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(あらすじ:協会本部の研究室。伊崎という研究者と話す)


   *


 協会本部の研究室は、ゴム底の靴が地面を叩く音に満ちていた。


 白衣を着た男が合図をしてスイッチを押すと、装置が唸るような音を立てた。


 高さ一メートルほどのその装置の上には、三本の角のような金属がそれぞれ正三角形をなす場所に配置してあり、その中央にはルビーのような宝石が――しかも、それはちょうど球体の破片のような、櫛型していた――置いてあった。その音とともに、三本の角から光が発せられ、それが宝石に注がれていく。宝石は光をその内部にため込んで、ほのかに明るい色に変わっていく。しかしやがて、これ以上明るくはならないというところまで光をため込むと、宝石の正面から一本の光の筋が伸びてきた。


 装置の真正面に固定された檻の中で、栄治は一連の光景を見ていた。宝石から伸びてくる白い光線がゆっくりと近づいてきて、自分と交わろうとするのがわかった。まるで宇宙空間で二つの機体がドッキングするときのような緊迫感と緩慢さで、光は迫ってきて、栄治の胸の中に入っていた。


 その瞬間、栄治の体が勝手に覚醒状態に変わり、自分の体から何かがあふれて流れ出しているような感覚が起こった。


「うわっなんだこれ」、今まで感じたことのない新しい感覚に思わず声が出た。


「どんな感じだ?」と傍らで見ていた宮部がきいた。


「うおおおおおおおおおおおおおおって感じだ。漲ってくる」


「よくわからんな」


「万能感というか、全能感というか……」


 今日は、沼本も池里もここに来ていなかった。研究班の面々は、それぞれ計器や装置に表示されている数値をノートに記録していた。


「いやあ、キリンジがしゃべってくれると中々便利ですね」と研究班の一人が言った。「これまでは実験をしてもキリンジにとって何が起こっているのかはわからず仕舞いでしたからね」


 栄治はその男の方を見た。男は栄治の方に歩み寄ってくる。


「僕は伊崎と言います。協会専属の研究者で、研究班の責任者でもあります」


 高ぶっている栄治は一旦我に返り、多少の警戒とともに伊崎という男を見て言った。


「班長は池里って奴だろ。あいつは責任者じゃないのか?」


「自然科学がわからない人に責任を求めても仕方ないでしょう。池里さんはこの班の方針を決めているだけです」


「あんたら研究者ってことは、魔師ではないわけか」


「ええ、雇われているだけの科学者です」


「じゃあ、科学者としてあんたに教えてもらいたいんだが、俺の体は今後元に戻る可能性はあるのか?」


 伊崎は栄治の顔をじっと見つめたまま、表情を変えずに不自然なくらい黙っていた。それから、手をあごに当てて「うーん」とうなった。


「彼にはどこまで話していいんですかね。内部のことを」、伊崎は宮部に言っているらしい。


「別に何でも言っていいんじゃないか? 池里もいないんだし」


「宮部さんがそう言うならいいですか」、伊崎は息をついた。そして栄治の顔をまた見た。「科学的な方法では、たぶん元には戻せないと思います。戻せたとしても百年後、二百年後のことでしょう」


「じゃあ魔術的には?」


「魔術的には可能かもしれない可能性が高いですね」


「可能かもしれない可能性が高い?」


「じゃあちょっと回り道をして説明しましょう」、伊崎は人差し指を立てた。「この日本には有史以前から魔法とか魔術などと呼ばれているものが存在していました。もちろん公に知らされたことは一度もないですが。で、魔術師たち――いや今は魔師と言った方がいいですね――彼らは20世紀前半までは、時の幕府や政府に匿ってもらう形で、ぬくぬくと山奥に籠って生活してこれたわけです。ですが、日本が先の大戦で負けて、GHQに占領されたとき、ついに魔師の存在が偉い人たちの間で明らかにされてしまったわけです。GHQは当初、魔師を日本の軍事力の一部だと見なして根絶やしにしようと考えたのですが、麒麟から日本を守っているという事情を知って、存続させる方針に切り替えたんです。しかし、これから魔術が発展していって国を脅かすような魔法が作られたらまずいという意見がGHQ内部から出たため、今後一切の魔術の魔術的研究を禁じたわけです」


「魔術の魔術的研究?」、栄治はきいた。


「そのときは、魔術は科学的でない方法によって研究されてたんですよ。それを彼らは、魔術の魔術的研究と呼んだというだけです」


「科学的でない方法ってなんだよ」


「うーん。それが記録に残っていないんですよ。なぜかというと、GHQが全国の魔師の村にある古い書物を持っていってしまったからです。魔術の研究をさせたくないなら当然そうするでしょうけどね。で、その書物はすべて焼却処分されたと言われていますが、さすがにそんなことはないだろうと僕たちは考えているわけです」


 伊崎は宮部の方を見た。宮部は軽くうなずいた。


「僕たちってのは?」、栄治がきくと、まるでその言葉を待っていたかのように、


「僕と宮部さんです」、伊崎は言った。


「お前ら二人だけかよ」


「いやでも普通に考えてみてください。未知の技術の知識体系が詰まった本をそう簡単に燃やすと思いますか?」、伊崎は突然興奮し始めて、どんどん早口になっていった。「僕たちならそんなことは絶対にしないし、GHQ、というかもういっそアメリカって言っちゃいますけど、奴らはそのとき赤日の破壊実験も行っていて、六つに割れたうちの2つを接収しているわけです。なんで赤日の欠片まで持っていったのか。それは全国から集めた書物と欠片を使って実験を行い、新しい兵器を作ろうとしていたからですよ! 赤日を用いた兵器なら、核兵器と違って資源が限られていて、東側に真似され難いですからね!」


 突然水が沸騰したように伊崎の弁舌が激しくなり、栄治は圧倒されて、いつのまにか体が小さく縮んでしまっていた。


「ま、まあそう思いたいならそう思えばいいと思うけどさ。話が逸れまくってどっか行っちまったけど、結局俺は元の人間の姿に戻れるのか?」


「だから、それがアメリカ次第なんですよ」、伊崎は言った。「アメリカが文献を残していれば、そこに栄治さんが元に戻る方法が書いてあるかもしれない。たぶんその方法しかありえないですね」


 栄治は呆然として静かに顔を俯けた。自分の運命が自分とはまったく関係のない組織の現状にかかっていることに、うまく実感が湧かなかった。元に戻るために一体どれだけの時間がかかるのか、それまでに寿命がもつのか、様々な答えようのない問いが栄治の頭の中を埋め尽くしていった。


「まあそれについては気にすんな。俺がなんとかする」


 檻の外側に立っていた宮部がさっきよりも少し遠ざかっているような気が、栄治にはした。

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猫と刀とモルフェウス 小原光将=mitsumasa obara @lalalaland

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