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(あらすじ:湖と絵瑠の描写)
*
栄治は畔に出るやいなや、絵瑠を追い抜いて水際に走り寄った。
水はかなり透明度が高く、手のひらにすくい上げても屑の一かけらも見つけられなかった。
「こんなにきれいな湖があるんですね。ある意味、都市伝説級ですよ。どうしてあまり知られていないんですか」
そう聞いて、絵瑠の方を振り返る。しかし絵瑠が立っていたはずのところには、もう誰もいなかった。
「あれ?」
栄治は360度見回して、やっと絵瑠を見つけた。彼女もまた栄治と同じように水際に立っているが、様子が違う。目を閉じて、姿勢をすっと伸ばしている。
そのとき、湖の水面からにわかに波が消え、静寂が訪れた。それはまるで絵瑠の心の静けさを写し取ったかのようだった。栄治の意識の中で、一瞬と言っていいほどのその時間は長く引き伸ばされていく。じれったいほどのスローモーションの中にありながらも、栄治は不思議と絵瑠から目を逸らすことができなかった。
絵瑠は左手に持っていた花束を湖に向かって投げた。中空に投げ出された花束は、風に押し戻され、足元の水面に落ちた。ふたたび波が立ち現れ、花束を湖の中心へと運んでいこうとしていた。
絵瑠は手を胸の前で組み、何かに対して祈った。あるいは祈っているように見えた。
その祈りが終わるまでのわずかな時間も、栄治にとっては長く感じられた。
栄治はそこに30分ほど留まったつもりでいたが、実際は5分しかいなかった。
湖からの帰り道、栄治がふと空を見上げたとき、消え入りそうなほどうっすらとした満月が浮かんでいるのに気づいた。
「あ、そういえば今日、月食らしいですよ」と栄治は絵瑠の背中に言ったが、絵瑠は、
「そうですか」と言っただけだった。別のことを考えているようだった。
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