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(あらすじ:協会本部をあとにして、一行はマンションを訪れる。)
*
書類を書き終えると、宮部らはそのまま建物を出て、立川駅付近のマンションに入って行った。そこは魔師のために協会が用意した貸しマンションだった。これもやはり外観は普通のものとなんら変わりない。
二階の奥の三部屋の前に来て、一番奥の部屋が宮部、その隣が絵瑠、さらにその隣が三枝のための部屋だと宮部は言った。
「家具は備え付けだから好きに使っていい。食いもんは自分でどうにかしろ」
「ちょっと待ってください」と絵瑠が言った。「私と栄治さんは同じ部屋なんですか」
「そうだ。当たり前だろ」
「俺もできれば別の部屋がいいな。気を使うから」と栄治も言った。
「どうせ猫なんだからいいだろ。そこら辺に転がってればいいんだから」
「でもお風呂に入るのとか好きにできないじゃないですか」と絵瑠。
「じゃあそのときは栄治が俺の部屋に来ればいい」
宮部は自分の部屋のドアを開けて、玄関に入った。そしてすぐ横の壁をコンコンと数回叩くと、杖を懐から取り出して、軽く振った。
バコン、という大きな音と同時に、壁に穴が開いて、その向こうに絵瑠の部屋の玄関が見えていた。
「ほら、こうすればいつでも俺の部屋に来れるよな」、何の気に無しに宮部は言った。
「……いや、もっと嫌なことになりました」と絵瑠。
「宮部、バカだろ」
「なんでだよ! お前らが一緒の部屋は嫌だって言ったんだろ。部屋はどっちにしろ三つしか用意されてないんだよ」
そのとき三枝が言った。「じゃあ僕の部屋で寝泊まりしたらいいんじゃないですか」
「何だよ。じゃあ穴を開けた意味ねえじゃねえか」
「何の了承も得ずに人の部屋勝手に穴開ける方がおかしいんですよ。栄治さん、僕と一緒だったら大丈夫ですよね。男同士ですし」
「ああ、いいけど」
「それじゃあ何のために私の部屋の穴はあるんですか」、絵瑠がうんざりしたように言う。
「まあ、いいじゃねえか。たまには俺の部屋にも来いよ」
などと、宮部が適当なことを言って、お茶を濁していた。ほとんどセクハラを受けたような顔を絵瑠はしていた。
「じゃ、そういうことで」
三枝がそう言うと、それぞれは部屋の中に入って行った。
部屋は1ⅬDKで、一人で暮らすにはまったく支障をきたさない内装をしていた。三枝は、近所から段ボールを拾ってきてその底に毛布を敷き、栄治のためのベッドを作ってやった。栄治に不満はなかったが、やはり猫として生活するということにまだ慣れないでいた。
一週間ほど何もない日々が過ぎた。これまで長旅がつづき、突然猫のような姿になり、戦いに巻き込まれた栄治は、やっと心を休めることができた。昼になるとたまに外に出て少し散歩することがあった。猫から見た世界はこんなものなのかと感心するにはしたが、やはり人間の生活には戻れないのだと現実を突きつけられることの方が多かった。猫の姿では喫茶店にも入って行けないのだ。
やがて絵瑠と三枝が訓練所に通うようになった。朝八時に部屋を出て夕方に帰ってくるのだ。何をしているのかと三枝に訊くと、
「今は座学しかやってないです。魔師の責務とか法律のこととかですね。たとえるなら自動車教習所の授業の時間みたいなものですよ。チャイムが鳴ると先生が入ってきて授業をして、またチャイムが鳴ると帰っていく。それが毎日8回くらいあります」と言っていた。
三枝はホソイトを訓練所に連れて行っているようだったが、絵瑠は栄治を連れて行こうとはしなかった。栄治が特別だからだろうか。それに、仮に連れて行ったとしても栄治が退屈するのは目に見えていたというのもあるだろう。だから栄治は、自分だけ置いて行かれていることをとくに気にしなかった。しかし、絵瑠と会話する機会が減り、栄治はどこか物悲しい気持ちになった。そしてそういう気持ちになる自分自身に、意外なものを感じていた。
栄治の実家に行ったとき、絵瑠との心理的な距離が縮まったような気がしていた。実際そうだったと栄治は思う。絵瑠はあのとき決意を固めたのだ。だが、訓練所で真木に会い言葉を交わしたとき、絵瑠の中で真木に対する敵意が生まれたような気がする。そして、その敵意によって絵瑠自身の決意が揺らいだのだ。あるいは逆かもしれない。絵瑠の決意が揺らいだからこそ、絵瑠は真木に敵意を抱いたのかもしれない。
いずれにせよ、絵瑠の意識は真木に向かっており、そのために自分がないがしろにされたということに栄治は気づいていた。そしてこれはあまり良い兆候とは言えないかもしれないと考えていた。
そんな思いにとらわれていたある日の午後に、宮部が三枝の部屋に勝手に入ってきて、栄治を連れ出そうとした。どうやら合鍵を持っていたらしい。
「急にどこに行くんだよ」と栄治は言う。
「どこって、お前の体を調べるための実験施設にだよ」
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