(あらすじ:実家をあとにして、宮部の後を追う栄治、絵瑠、三枝。宮部の居場所を突き止め、作戦を立てる。)


   *


 栄治はタクシーの中で頭を抱えていた。


 栄治と対になる札をつけた烏の場所を感じとるには、体毛の一本一本を操るような集中力が必要だったからだ。しかし、なんとか栄治はその最初の糸口をつかむと、車窓から見る遠い風景の向こうに、その影を感じた。


 栄治が黙ったまま方角を示すと、助手席に乗った三枝が運転手に指示をした。


 すこしずつ感覚が慣らされていき、烏の影が鮮明に感じられるようになってくると、今度は烏の方がこちらを意識しているということまでわかってきた。


 三人は、群馬県と埼玉県の県境付近にまで来ると、タクシーを降り、山の中に入った。宮部が秩父から山中を通って奥多摩まで向かうだろうことはわかっていた。今、宮部は秩父を出たばかりだった。


「だいぶタクシーに乗ったけど、ルール違反だとか言われないよな」と栄治が心配していると、


「宮部先生がルールを言わないときは、ほんまに何をしてもいいときなんです。ルールを言ったとしても、少し破られる前提で言ってますね。あの人は、ルールは破るものだって思ってるんですよ」


「というか」、絵瑠が口をはさんだ。「三枝さん、よくあのタクシー代を払えましたね。けっこうな額でしたよ」


「まあカードで払ったんで」


「カード持ってんのか!」


「宮部先生のカードを預かってん」


「なんでだよ!」、驚く栄治。


「なんかある日突然、これもっとき、ゆーて渡してきたんです」


「なんだその、パパ活の上位互換みたいなのは」


「さて」と三枝は話を切り、立ち止まった。「栄治はんを覚醒させて背中に乗って行けば、すぐに先生には追いつくとして、その前に作戦を立てときましょか」


 三人は野山の中に車座になって座った。日は暮れかかっておりオレンジ色の陽光が、三枝と絵瑠の横顔を照らしていた。


 三枝の衣服の中から蛇がそろりと降りてきて、栄治をじっと見つめてきた。


「こいつの名前はホソイトって言います。大きくなったり小さくなったり、伸び縮みもします」と三枝は言った。「普通、キリンジには名前をつけとくんですけど、栄治はんにはないですよね」


「栄治さん、何か呼んでほしい名前とかありますか」と絵瑠。


「えっ何だろう。……サード・アイ・ブラインド、とか」


「サード・アイ・ブラインド……?」、からかうでもなく、絵瑠は困惑していた。


「いやいや、冗談だよ。冗談」


「なに言ってるんですか?」


「いや、昔、もしも少年漫画みたいに突然異能に目覚めたらどういう能力名にするか考えたときがあって、それがサード・アイ・ブラインドだったの。そういう名前のロックバンドから取ったんだよ」


「ああ、そうなんすか。知りませんけど」と、三枝はニッコリ笑いながらも心理が読み取れない表情で言った。


「じゃあ、普通に栄治さんでいいですね?」と絵瑠。


「ああ、それでいい」


「よかった」と絵瑠は嘆息する。「もし本気だったら恥ずかしくて絶対に呼べないですよ」


「おい」と栄治がツッコもうとしたとき、三枝は今度はぱんっと両手のひらを叩いた。栄治のせいで弛緩した雰囲気に緊張感を取り戻すためか。


「もう気付いてると思いますけど、僕は催眠術が得意です。てゆうても、普通の催眠術よりすごい何かができるってわけでもないですけどね。人の動きを指定したり、人を眠らせたり、欲望を刺激したりくらいですね。でも人がほんまにやりたくないと思っていることはやらせられないです。人に人を殺させたり、自殺させたりとかは無理です」


「俺に、実家に行きたいと言わせられたのもそのためか。元々俺自身が実家に行きたいと思っていたから」


「そうです。あとは簡単な幻覚術ができるくらいですかね。実際に見た物をコピーして存在するように見せたり、ちょっと風景を変えることができます」


「ふうん」と栄治が関心もなさそうに言った。「確かにそれじゃあ戦闘は苦手そうだな」


「一対一の戦闘は、ですけどね」


 そこで、絵瑠がすかさず言った。「宮部さんに催眠術をかけられたらあとはどうにでもなる。動きを止めるくらいのことはできるよね?」


「できます。たぶん宮部先生は、僕たちがいかに理詰めで戦うか、それを試したいんやと思います。たぶん力業では絶対に札を取れへん。で、詰みの形は僕が先生に催眠術をかけた状態しかない。そこまでにどうやって行きつくか。それを考えないといけないわけです」


 座に沈黙が訪れて、それぞれがそれぞれの思考の中に落ち込んでいった。自分の力と他人の力を組み合わせて戦わなければならない。その可能性は無限と言っていいくらい多いだろう。だからこそ、これだという一つの手を見つけ出すのが難しかった。


 しかし、栄治だけは別のことで、頭をいっぱいにしていた。


 詰みの形は一つしかないのだろうか。

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