(あらすじ:栄治は宮部から赤日という石の秘密と、彼の目的を聞く。)


   *


 絵瑠を呼んできて、四人が車座に座ったところで宮部は話しはじめた。


「俺はお前らを村から出してやった。恩に着ろよ。これだってある程度リスクがあるのにやってるんだからな」


「いきなり恩着せがましいな」と栄治。


「そのかわり、お前らには俺の言うことを聞いてもらう」、確かめるように宮部は言った。


「ええ、わかってます」、絵瑠は言う。


 絵瑠がやけに覚悟の決まった語調でそう言ったので、栄治は驚いた。


「三枝にはもうずっと前から言ってる。俺の目的の一つは復讐。これはお前らには関係ない。俺がやることだ。だけどもう一つの目的は、一人では難しい」


「わかってるよ。それで何なんだよ」


「この烏の寿命を延ばすことだ」と宮部は言った。「こいつは、俺の感覚だとたぶん一年も経たずに死ぬ。それを止めたい」


 栄治がまず考えたのは、なぜそんなことをする必要があるのか、ということだった。キリンジというのは20年で死ぬ前提で作るものじゃないのか。人が、死ぬ前提でペットを飼うのと同じように。仮に宮部が烏に他人よりも強い愛着を抱いているのだとしても、わざわざ寿命を延ばそうなどと考えるだろうか。


「寿命を延ばす方法については、もう俺が考えている。だが、そのためには、赤日が必要になる。つまりお前らにやってもらいたいのは、魔師協会が持っている赤日の欠片の奪取だ」


「赤日の欠片? 赤日はいくつかに分かれてるのか?」、栄治は問うた。


「元々は一つだったんだ。だが、太平洋戦争に日本が負けて、GHQがやってきたとき、天皇陵で厳重に管理していた赤日を奴らは壊そうとした。奴らは魔法の存在を信じたがらなかったし、赤日も勝手に魔力があると信じ込まれているだけのきれいな石としか思わなかった。で、それが虚妄だと教えてやろうとして赤日を壊し、六つの欠片にしてしまった。赤日が砕けたとき、尋常じゃないエネルギーが放出してその研究施設が吹き飛んだとか言われているが、そのときにアメリカは、魔法が実在し、赤日がその象徴であることを知ったわけだ。その施設がどこにあるのかはいまだによくわかっていないが。

 とにかく、赤日は六つに分かれてしまったというのは事実だ。だが、奇跡的に元のときと変わらずに魔力を放ってはいるがな。だから今も結界を地球全体に張ることができている」


「ちょっと待て、結界はそんなに広い範囲にあるのか!?」


「日本だけ守ったって他の国に麒麟が現われることになるだろうからな。だが、実際麒麟がやってくるのは世界でも日本だけだ」


「なんで日本にしか来ないんだよ」


「麒麟は結界が弱いところから入ってくるから、日本以外を守る結界を強くして、日本を守る結界は弱めるんだ。そうすると麒麟は結界が弱いところからこっちの世界に入ってくる。日本の魔師が住む村にだけ麒麟が現われるのも、結界の強さを工夫して、部分的に弱めているからだ。日本は古来からずっとそうしてきている」


「それって世界の脅威を日本が一手に引き受けているってことになるじゃねーか」


「そういうことにもなるかもしれないが、麒麟は大した脅威じゃないよ。今のところはな」、宮部は言った。「赤日の欠片は六つに分かれて、そのうちの2つはアメリカが持っている。俺が欲しいのは日本に残った4つのうちの1つだ」


「それを盗むって、かなりヤバいことなんじゃないのか?」


「ヤバいと言えばヤバいが、大したことじゃない。現に赤日は6つに割れ、2つの欠片は魔師協会の手元を離れたが、結界は戦前と変わらずに在りつづけている。つまり赤日がどのような状態であっても、欠片が地球のどこにあろうともその効果は変わらないわけだ」


