疲れたような苦笑で、そんなことを言った。......目の前で本人が聞いているとも知らずに。
セリアは、アルバトルを心配そうに覗き込むも、その表情は分からない。ただ分かるのは、その大きな拳は、強く、本当に力強く握られているということだけだった。心なしか、少し震えているようにさえ思えた。
「それに、“切り裂きチェイサー”だってまだ捕まっていない。騎士団が手一杯になっちまうのも分かるぜ」
「“切り裂きチェイサー”?」
店主が放った聞き慣れない単語に、セリアは小首を傾げる。
「? なんだ、掲示板見てないのかい?」
「あ......うん。ごめんなさい......」
「いや、別に謝ることはねぇけどよ。これから旅の時は、騎士団の掲示板は見た方がいいぜ?」
「ん、肝に銘じとく。それで、“切り裂きチェイサー”って?」
「あぁ、えっと......」
店主は言いにくそうな、あまり言いたくなさそうな様子を見せる。やがて決心がついたのか、フゥ、と一息ついた後にぽつりぽつりと説明を始める。
「......あんまし、話してていい気分はしない内容なんだけどよ。まぁ、お前さんたちも知っておいた方がいい。
“切り裂きチェイサー”ってのは、ここ最近になってこの街に現れた、通り魔殺人鬼のことだ」
「通り魔殺人鬼?」
「ああ。なんでも、出会った人間を片っ端から殺していて、その被害者に統一性はない。女子供までも殺していて、明らかに怨恨などが動機の殺人じゃねぇ。人間を殺すこと自体が目的っていう、めちゃくちゃなイカレ野郎だ」
......確かに、聞いていて気分の良い話とは言えない内容であった。店主があんな態度を取ったのもよく分かる。もしその話が本当であるならば、異常な人物としか言いようがない。
「さすがにこれだけの被害が出たとありゃあ、騎士団も黙ってねぇ。すぐにどうにかしようと動いていたさ。
......だが、奴を捕まえることは出来なかった。交戦した騎士団の奴らは、全員殺された。結局、奴は姿をくらまし、今でも被害を出し続けている。今こうしている間にも、きっと誰かをバラバラにしてるんだろうよ」
「......ひどい」
「........」
セリアは渋面を作りつつ、やっとの言葉を絞り出す。
そんな中、アルバトルはどこか店主の話に納得をしていた。昼間のいい加減な騎士団の男たち。店主が、この街にいるべきではないと言った理由。暗くなると、街の人々がほぼ消える理由。その大きな要因が、“切り裂きチェイサー”と呼ばれる者の所業によるものだったのだ。
———そんな危険な存在が潜む街。確かに、長居するべきような場所ではない。店主の言う通り、明日には街を出るべきだ。
......それにきっと、その方が———
「あ、話は変わるんだが。お前さんたち、同じ部屋の方がいいのかい?一応、空きはあるから別部屋ってことにもできるが」
「え? あー、そうだな......」
考えに浸ろうとしていたところを店主に話しかけられ、現実世界に引き戻されるアルバトル。
確かに店主の言う通り、部屋をどうするかは考えていなかった。怪しまれずにやり過ごすことばかりに気を取られ、肝心な目的を失念していたのだ。
(......だが、こういう場合どうすりゃいいんだ?いくら妹だって言ったって、年頃の娘が男と2人きりってのもなぁ)
当たり前の話ではあるが、アルバトルに妹なんていない。というか意味を知っているだけで、兄妹というのがどういうものなのかすらよく分かっていない。兄妹の普通というものが、彼には分からない。
(うーん......よく分からんが、やはり男女は別の方がいいんじゃないか。昔本で読んだことあるし、こいつもその方がいいだろう。うん、きっとそうだ。そうに決まっている)
つい先程まで、自分のことを大人だとか言い張っていたくせに、全ての責任を他者になすりつけるアルバトル。自分の分からないことになると、これである。とても大人とは思えない思考回路であった。
「やっぱり、いくら兄妹とはいえ、年頃の男女だ。部屋は別々で———」
「ん......」
「......?いきなり、なんだ」
「別に......」
「???」
そう、アルバトルが店主に言おうとした瞬間。セリアが、その小さな手でアルバトルのローブを、ちょん、とつまむ。その顔は何か言いたげではあるが、それ以上口を開こうとしない。
いよいよ意味のわからない行動に、アルバトルは困惑でいっぱいになる。
しかし、その様子を見て何かを気づいたらしい店主は、途端にニヤケ面をしながら、わざとらしい口調で言う。
「あー、男女別じゃなくて悪ぃな。ま、でも兄妹だし?ずっと2人で旅して来たみたいだし、いいよな」
「は?だから、俺たちは別部———」
「いやぁ、それが同室以外に空きがなくてな。選択肢がないのよ」
「?? さっき空きがあるとか言っていただろう」
「......そうだっけか?だとしたら、おっちゃんの勘違いだわ、ごめんな。てなわけで、はい鍵。2階の奥の部屋だからよろしくな」
「............」
アルバトルはほぼ無理矢理に、鍵を受け取ってしまう。明らかに、先程までとは話は違うような気がするが、これ以上ごねて正体がバレるよりはマシだろう。そう思うことにして、仕方なくアルバトルは店主に従うことにする。
「......ああ、分かった、ありがとう。ほら、そうと決まったら行くぞ」
「うん!」
「? お前、なんかさっきまでとテンション違くないか?どうした?」
「別に、なんでもない」
「??」
セリアはいつもの表情に戻ると、そのまま2階へと続く階段へと向かう。だが、その頬は薄らと染まっており、口角も少しだけ上がっているようにも見える。
アルバトルは困惑しつつも、その小さな背中を追いかけるのであった。
「......若いねぇ」
その場に1人となった店主が呟くも、その呟きを聞く者は他に誰1人としていない。
店主は指を、パチン、と鳴らし明かりを消した。その場には、心地よい夜の静寂と闇だけが広がるのであった。
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