(あらすじ:栄治は協会本部にある実験施設に連れて行かれる。そこで、偉そうな二人の男に出会い、実験について話しを聞く)


   *


 栄治は、初日に案内された魔師協会本部のビルに栄治は連れて行かれた。


 入口からかなり奥まったところにある、厳重に施錠された部屋で、栄治は台の上に置かれた檻の中に閉じ込められていた。周りには白衣姿の人間が数名おり、彼らは計測器の前で、栄治の体に取り付けられた電極から得られる情報を見て、何か意見を交わしていた。研究者なのだろうか。


 魔師の施設だというのに、検査がかなり科学的に行われているということに栄治はすこし驚きはしたが、至極まっとうな方法で自分が取り扱われていることに安堵を覚えていた。


 宮部は、研究者たちからすこし離れたところで腕を組んで、壁にもたれかかっていた。彼だけ黒い服装をしているのが異様だった。


 彼らはしきりに、異常に値が大きいということを言い合っていた。そんなに言い合わなくてもさすがにもういいだろうと思ってしまうくらい、神経質に確認し合っているようだった。


「内部に蓄積されている魔力が通常のキリンジの倍以上ありますよ」と一人が宮部に向かって言った。「月食の日に儀式を行うだけでこれだけ強いキリンジが作り出せるのであれば、ものすごい発見ですよ」


「意識を持ってしまっていることは、すごくはないってか」と宮部が皮肉を利かせて言った。


「いや、それも当然すごいことですよ。でも、ほんとうにこれが意識を持っているのか、調べてみないといけないですけどね。調べる方法もまだないわけで」


「これって言うなよ」と栄治は言った。「一応まだ人間なんだぞ」


「ああ、ごめんごめん。職業柄、あんまり簡単に人間だと決めつけられないんだよ。悪気はないからね」


 男は無邪気に笑っていた。そこに、突然ドアが開いて男が二人入ってきた。どちらも白衣を着ておらず、スーツ姿だった。一人は全身グレーのスーツを着た白髪頭の中年で、もう一人は黒いぴっちりしたスーツを着こなしている宮部と同じくらいの歳に見えるすらっとした顔立ちの男だった。


 二人は入ってくると、わき目も振らずすぐに栄治に歩み寄って、じろじろと見つめてきた。


「おい、何かしゃべってみろ」と老人の方が言った。


 栄治はその言葉に嫌な感じを覚えた。まるで動物園の動物に話しかけているみたいだったからだ。


「何だよ」と栄治が言うと、


「本当にしゃべるんだな」、感心したように中年は言った。「これから君はいろいろと検査をされて、その後にとある実験の道具にされる。そのことについては了承しているのかね?」


「了承した覚えはないな。まともな実験だったら付き合ってやってもいいけど」


「どういう実験を行うか、あらかじめ知っておきたいか?」


「俺にとってはその実験が行われないのが最善だけど」


「その選択肢はないな。君が進んでその実験に参加してくれるというなら、君を尊重し、扱いをよくしようと思っている」


「これ以上いい扱いがあるなんて想像もできねえよ」


 そのとき宮部が言った。「まあ、素直に従っておけばいいんじゃないか。こいつらがお前を殺すことはないだろう。大事な被検体だからな。それにお前はキリンジで、そもそもそう簡単には死なない存在だ」


「死んじまうかどうかの話なんか俺はしてねえよ」と栄治は言う。「まともな扱いを受けられるかって話だ」


「それについては最大限努力しよう。これでいいかね?」


「先に教えてくれ。俺にどういう実験を行おうとしてるのか、聞いてから決める」


「今、君の側に決定権があると思っているのか」、嫌味ったらしく中年は言った。「しかしまあ教えてあげよう。我々がやろうとしていることは必要不可欠なことなんだよ」


 中年は振り返って、背後にいた黒いスーツの男を見た。するとその男は檻の前まで進んできて、おもむろに話しはじめた。


「我々魔師の責務は三つある。一つは麒麟から日本および赤日を守ること。一つはあちらの世界とこちらの世界を隔てる結界を絶やさぬこと。一つはこの麒麟との長い戦いを終わらすこと。そして、君の存在は、最後の一つの責務に大きくかかわっているんだ」


「責務ね。自分のやってることを偉大に見せたい人間はよく使うよ」


 栄治を無視して男はつづけた。


「この地球全体には、結界が張ってある。強さはところによって異なるが、結界がないところはない。では、麒麟がどうやってこちらの世界に入ってくるのかと言うと、結界に穴を開けているわけだ。どのようにして穴を開けているかというと、瞬間的にかなり大きな魔力を発生させているのだと知られている。こちらの世界に入ってきた麒麟はそうやって結界に穴を開けている。

 しかし、それと同じことをキリンジにやらせようとすると、中々できないんだ。普通のキリンジが結界に穴を開けてあちらの世界に行くことは難しい。それはなぜかというと、キリンジの体には麒麟ほどの魔力がないから。つまり弱いからなんだ。

我々が麒麟との戦いを終わらせるには――まあいくつか方法はあるが――あちらの世界に行って、存在するとされる青日を破壊しなければならない。そのためにはまず我々が張っている結界を乗り越えなくてはならない。そのために、より強いキリンジが必要になる、というわけだ」


「俺がもうすでに十分に強いんだったら、結界に穴を開けられるわけだから、実験は必要ないんじゃないか」


「君の強さはまだ十分じゃないんだ。今の君が全力を出して発生させられる魔力量を1とするなら、結界に穴を開けるのに必要な魔力量は2~4といったところだろう。だから、その不足分を埋めるために、君に実験を行うというわけだ」


「なるほどね」と栄治が言う。「実験をする目的はわかったけど、俺が知りたいのは実験の内容だ」


「簡単に言えば、赤日から取り出した力を直接君の中に流し込むんだよ」


「それで、俺は、俺の体はどうなるんだ?」


「一時的に強くなる」、男は指を一本立てて言った。


「スパイダーマンの映画では、必ず科学者が実験に失敗してヴィランが誕生するんだ。しかもあらかじめイレギュラーな自体が起こっているのに気づいていたのに無理やり実験を実行して、だ。バカだろ? そんなことが起こって、俺がヴィランにでもなったらどうする?」


「君がヴィランでないのであれば、ヴィランは登場しないだろうね」


「じゃあ、俺の精神が悪に支配されるなんてことは?」


「君はふざけているのか深刻なのかよくわからないね」


「こいつらがやろうとしている実験は、普通のキリンジを使ってこれまでに何度も行われてきたんだ」と宮部が口をはさんだ。「だから何も心配することはない」


「それで納得できるか? 他のキリンジには俺と違って意識はなかったんだろ?」


「それはそうだが、お前が他の奴と同じようにキリンジであることは変わりない。それに、お前を元に戻す方法が、その実験でわかるかもしれないぞ」


 栄治は宮部の顔を見た。口から出まかせを言っているのかどうかを確かめたかったのだ。だが、宮部の顔からは何も読み取れなかった。嘘か本当かもわからない。


「……まあいいよ」、栄治は諦めて言った。「じゃあその実験、受けてもいい」


「よかった。それは、よかった」と中年が笑いながら言う。「もし君が断ると言っていたら、ずっとここに監禁していたところだよ。でも、了承してくれたのであれば、その必要はなくなった。君の住んでいるところから、ここに通ってくるといい」


 中年の男は不敵な笑みを浮かべていた。しかしそれに対して嫌悪感を示すことは、栄治自身の立場を危うくさせることのように思えて、何も言えなかった。

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