「そうだったとしても、そんなことまでして烏の寿命を延ばしたいなんてどうかしてるだろ」


「異常なのは承知の上だ」、宮部は言う。「まともな頼みだったら、お前らだって何も言わずに手伝ってくれるだろう。だが、そうじゃないから、こういう言い方をしている」


「ちなみに僕はずっと前から計画のことは知ってますし、協力もするつもりです」、三枝は言う。


「信者だからか?」と栄治。


「そうです」


「でも俺にも絵瑠にも、そこまでする動機はない。だって、お前の目的って、はっきり言えばエゴでしかないだろ?」


「エゴというか、独善だな」と宮部は言った。


「これを独善って言うのか? 単純にお前の個人的な欲望だろ」


「違うな。まったく逆だ。俺は、欠片を保持して地球を守ることの道徳性よりも、死にかけているキリンジの命を延ばすことの道徳性の方が上だって言ってんだよ。だから、言うならば独善が正確だ」


「まあどの言葉を使うかはどうでもいいよ。いずれにせよ俺たちにはそれに付き合う動機はない。というか、他のことならお前を手伝う気になれたかもしれないが、この問題は重すぎるんじゃないか?」


「わかった。それならお前と絵瑠は資格を取ったら好きにしていい。だが口外したらただじゃ置かないからな」


「待ってください」、絵瑠が言った。「私はまだ何も言ってないです」


「いや絵瑠、こいつのやろうとしてることは明らかヤバいって。それに手伝ったところで俺たちにはメリットがない」


「メリットの話はしてないですし、するつもりもないです。私はやるかやらないかの話がしたいです」


「だからメリットがないからやらない方がいいって言ってるんだよ」


「なんでメリットがないことがやらない理由になるんですか?」


「は?」、栄治は言葉を失った。通用するはずの論理があっさりと無視されたからだ。


「栄治さんだって、メリットがないのに私についてきてるじゃないですか」

「それは……お前と話して、色々あって、ついて行ってもいいって気になったから」


「栄治さんは今の話をメリットの有無で、やるかやらないかを決めようとしてますよね。でも、私についてくると決めたのはメリットがあるからじゃない」


「まあ、確かにそうだな」、釈然とした感じで、栄治は言う。「でも、それはなんとなくお前ならついていっても大丈夫だろうって思ったからで」


「だったら、私だってそういう決め方をしたっていいですよね。私はこれを、やりたいかやりたくないかで決めます」


「なんでだよ!」


「別にいいじゃないですか」


「じゃあ絵瑠は今までずっとそうやって物事を決めてきたのか?」


「いや、たぶん今まではずっとやるべきかやるべきじゃないかで決めてきました」、絵瑠はあぐらをかきながら、股のあいだで組んだ指をじっと見つめていた。「でもそれはたぶん村にいたからで、周りに人がいたからそういう風に決めてきたんだと思います。私が勝手なことをしちゃいけないと思っていたし、そうだったから。でも村を初めて出て、刺青をさらけ出したまま外を歩いたときに、私はいろんなことができるようになったんだって思ったんです。実際は資格を取らないとどうにもならないですけど、そのうち、自分の気持ちだけで何でも決めていいようになるんだって思ったんです。理由もへったくれもなく好きにやることを決められるって。もちろん魔師としての責任は負うわけですけど」


「特級魔師ってのは魔師の中で一番責任が重くなる資格だが、その分自由度も一番高い。つまり自分に首輪をつけることによってより行動範囲を広げるってことだ」、宮部が口をはさんだ。


「それでいいんです。それ以外に方法はないんですから。だから、私はやりたいかやりたくないかで決めます」


「じゃあ、どっちなんだよ。やりたいのか?」、栄治は訊いた。


「……それがまだわからないです」


 栄治は気が抜けたように仰向けにひっくり返った。


「はっはっはっ」、宮部が高らかに笑った。「おもしれえ。それなら協力したいかどうか、決まったら教えてくれ。栄治、お前はどうする」


「俺は……」、栄治は気の抜けた声を漏らした。


(絵瑠の意志を変えるのは無理か。……こいつはたぶんめちゃくちゃ頑固な性格をしてる)


「じゃあ、俺も保留する」


「そうか」と宮部は清々しく言った。「まあそう言われることも考えてはいたから、残念だとは思わない。だけどな、協力するかどうかもわからないお前ら二人にこのことを話したのは、お前らがなんだかんだ言って手伝ってくれるんじゃないかって思ったからだ。今でもそう思っている」

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