第64話 第七機動群

 第七機動群に配備されていた一六隻の「フレッチャー」級駆逐艦、そのすべてが炎上するかあるいは黒煙を上げて洋上停止していた。

 悪夢のような光景を現出させたのは三〇〇機を超える零戦の緩降下爆撃だった。

 命中率自体はたいしたことはなかった。

 せいぜい一割かどんなに甘く見積もっても二割にはとても届かない。

 急降下爆撃に比べて緩降下爆撃はどうしても精度で劣る。

 しかし、その欠点を日本軍は数で補った。

 「フレッチャー」級一隻につき、二〇機前後の零戦が襲いかかったのだ。


 その零戦が投じた五〇〇ポンドクラスと思しき爆弾は装甲が無きに等しい駆逐艦にとっては剣呑極まりない存在であり、機関部に命中すれば確実に脚を奪われるし、至近弾ですらも時に致命傷となりえた。

 もちろん、米駆逐艦もただやられるばかりではなく対空砲火で三〇機近い零戦を撃墜している。

 それでも物的、人的なキルレシオの差は圧倒的だ。


 一方、三〇機近い敵の新型急降下爆撃機の攻撃にさらされた四隻の「ボルチモア」級重巡はそのいずれもが一〇〇〇ポンドクラスと思われる爆弾を二発乃至三発食らっており、その戦力を大きく低下させていた。

 こちらは精度の高い急降下爆撃であり、しかもそれを本職としている搭乗員が狙いをつけるのだから回避もまた困難だった。


 第七機動群にとってなにより痛かったのは旗艦「ニュージャージー」と二番艦の「アイオワ」が敵の新型雷撃機によって魚雷を食らってしまったことだ。

 二〇機程の雷撃機から襲撃された「ニュージャージー」は三本、十数機に襲われた「アイオワ」は二本を被雷、多量の浸水で両艦ともに出し得る速力は二〇ノットを割り込んでいる。

 つまり、現状第七機動群で万全の状態で戦えるのは三隻の「サウスダコタ」級戦艦と二隻の「ノースカロライナ」級戦艦のみということだ。


 最悪だったのは、米日の水上打撃部隊が接触する直前のタイミングで日本側が航空攻撃を仕掛けてきたことだった。

 このため、頼りとしていた「ボルチモア」級重巡や「フレッチャー」級駆逐艦のうちで使い物になる艦はほとんど無くなってしまった。


 本来、ここまで手ひどくやられてしまったのであれば逃げの一手だ。

 しかし、ここで第七機動群が逃げてしまえば日本の水上打撃部隊は間違いなく友軍機動部隊にその矛先を向ける。

 悪いことに、生き残った「エセックス」級空母はそのすべてが被雷しており、そのことで高速発揮が可能な艦は一隻も無かった。

 空母以外の護衛艦艇もその多くが第二波攻撃の際に多数の零戦から五〇〇ポンドクラスの爆弾を食らっており無傷を保っているものは少ない。


 日本軍は第一波に二〇〇機以上、第二波に至っては四〇〇機以上とこちらの想定を遥かに超える攻撃隊を繰り出して来た。

 中でもひときわ強大な戦力を有していた部隊からの襲撃を受けた第二機動群はそのすべての空母を撃沈されるという大損害を被っている。

 これ以上の空母の喪失は間違いなく戦争を長引かせ、それはつまりは合衆国青年が流す血の量が激増することを意味する。

 厭戦気分が国中にはびこる中、もしここで第五八任務部隊が敗北を喫するようなことがあれば、開戦の時のように日本軍に対する恐怖心が再燃する恐れもある。

 厭戦と恐怖が最悪の相乗効果をもたらせば、あるいは合衆国は戦争そのものを失うかもしれない。


 先の洋上航空戦ですでに一〇隻近い日本の空母を始末しているとはいえ、戦況は米側にとって最悪と言えた。

 第七機動群司令官のリー提督がそのようなことを考えていた時、ふたつの報告がほぼ同時に上がってくる。


 「注水完了しました。傾斜はほぼ解消しましたが、しかし完全な水平の回復に至ったかどうかはまだ確認がとれていません」

 「レーダーが複数の機影を確認、敵の観測機と思われます」


 二隻の手負いの最新鋭戦艦、それに無傷を保つ五隻の新型戦艦。

 それがリー提督に残された最後の手札だ。

 だが、それを十全に活用すればまだ道は切り開けるとその時のリー提督は考えていた。

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