(あらすじ:真木に負けた栄治と絵瑠。家に帰ってくると、栄治は三枝から痛み止めの存在を聞く)


   *


 数分のうちに栄治の傷はほとんど塞がっていた。切れ込みは内臓を貫通するほど深かったはずだが、それがこれだけ早く治ったことに驚きを隠せなかった。


 絵瑠が怪我をしたため、残りの戦闘訓練は三枝と真木だけで行われた。栄治は、二人が戦うのを部屋の端で眺めていた。しかし、それは戦闘と呼べるほどのものではなく、常に真木が三枝を圧倒する形で終わっていた。


「怪我をさせないように戦っても、これだけの差がつくか」、栄治の横で宮部が言った。


 二人は戦闘中、ずっと口の中に飴玉のようなものを含んでいた。そして宮部も上田もそれに対して何も言わなかった。まるで飴玉をなめることが当然のことであるかのようだった。


 2時間ほど経つと、やっと戦闘訓練が終了した。そのころには、三枝の体には昨日の傷に加えて、無数のひっかき傷がついていた。三枝は息を切らして人工芝の上に膝をついていた。それに比べて真木は、涼しい顔で息一つ乱していない。チワワの大きさになったキリンジを、肩の上で遊ばせていた。


 解散して、アパートに戻ってきたころには夕方だった。絵瑠は手当てを受けて、しばらく訓練所に泊まることになったということだった。


「ほんと嫌になりますね」、部屋に入るなり、三枝が言った。「僕がこの程度の怪我で済んで、絵瑠さんが済まなかったのはなんでだと思いますか」


 しかし、栄治の返答を待つでもなく、三枝はつづける。


「絵瑠さんの方が強かったからですよ。絵瑠さんは戦いの途中で真木を本気にさせた。それで真木はカッとなって絵瑠はんを殺す寸前までいった。あの最後の攻撃を避けられたのはよかったですけど」


「じゃあ、お前は手加減されてたのか?」


「そうですよ。見ててわからなかったんですか。昨日の訓練で実力がわかったから、手加減してもいいと思ってるんですよ」


「いや手加減するのは当然だろ。そうしなきゃお前が死ぬんだから」


「でもあんな馬鹿にしたような戦い方しなくてもいいのに」


 しかし傍から見ていた栄治にはそんな風には見えなかった。ただ絵瑠のときと比べて落ち着いている感じがあっただけだった。


「そう言えばさ」と栄治は訊く。「戦闘が始まる前に真木もお前も飴玉みたいな奴を口に入れていただろ。あれは何だったんだ?」


「あれは痛み止めですよ。キリンジを覚醒状態にするとき、キリンジと魔師の間を魔力が交流電流みたいに行ったり来たりしてるんですよ。で、魔力がキリンジからこっちに流れるとき、大体全身に痛みが走るんです。それを抑えるために飲んでます」


「痛み止め? 絵瑠はそんなの飲んでないぞ」


「絵瑠さんは感じないんですかね。それとも我慢してるのか。でも我慢して良いことなんてないですけどね」


「普通は痛み止めを飲むものなのか?」


「普通は飲みます。でも、そういうのが嫌で、飲まない主義の人もいますよ。中毒になるかもしれないから」


「中毒?」


「まあ、薬物ですから」と三枝はあっさり言ってしまった。「もしかしたらただ薬の貰い方を知らないだけかもしれないですね。絵瑠さんってヤバい村にいたんでしょ?」


 絵瑠の村がヤバいかどうかはさておくとして、痛みのことをこれまで知らされなかったことに栄治は情けなくなった。結局、栄治と絵瑠は対等ではなく、色々なことが絵瑠の方にのしかかっていたのか。


「なあ、その痛みってどのくらい痛いもんなんだ?」


「痛みの痛さですか。よく、三叉神経を刺激される痛みと比べられますね。ちょっとやってあげましょうか」


 そう言うと、三枝は手を栄治の頭の上に当てた。


 そのとき、栄治の顔の左側に、太い針が突き刺さったかのような激痛が走った。


「痛い痛い痛い――――」


 栄治は三枝の手から逃れようと、床の上を転げ回った。しかし、三枝はそう簡単には放さなかった。


「やめてくれやめてくれやめてくれ」


 栄治があまりの痛みに気を失いかけたとき、やっと三枝は手を離した。


「どう? 痛いでしょ」


「痛いってもんじゃねえ。こんなに痛いのか。とんでもねえな」


「いや、それの10分の1くらいですね」


「10分の1かよ」


「てゆーか、切られるのより少し痛いくらいかな」


「だったら最初からそう言えばいいじゃねーか」


「まあ、今のを一度試してみたかったんですよ」


 そう言うと、三枝の服の中からホソイトが出てきた。


「絵瑠さんが痛み止めを持ってないんやったら、これを渡してください。僕は飴玉があるんで」


 そう言うと、ホソイトは口の中から手のひらサイズの瓶を吐き出した。三枝はそれを手に乗せて、栄治の前に差し出した。瓶のラベルには、白い芥子の花のような絵が描いてあった。


「これはシロップです。戦闘前に小さじ一杯でいいです。それ以上飲んだらヤバいですよ」


 栄治はそれを両手で受け取った。


「今ホソイトが吐き出したように、逆にそれを丸呑みしてみてください」、三枝は言った。


 栄治の口の大きさでは、これを飲みこむのは難しいように思えた。しかし、試しに言われた通りにやってみると、意外にも簡単に瓶を飲み込むことができた。しかも体の中に入って行った感じがしない。消えたみたいだ。


「それがキリンジでも使える簡単な魔術、収納術です」

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