第10話出来た元生徒
ある服屋の前を通り掛かり、ショーウィンドウに私の姿が映り込み、立ち止まり、自身の姿を睨む。
ショーウィンドウの向こうで佇むマネキンが気になって、ショーウィンドウの前で立ち止まっている訳ではない。
傍目から見れば、マネキンが身に纏うファッションに興味があるのだとみるだろう。
背後を通り過ぎる通行人は私を一瞥して、溶け込む風景だと言わんばかりに颯爽と立ち去る。
右手を頬に触れて、化粧を施していないすっぴんの顔を慰めるようにさっと一撫でして、吐息を漏らす。
毎日のように残業をこなし、充分な睡眠を摂れずに徐々に窶れていた。
毎日、洗面所の鏡に映る顔をみつめると、化粧で誤魔化された仮面のようだとたまに嘲笑が漏れる。
今日は、……どうだっただろう?
どれ程ショーウィンドウを睨んでいたのか、左から呼ばれた苗字に現実へと戻された私だった。
「河合、センセイ?」
人違いを疑うようなおそるおそるといった声だった。
呼ばれた方に顔を向けると清水の姿があった。
「清水さん……」
「どうされたのですか……河合、先生?失礼ですけど、どなたか不幸に見舞われたのですか、もしかして……?」
「い、いえ……そのようなことは。どうして、ですか?そのような……」
「そう、ですか。
「悄然、ですか……そう、ですか……そうなの、かも、しれない」
「そこの……スタバに入って休まれてはどう、ですか河合先生?」
「そう、ですね……そうします。清水さんもどうですか?私が奢りますよ」
「河合先生に奢ってもらうだなんて、とんでもないです。お気遣いなく、です……」
清水が顔の前で右手を振って断り、その右手を私に差し出した。
私は差し出された彼女の右手に視線を移してから、再び彼女の顔に視線を戻し、困惑した。
「ご気分がすぐれない様ですので……お手を」
「ごめんなさい。お言葉に甘えさしてもらいます……ありがとう」
私は元生徒が差し出してくれた右手を手に取って、彼女の歩幅に合わせてスタバへと向かう。
デニムジャケットを羽織った二人の女性が、並んで歩いている。
手を繋ぎながら、である。
姉妹か、恋人かのどちらかに周囲の通行人から見られているだろう……おそらく。
本気にならなかったカノジョに、いまさら 闇野ゆかい @kouyann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。本気にならなかったカノジョに、いまさらの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます