第3章:出会い
「え?」
3番街のゲート前にて、旅人用の服に身を包んだ少女———セリアは呆然としていた。
それもそのはずだ。ゲート前でいきなり騎士団の男に言いがかりをつけられ、挙げ句何度も暴力を振るわれ、また来るであろう痛みを覚悟していた、その時だった。
そんな彼女を庇うようにして現れた、1人の青年。その動きはあまりにも速く、セリアには全く見えなかった。まるでその場に忽然と現れたかのようだ。
しかし、その大きな背中には不思議と安心感を感じる。———まるで歳の離れた兄のようにも思えた。
「———これまた、随分なことをするな。なあ、騎士団様?」
「あン?」
アルバトルはその低い声を響かせる。その真紅の瞳には、微かだが、怒りのようなものが見える。
しかし、アルバトルがそんな様子にも関わらず、余裕たっぷりの男はニヤケ面をするのだった。
「おいおい、なんか誤解しちまっているようだから教えてやるが、先にぶつかってきたのはそいつだぜ?なんで俺様が責められなきゃなんねェんだ?」
男は両手を広げ、まるで周りの人間にアピールするかのように大声で続ける。
「だいたいよォ、俺様のことを誰だと思ってやがる?———第3番街騎士団が1人、ジャック様だぜ?ここらにいるクソ弱ェやつらを、わざわざ命かけて守ってやってる、いわゆる英雄様ってやつなんだぜ?」
ジャックと名乗ったその男は、周囲の人々に
「んな、偉大な偉大なジャック様に、そいつはぶつかって来やがったんだぜ?これはもう......
聞けば聞くほど、どこまでも自己中心的な発言をするジャック。理屈もめちゃくちゃだ。この男の言っていることは、その場に居合わせたほとんどの者が理解できず、困惑することだろう。とてもじゃないが、まともな思考とは思えない。
「違う!」
ジャックが完全に
「そんな自分勝手で無茶苦茶な理屈、本気で通ると思ってるの?自分にとって気に入らない存在はみんな“悪”。結局、あなたは騎士団という立場を利用してるにすぎない。そんなあなたに......騎士団を名乗る資格はない!!!」
「テメェ......!言わせておけばっ......!!」
自分の、そして街の人々の屈辱を晴らすかのように、セリアは勇敢に言い放つ。身勝手な悪意に立ち向かうその姿は、さながら本物の騎士団のようにも見える。
「〜〜〜〜!!!!!
............あァ、そうかよ......そうですかよ......!!!」
しかし、それだけでジャックは怯んだりはしなかった。逆上した彼は、ついには腰につけていた剣を引き抜き、その切っ先をセリアへと向ける。
「!?......っ!!」
セリアは一瞬顔が青くなるが、すぐにまた凛とした表情でジャックを睨みつける。本当にどこまでも勇敢な少女である。
だがその実、よく見ると足は微かに震えていた。
......無理もない。相手は剣を引き抜いた騎士団で、対するセリアは丸腰だ。戦いを生業としている者ならともかく、戦闘と無縁のか弱い少女にとっては恐怖でしかない。
「ほう———?存外、大した度胸じゃねェか。ハッ!だったらお望み通り、斬ってやるよ!!!」
言い終わるが刹那、セリアを斬り殺そうと疾駆するジャック。
速い!常人であれば反応する間もなく斬られていたであろう。しかし———
ガキン!
