第65話 大和咆哮
「第一戦隊ならびに第二戦隊、目標敵戦艦。第四戦隊ならびに第七戦隊、目標敵巡洋艦。水雷戦隊、目標敵駆逐艦」
第一艦隊司令長官の栗田中将の命令一下、第一戦隊の「大和」型戦艦と「長門」型戦艦、それに第二戦隊の「伊勢」型戦艦と「扶桑」型戦艦の合わせて八隻の戦艦が舳先を米戦艦のそれに合わせるために変針する。
栗田長官に戦力に対する不安は無かった。
米水上打撃部隊は七隻の戦艦を擁し、そのすべてを新型で固めている。
しかし、特に大型の二隻は第二艦隊と第三艦隊の航空攻撃で複数の魚雷を食らっているから、相応に戦力が低下しているはずだ。
それになにより、こちらには「大和」と「武蔵」がある。
世界の戦艦の中で最大の四六センチ砲を備えるこの姉妹に太刀打ちできる戦艦など存在しない。
補助艦艇についてはさらに心配していない。
重巡だけでも敵の二倍の数があるし、そのうえ敵巡洋艦はそのいずれもが彗星の急降下爆撃によって少なくないダメージを被っている。
残る水雷戦力についてはこちらが「阿賀野」と「能代」、それに一六隻の甲型駆逐艦であるのに対して米側は駆逐艦が一六隻と数の上では拮抗している。
しかし、米駆逐艦は零戦から投じられた二五番を被弾、そのいずれもが深手を負っている。
「目標、『大和』三番艦、『武蔵』四番艦、『長門』ならびに『陸奥』五番艦。
二戦隊目標六番艦ならびに七番艦。距離三〇〇〇〇メートルで射撃開始。
少し遠めだが、こちらは観測機が使える。どんどん撃って、速やかに着弾を寄せていけ!」
敵の一番艦と二番艦を無視する栗田長官の命令に異を唱える幕僚はいなかった。
敵の一番艦と二番艦は被雷してさほど間が無い。
緊急注水が奏功したのだろう、一見したところ傾斜のほうは回復したように見える。
しかし、前後左右の水平を完全に取り戻すにはいかに最新鋭戦艦といえども相応の時間がかかるはずだ。
だが、それ以上に栗田長官をはじめとした第一艦隊司令部員らが落ち着いていられる理由はドイツからもたらされた技術だ。
第一艦隊の戦艦と巡洋艦はドイツ製の射撃レーダーを装備している。
米英のそれと比べて性能は一歩譲るものの、それでも国産のものにくらべればその能力も信頼性も大きく上回る。
また、他国に比べて明らかに品質が劣る光学測距儀もドイツ製の優秀なものを導入している。
これが可能となったのは、ドイツが「ティルピッツ」以降、戦艦の建造を中止していたからだ。
そのことで手持ち無沙汰となったドイツ人技術者とその必要資材が日欧連絡線を通じて日本側へと届けられた。
ドイツの技術とさらに観測機が使えるという二重の恩恵が三〇〇〇〇メートルという大遠距離の砲撃を可能にした。
もちろん、いくら優秀な射撃照準レーダーや光学測距儀を備えていたとしても、戦闘海域の高空に吹きすさぶ風をはじめとしたすべてのパラメーターを盛り込むことは出来ない。
これは米側も同じことだ。
だから、そこは観測機の報告をもとに修正していく。
「近、遠、遠、夾叉! 次より斉射に移行します!」
五射目にしてようやく敵三番艦を散布界に捉えることが出来た「大和」砲術長が歓喜よりもむしろ安堵の方が勝っている声音で報告してくる。
新型戦艦の「大和」よりも先に旧式戦艦の「長門」と「日向」がすでに修正射から本射に移行し、そのうえそれぞれが目標にした敵艦に命中弾を与えていたから「大和」砲術長も気が気ではなかったのだろう。
一方、米戦艦の側はおもに「大和」と「武蔵」、それに「長門」と「陸奥」を狙って砲撃を続けている。
しかし、いまだに命中弾はおろか夾叉を得た艦すらも無い。
帝国海軍に比べて優秀な射撃管制システムを持つ米戦艦といえども、観測機無しで三〇〇〇〇メートルの距離を隔てた目標に命中弾を与えることは至難なのだろう。
立ち上る水柱の位置は安心するほど遠くはないが、かと言って脅威を覚えるほど近くもない。
そんな米戦艦をしり目に「大和」の全砲門が咆哮する。
栗田長官にはそれが「大和」の勝利の雄叫びのように思えた。
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