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(あらすじ:栄治たちは、宮部から認められるための試験を受けることになる。)
*
翌日の朝早くに民宿を出て、栃木を南下していった。相変わらずバスに乗って、のんびりと風景を楽しみながら進んでいった。
と言っても、栄治にとっては車窓から眺める自然や都市の風景は見慣れたものでしかなく、物悲しさに近い懐かしみを感じさせた。栄治の地元が近づいて来ていたからだ。
栄治の実家は日光市と宇都宮市の境のあたりにあったので、日光市を縦断するバスは栄治が幼いころに乗った記憶がある路線だった。
窓から顔を少しのぞかせて、栄治は流れていく緑と青のうすぼんやりした景色の中からどうにか自分の持つ記憶と一致するものを探そうとした。しかしそれは見つからなかった。純粋に懐かしさだけが感じられ、しかしそれを裏付けるような証拠は見つからなかった。
丘の上を走っていくバスが林の中から抜け出して、はるか遠くの山々まで見透かす展望を明らかにしたとき、目線の下の方に住宅街が広がっていることに気づいた。薄く張った霧に覆われて、家々はまだひっそりとしている。
日光から宇都宮へと広がっていく街並みのどこかに、栄治は実家を探していた。しかし、見つかるはずもなく、彼はゆっくりと頭を座席に降ろした。
「あのさ」と栄治は言った。
「何ですか?」、となりの座席に座っていた絵瑠が言う。
「……いや何でもない」
どういうわけか言おうとしていたはずの言葉が喉のあたりでつっかえていた。
昨日、民宿で女々しくしている宮部をからかった手前、率直なことが言いづらくなってしまっていた。他人にかけた呪いが跳ね返って来てしまったかのように。
「どうかしたんですか?」と絵瑠。
「何でもない」
しかし、何かを感じ取ったのか、絵瑠は栄治の顔をじっと見つめてきた。
「あ、俺このあたりの美味しい店知ってるんだけど……」
「まだ、朝だぞ。昼飯はもっと先で食おう」、宮部は栄治の意見を一蹴した。
「まあ、そうだよな」
一行はそれ以降はとくに会話をすることもなく、揺られていた。
バスを何回か乗り換えて栃木の南西部にたどりついたとき、すでに昼過ぎだった。近くにあったレストランに入り、昼食を食べていると、宮部はおのずから話しはじめた。
「訓練所に着くまえに、お前らをテストしておく。魔師の資格の中でいちばん簡単な公認魔師という資格は、明階の位にある魔師に弟子入りした上で、実力を認められるともらえるんだ。お前らはすでに俺に弟子入りしているから、テストに合格したらお前らに公認魔師の資格をやるよ」
「テストってのは?」
「戦闘テストだ。俺がここを先に出発して、訓練所がある東京の立川市に着くまでのあいだに、俺からこの札を奪え」
宮部がネックレスのひもを引っ張って、服の下から木の札を取り出した。そこには篆書体で文字が書いてあったが、読み取れない。
「お前ら二人、いや三人と一匹で協力するんだな」
「でも、宮部が先に出発したら、俺たちにはどこにいるかわからないだろ。それを探すのもテストのうちなのか」
「いや、今のお前らにはそんなこと無理だろうから、わかりやすいように栄治と俺の烏を接続する」、宮部の懐の中から烏が出てきて、テーブルの上にとまった。飲食店の事情などお構いなしだ。「集団で行動する魔師がよくやることだが、これでお互いの位置がわかる」
宮部は、今度はポケットから木の札を二枚取り出して、栄治の首輪と烏の足にそれぞれをつけた。やはりこれも篆書体で書かれていたが、それが「現」を示す文字だということはわかった。
「位置がわかると言っても簡単じゃないぞ。これは栄治が味方のキリンジを見失わないように追う練習にもなる。一石二鳥ってわけだ」
「ていうか、三枝はずっと前から宮部といるのに公認魔師でもないんだな」、栄治が訊く。
「こいつは戦闘がめちゃくちゃ弱いから」
「わかっててもはっきり言わないでくださいよ」と三枝。
「というわけで、俺は二、三日かけて、ゆっくりここから立川市まで向かうから、その道程のどこかで俺から奪え。簡単にはやらせないけどな」
宮部らは席を立ち、会計を済ませると店の外に出て行った。店の外は森に囲まれた、車通りも少ない山道だった。
「じゃ、俺が出てから一時間はここで待機してろ」
そう言って、宮部は道の脇から森に入り、緑の中に姿をくらました。
「一時間も待ってるんだったら、俺たちは店から出なくてもよかったんじゃねえか?」
「まあ作戦でも考えながら待ってたらええんちゃう?」
「まあそうか。というか、一時間しか差がないんだったらすぐに追いつけそうだけどな」
「いや、宮部先生はこういうとき必ずズルするから」
「確かにしそうだな」
栄治と三枝が話しながらレストランの駐車場に座ろうとしたが、絵瑠は立ったまま二人を黙って見ていた。何かを考えているようだった。
「あの、栄治さん」
「なんだよ」
「さっきバスの中で考えていたこと、勝手に盗み見ちゃったんですけど」
「さっき? ……ああ、あれか。あれは気にすんな」
「いや、やっぱり私は行った方がいいと思います」
「ん? 何の話してん?」
しかし三枝のことを無視して、絵瑠はつづけた。
「栄治さんは死ぬかもしれないし、仮に死ななかったとしても、やっぱりこういうときは行った方がいいと思うんです」
「でも、こんな姿で行ったってどうにもならないだろ」
「それはまあ、考えます」
「ちょっと待って、ついて行けへんわ」と言う三枝に、
「栄治さんはさっきバスの中で実家に行っておきたいって考えていたんです」と絵瑠は言う。
「あーもう恥ずかしいな。言うなよ!」
「あ、そーなん。そんなら行けばええやん」
「はい。絶対に行くべきです」
絵瑠と三枝が結託して、栄治を説得するという状況になった。
「俺は一瞬両親に会いたいと思ったけど、喧嘩して出て行ったことを思い出して、それにこんな姿ってのもあって、すぐに諦めをつけたんだ。絵瑠だってそこまでちゃんとわかってるだろ?」
「はい。でも、ダメです」
「なんでだよ! こんなときに感動の別れみたいなことをやっても仕方ないだろ」
栄治が絶対に行かないという姿勢を示しているのを三枝は見て取り、栄治の両脇を持って目の高さまで上げた。
「だったら、家の前まで行って、それから考えたらええんちゃう?」
「わざわざそんな無駄なことしなくても。宮部にバレたらどうするんだよ」
「ふーん。そんな行きたないんや」、三枝はより一層顔を近づけた。「行きたくないんやったら、行きたくさせてあげよーか」
「は? どういう――」
「どうや、行きたくなってきたんやないか」
そのとき、自分の気持ちが制御できなくなるのがわかった。自分でもそうはなりたくないと思っている方向に、精神が勝手に動きはじめていた。
「……いや……」
「嫌やないやろ。ほんとは行きたいんとちゃう?」
「い、行きたい」、栄治はいつのまにかそう答えていた。口が勝手に動いたというよりも、心が栄治の意志を無視して口にそう言わせた、という感じだった。
「そうか、ならさっさと行こうか」、三枝は栄治を持ったまま立ち上がって、宮部が消えていった方角の反対方向へと歩きだした。絵瑠は後ろからついて行く形になり、栄治はときどき道のりの案内をした。そうせざるを得なかったのだ。
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