そんなジャックの剣を、アルバトルはあっさりと弾き飛ばす。
いつの間に抜いたのか、その手に握った剣でジャックの一撃を受け止めつつ弾いたのだった。
「な———何だと!?」
剣を弾かれた反動で体制が崩れるジャック。すかさずアルバトルは、彼の甲冑に蹴りを入れる。
アルバトルの一撃をまともに喰らってしまったジャックは、数メートル先の壁に打ち付けられる。
「ガハッ......!」
短い悲鳴の後、ジャックはグッタリとその場に倒れ伏す。
沈黙。あまりにも一瞬の出来事に、セリアを含む周囲の人々が硬直するのが分かる。
彼は甲冑を
「行くぞ」
「え.....?ちょ!?」
言いながら、アルバトルはセリアの手を強引に引く。ここまでの騒ぎを起こしてしまったのだ、間もなく増援がやって来る。
皆が混乱している今のうちに、撤退することが何よりも先決だ。そう考えたアルバトルはセリアを連れ、足早にその場を後にしたのだった。
◇
「ん......ここまでは、さすがに追ってこないだろう」
アルバトルは周囲を見回しながらつぶやく。2人はあの場からかなり離れた路地裏までやって来ていた。しかし、まだそんなに時間は経っていない。本当に驚異的な撤退の速さだった。
もしアルバトル1人であったならば、もっと距離を稼ぐことはできただろう。しかし、セリアは足を負傷している。とても長距離を移動できるような状態ではない。かと言って、あのままセリアを置き去りにするわけにもいかない。
そこでアルバトルが思い付いたのは、セリアを抱き抱えてこの場を離脱するということだった。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。動きもあまり自由が効かなかったため、何人かの人間には見られてしまっているだろう。ここに関しては反省点だ。
(さて)
そんなことを考えながら、アルバトルはチラリとセリアに目を向ける。座り込んでずっと地面を見ている彼女は、さっきから一言も言葉を口にしていない。それどころか、強引に手を引いた時はあれだけ騒いでいたはずなのに、アルバトルに抱き抱えられている時から全く口を開いていない。
———アルバトルは史上最悪の罪人と呼ばれる存在だ。確実に顔も見られているし、知らないなんていうこともないはずだ。そんな相手に、いきなりこんな場所に連れてこられて恐怖を感じないはずがない。絶叫していてもおかしくない状況だ。
にも関わらず、彼女は一言も発さず、逃げ出そうともしない。さすがのアルバトルも心配になってくる。
「えっと......お前———」
「あ、あの!」
アルバトルが声を掛けようとしたその瞬間、いきなり顔を上げたセリアが大声を出す。
「あ、ごめんなさい......えっと、お先にどうぞ?」
「あ、いや......お前からでいい」
このあまりの噛み合わなさに、人間相手にも関わらず、思わず素で返すアルバトル。こんなことは初めてだ。なんだか話してると調子が狂う少女だ。
「......じゃあ、その......」
そう言うとセリアは途端に斜め下に視線を落としながら、何やらモジモジとし始める。アルバトルは全く意味がわからず、思わず首を傾げる。やがて、彼女はどこか決心したような顔でアルバトルへと向き直る。
「あの———さっきは本当にありがとう。あなたがいなかったら私、どうなっていたか分からなかった」
少し震えながらも、上目遣いに礼を告げるセリア。小動物のようなその仕草は、本当に可憐で思わず見惚れてしまうようだった。
「あ、ああ。別に」
一泊遅れて、ややぶっきらぼうに返すアルバトル。その顔は、どこか困ったような表情だった。アルバトルがこんな表情になるのは初めてだ。この少女と話していると、なんだか本当に調子が狂う。
とりあえず、アルバトルもその場に腰を下ろすことにした。騎士団の追手が来るまでは、きっとまだ時間がある。こうなってしまった以上、せめて彼女が1人で歩けるようになるまでは護衛をしよう。アルバトルはそう思ったのだった。
......沈黙。それっきりしばらく2人は何も話さなくなる。セリアはその場から動こうとせず、アルバトルもアルバトルでただただ黙って地面を見つめていた。
そんな中、不意にセリアが口を開く。
「えっと......“伝説の罪人”、さん......だよね?」
「............」
いつか来るであろうと思っていた、その質問。
無言。アルバトルは彼女の質問に対し、ただただ無言を貫いた。そんな彼の反応を肯定と捉えたセリアは、空を見上げ言葉を続ける。
「私、伝説の罪人ってもっと危ない人だと思ってた。人の言葉が全く通じない、とてもじゃないけど人助けとは一切無縁の存在、みたいな」
