第67話 マリアナ沖の落ち武者狩り

 サイパンに上陸した米軍を叩くか、あるいは米残存艦隊を追撃するのか。

 その二択について第一機動艦隊司令長官の小沢中将に逡巡は無かった。

 米残存艦隊は速度こそ上がらないものの、それでも東へと避退を続けている。

 一方、サイパンの上陸軍は当然のことながら海上機動は出来ない。

 だから、先に米残存艦隊を始末し、その後でサイパン上陸軍を撃滅すればいい。

 すでに、マリアナ防衛は果たされたのも同然だから、戦略的勝利は日本側にある。


 しかし、こちらが挙げた戦果と被った損害を考えれば互角かあるいはむしろ日本側が負けている。

 こちらは四隻の空母と七隻の戦艦、それに四隻の巡洋艦と一六隻の駆逐艦を撃沈した。

 それと、艦隊戦に先立つ前に友軍潜水艦が小型空母一隻を撃沈している。

 さらに、一二隻の空母と多数の巡洋艦ならびに駆逐艦を撃破している。

 しかし、一方で米艦上機の猛攻によって第四艦隊と第五艦隊が大打撃を受け、両艦隊合わせて八隻もの空母を撃沈された。

 さらに、「金剛」と「榛名」も先程総員退艦命令が出されたというから、これを足せば空母の喪失は一〇隻にものぼる。

 戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦については撃沈されたものは一隻も無いが、しかし無傷を保っている艦はそれほど多くは無い。


 それでも、追撃をかける一機艦にとって好都合だったのは、すべての「エセックス」級空母が被雷した影響で高速が発揮できないことだった。

 鈍足の戦艦が脚の速い「エセックス」級空母を捕捉出来る機会など今をおいてほかには無いはずだ。

 なにより、「エセックス」級空母のような大型艦を沈めれば米軍が被る人的ダメージは計り知れない。


 米機動部隊は四群あったが、小沢長官はそのうち最も近い一群を後回しにすることとした。

 このグループはすべての空母を撃沈されたことで、その溺者救助に時間を取られ避退が遅れている。

 しかし、最も手近とはいえ空母が無ければ意味が無いから相手にしない。

 残る三群について、最も近いグループと二番目に近いグループは第一艦隊にその撃滅を委ねることにする。

 米機動部隊の護衛艦艇は数こそ多いものの、それでも最大戦力は重巡止まりであり、しかもその多くが零戦の緩降下爆撃で大なり小なりダメージを被っているから全体の戦闘力はさほど高くはないはずだった。


 最も遠いグループは第二艦隊と第三艦隊の艦上機隊で始末する。

 夜を徹しての修理で彗星と天山はそれぞれ三〇機余にまでその数を回復させており、それになにより九隻の空母にはいまだに二五〇機を超える零戦が残っている。


 小沢長官の意を受けた第一艦隊の栗田長官は第一艦隊を二群に分ける。

 遠いほうに第一戦隊と第七戦隊、それに「阿賀野」と八隻の駆逐艦をあて栗田長官が直率する。

 近いほうには第二戦隊と第四戦隊、それに「能代」と八隻の駆逐艦をあて、第二戦隊の西村司令官にその指揮を委ねる。

 古来より兵力の分散は下策とされているが、しかしそれは相手と状況次第だ。

 戦艦をもたず、加えてその多くが半身不随となっている相手に八隻の戦艦と同じく八隻の重巡をぶつけるのは少しばかりオーバーキルが過ぎるだろう。


 真っ先に一機艦に襲われたのは第四機動群だった。

 二五〇機近い零戦が緩降下爆撃で手負いの巡洋艦や駆逐艦にさらなるダメージを与える。

 三三機の天山は二手に分かれて「フランクリン」と「ホーネット2」を挟撃する。

 護衛艦艇の援護を失い、先の被雷で脚を奪われている二隻の空母に天山からの攻撃を回避する術は無い。

 速度の出ない「フランクリン」と「ホーネット2」はそれぞれ四本の魚雷を追加で食らい撃沈される。

 また、同じ頃にはそれぞれ十数機の彗星に狙われた「バターン」と「サン・ジャシント」も多数の五〇番を食らい炎上する。

 こちらもまた、被害の累増で助かる見込みは無かった。


 第二艦隊と第三艦隊の攻撃が終了する頃には栗田艦隊と西村艦隊もまた指示された目標への接触を果たしている。

 後に米海軍史においてマリアナ沖の惨劇とよばれることになる蹂躙劇が始まろうとしていた。

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