(あらすじ:協会本部をあとにした栄治と宮部。栄治は宮部から魔師協会の裏事情を聞く)


   *


 魔師協会本部からアパートに帰る道すがら、宮部はあの中年と黒いスーツの男について話してきた。栄治は宮部の足元で、せかせかと足を動かして着いて来ていた。


「あの二人の顔はしっかり覚えておけ」と宮部は言う。「老けてる方が沼本悌二郎、若く見える方が池里幸次郎だ」


「あの嫌味で偉そうな奴が沼本ね」


「二人にはたいして歳の差はない。沼本は59で、池里は55だ。そして沼本は協会本部長、つまり魔師協会のトップだ。あのおっさんが魔師を仕切っている。池里の方は、科学研究班の班長という名目だが、実質的には魔師協会のナンバー2と言っていいだろう」


「たかが班長でなんでそこまで……」


「科学研究班はいつでも好きなときに、魔師からキリンジを借りて実験に使ってもいいということになっている。要は、キリンジの招集権限があるわけだ。そしてその命令を断れるのは、特級魔師の資格を持っている奴だけ。さっき沼本と池里がお前にあれだけ大きく出れたのも、いざとなれば権限を発動して絵瑠からお前を奪い取れるからだ。だから、お前はあいつらには出来るだけ盾突くな。お前の立場も絵瑠の立場も危うくなる」


「……わかった」


「もう一つ言っておかないといけないことがある。さっき池里が、魔師の責務の一つとして、『麒麟との長い戦いを終わらすこと』を挙げていたな」


「ああ」


「だがあの責務をめぐって、協会内部では意見が分かれている。というのも、戦いを終わらすということは、魔師が仕事を失うということでもあるからだ。全国に一万人以上いる魔師の給料は国の予算でまかなわれているが、戦いを終わらせれば予算は出なくなる。つまり数万いる魔師たちが、ある日を境に一気に無職になるってわけだ。そのため、協会内部の魔師の半数近くが〈三つ目の責務〉に消極的だ。このまま戦いを長引かせて、少なくとも自分の生きている間だけは安泰でありたいと思っている。そういう奴らの中心にいるのが協会長の沼本だ」


「協会長のくせに〈三つ目の責務〉には消極的なのか」


「むしろそうだからこそ、あの地位にまで登りつめたのだとも言えるだろうな。沼本を中心とした、〈三つ目の責務〉に消極的な奴らは〈沼派〉と呼ばれている。それに対して〈三つ目の責務〉に忠実に従い、実行すべきだと考えている奴らは〈池派〉と呼ばれている」


「〈池派〉ってことは、もしかして池里が中心になっているのか?」


「そう。池里は、表面上は沼本に同調しているように見せているが、水面下では対立している。戦いをできるかぎり早く終わらすべきだ、とね。今はちょうど〈池派〉と〈沼派〉で勢力が半々に割れているから、力が拮抗して何も起こっていないように見えるがな」


「ちなみに宮部はどっち派なんだ?」


「俺はまあ〈池派〉だな。そもそも俺は沼本が嫌いだから。だがその前に、俺は赤日を盗まなけりゃならん」


 宮部の顔を栄治は見上げた。絵瑠と栄治が協力しないと言ったとしても、それを実行に移すのだという決意がそこにはあった。


(だがそんなことをして何になる?)と栄治は思う。(協会にバレたら、一生追われることになるんじゃ? 捕まればただではすまないだろう。そんなリスクを背負ってまでやる必要あるのか)


 空を仰ぎ見ると、電線の上に烏が止まっていた。それは、宮部のイチワとほとんど見分けのつかない姿をしている。もしもあの烏とイチワがある日突然入れ替わっても宮部は気づくのだろうか。


 アパートに帰ると、部屋にはすでに三枝がいた。


 三枝は全身にケガを負っており、体を重たげにベッドに横たえていた。

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