どこまでも優しげな声音で話すセリアの言葉に、アルバトルは地面を眺めながらも耳を傾ける。やはり彼女はアルバトルがどういう存在かを知っているようだ。
「......でも違った。こんな見ず知らずの私を助けてくれて、しかも案外話してみると私たちと変わらなくて。正直驚いてる」
「......どこがだよ」
アルバトルはやはり、ぶっきらぼうに言い捨てる。彼女の言っていることは空想だ。ただの希望的観測でしかない。
「今だって、私が怪我してるの分かってるから、そばにいてくれてるんでしょ?そうやって、自分より他の誰かのことを優先してくれる。あなたは本当に優しい人」
「ふざけんなっ......!!!」
セリアのその言葉を堺にアルバトルは声を荒げる。彼の突然の変わりように、セリアは少し目を見開いた。
「なんでそんなことが言い切れる?お前は俺がどういう存在か知ってるはずだ。俺は......“伝説の罪人”なんだぞ?あの日、たくさんの人間を殺した、最低最悪の存在なんだぞ?」
するとアルバトルは立ち上がり、セリアの肩を揺らしながら続けた。
「俺は人間とは違う。お前らとは違う。俺はお前の思うような存在でもない。今こうしている間にも、お前は俺に殺されるかもしれない。そうは思わないのか?」
アルバトルはどこか思い詰めたような、自分を責めているかのような口調で言った。
アルバトルの言っていることは正しい。彼の持つ力は絶大だ。もしアルバトルがその気になれば、セリアの首は一瞬で飛ぶだろう。
だが、セリアは一度目を瞑り、やがてその空色の瞳で真っ直ぐと、アルバトルを見つめる。アルバトルの真紅の瞳とセリアの空色の瞳に、お互いの姿が映し出される。
「............」
「な、なんだよ」
どこまでも真っ直ぐと見つめてくるセリアに対し、逆に気圧されてしまうアルバトル。人間相手にこんなことは初めてだ。よほど今までの死線の方が、恐怖を感じなかったように思う。
やがて、セリアはふと視線を落とした。するとどこまでも穏やかな笑みを浮かべながら口を開く。
「あなたはそんな人じゃない。......人?なのかはよくわかんないけど。でも、とにかく違う———目が、あの人たちとは違うから」
「?」
それっきり、セリアは口を開こうとはしなかった。それがどういう意味なのかはよく分からなかったが、とにかく自分には関係ないことだ。アルバトルはそう自分に言い聞かせた。
再び2人の間に沈黙が流れようとした、その時だった。アルバトルは険しい顔をしながら立ち上がり、表通りを睨んだ。
「ちっ、早いな......もうここまで来たのか」
表通りがやけに騒がしい。おそらく追手がやって来たのだろう。流石は騎士団だ、対応が本当に早い......なんて悠長なことを言っている暇も無い。アルバトルは必死で思考を巡らせた。
(どうする?まだここで見つかるわけにはいかない。このまま俺だけ逃げることはできるだろう。......だが、こいつだって騎士団に追われる身になっているんだ。しかし、負傷してるこいつをこれ以上連れ回すのもリスクが高すぎる。一体どうすれば.....って、え?)
思考を巡らせていたアルバトルの手を、いきなりセリアが引きそのまま駆け出す。全く状況が理解できないアルバトルは、そのまま彼女に手を引かれながらも声を少し荒げてセリアに問いかける。
「お、おい、一体どういうつもりだ」
「どうって、このままじゃ捕まる」
「いや、そういうことじゃなくて。なんなんだこの状況は、って聞いてんだよ」
「私としてもアイツらに捕まるのはマズイし、このままここにいるわけにはいかない」
「だったら、お前だけで逃げればいいだろ!わざわざ俺を連れてく意味はないはずだ。それに、その様子だともう足も治ってんだろ?」
セリアの足は走れる程度には回復してるようだった。本調子とまではいかないようだが、早い回復だ。軽く捻っただけだったのだろうか。
しかし、アルバトルはどうしてもセリアの行動が理解出来なかった。彼女がこんな自分とわざわざ一緒に逃げる意味が分からない。
実際アルバトルと共に行動するということはリスクしかないだろう。きっと常に命の危険に晒されることになるのだから。それ故に、彼女がこんなことをする理由は思いつかなかった。
だがセリアはその美しい金髪を揺らし振り向きながら、可憐な微笑で言った。
「でも、あなたをこのまま放ってはおけない。あなたは私の命の恩人。———今度は私の番。だから、行こ?」
数分後、追手であろう騎士団が2人のいた路地裏に到着した。しかしそこに2人の姿はなく、もぬけの殻であった。
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