第59話 第五八任務部隊

 マリアナに展開する日本軍の抵抗は思いのほか頑強で、第五八任務部隊の母艦航空隊は手ひどい目に合わされていた。

 第五八任務部隊は八隻の「エセックス」級空母と九隻の「インデペンデンス」級空母から五〇〇機を超える戦爆連合をサイパンとテニアンそれにグアムに差し向けた。

 同地に展開する日本側航空戦力の撃滅を狙ったその攻撃は、しかし零戦をはじめとした陸海軍の戦闘機隊によって大損害を被ることになってしまう。


 迎撃してきた機体の中で最も数が多かったのは日本海軍戦闘機の定番ともいえる零戦だった。

 米母艦航空隊のF6Fヘルキャット戦闘機隊はこれまでマーカス島やあるいはトラック島で散々に打ち破ってきた零戦の出現に、獲物を奪い合うかのように我先にと躍りかかっていった。

 しかし、それら零戦はこれまでにない加速と低伸する大口径機関砲弾をもってF6Fに立ち向かってきた。

 低速旋回格闘性能以外に何の取り柄もないはずの零戦のまさかの逆襲に、F6Fは彼らを振り切るための鉄板ともいえる急降下離脱を図る。

 従来であれば、これであっさりと引き離せるはずだったのが、しかし驚いたことに零戦はしつこく食らいついてくる。

 逆襲に転じて銃弾を浴びせても、しかしこれまでと違ってなかなか火を噴かない。

 零戦が大幅な改良が加えられたニュータイプであるとF6Fの搭乗員らが理解したときには、すでにリカバリー不能なまでに得意の連携を断ち切られていた。


 F6Fを蹴散らした零戦は、番犬を失った羊に襲いかかる餓狼のごとくその両翼からほとばしる大口径機関砲弾でSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機やTBFアベンジャー雷撃機を食いちぎっていく。

 このことで、対地打撃能力を大幅に低下させた米攻撃隊の爆撃は不徹底なものに終わる。


 予想外の大損害に第五八任務部隊を指揮するミッチャー提督はこれ以上の艦上機の損耗を防ぐためにマリアナに対する空襲をいったん打ち切り、第七機動群を指揮するリー提督に夜間艦砲射撃による飛行場破壊を命じる。

 夜間に高速を飛ばした七隻の新型戦艦は三グループに分かれ、それぞれサイパンとテニアン、それにグアムの飛行場に四〇センチ砲弾を叩き込み、同地にあった飛行場の過半を使用不能に陥れた。


 多くの機体を地上撃破された同地の帝国陸海軍航空隊はこれで一挙に弱体化する。

 その後、第五八任務部隊は数にものを言わせてその数が激減した零戦隊を殲滅、同地の航空優勢を確実なものとした。

 その後、第五八任務部隊は失われた機体について後方の護衛空母部隊から補充を受けている。

 しかし、護衛空母は戦闘機と雷撃機しか積んでおらず、急降下爆撃機についてはその補充はなされていない、

 一方、護衛空母はその艦上機の大半を正規空母や軽空母に召し上げられたことから実質的にその戦力を喪失している。


 それと、第五八任務部隊にとって誤算だったのは軽空母「プリンストン」が日本の潜水艦によって撃沈されたことだ。

 開戦以降、その騒々しい機関音とはうらはらに、まったくと言っていいほどに静粛性に配慮された節が見当たらない船体設計によって日本の潜水艦は比較的その探知が容易だった。

 しかし、最近では日本の潜水艦の静粛性、つまりは隠密性が向上したことでその存在を見つけることが極めて困難となっている。

 おそらくはドイツ海軍が日本海軍によけいな入れ知恵をしたのだろう。

 その悪しき伝承の被害者となった「プリンストン」は三本の魚雷を食らって撃沈されてしまった。


 それでも第五艦隊を統べるスプルーアンス提督や第五八任務部隊を指揮するミッチャー提督に悲壮感は無い。

 艦上機の数が減じてなお、第五八任務部隊の航空戦力は日本側のそれを上回っていると考えているからだ。

 第一機動艦隊は単純な空母の数では第五八任務部隊と同等かあるいは少しばかり多いのかもしれない。

 しかし、その中でまともな正規空母と呼べる存在は開戦時から合衆国海軍を悩ませ続けている「翔鶴」と「瑞鶴」を除けば、あとは「大鳳」と呼ばれる艦型不詳の一隻しか存在しない。


 新しく戦力化された空母については不明な部分も多いが、戦艦改造空母についてはそのベースとなったのが「金剛」型だということが分かっている。

 英国からの情報では、「金剛」型戦艦は二一〇メートルをわずかに超える程度であり、そのサイズは合衆国海軍の「レキシントン」や「サラトガ」よりも英国の「イーグル」やフランスの「ベアルン」に近いから運用できる艦上機もそれほど多くはないはずだった。

 また、「雲龍」型と呼ばれる戦時急造型空母もその建造にかかった期間と日本の国力を考えれば、現在英国が完成を急いでいる同じ戦時急造型空母とさほど性能はかわらないかあるいは劣るものだろう。


 いずれにせよ、「エセックス」級空母には遠く及ばない性能なのは間違いない。

 そういった情勢判断のもと、第五八任務部隊は一機艦を堂々と迎え撃つことにする。

 世界中のどこを探してもこれを撃ち破ることの出来る艦隊は存在しないはずだった。



 第五八任務部隊

 第一機動群

 「エセックス」(F6F三六、SB2C三一、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「レキシントン2」(F6F三六、SB2C三二、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「インデペンデンス」(F6F二四、TBF九)

 「ベロー・ウッド」(F6F二四、TBF九)

 重巡二、軽巡二、駆逐艦一四


 第二機動群

 「バンカー・ヒル」(F6F三六、SB2C三一、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「ヨークタウン2」(F6F三六、SB2C三〇、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「カウペンス」(F6F二四、TBF九)

 「モンテレー」(F6F二四、TBF九)

 重巡二、軽巡二、駆逐艦一四


 第三機動群

 「イントレピッド」(F6F三六、SB2C三一、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「ワスプ2」(F6F三六、SB2C三一、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「ラングレー」(F6F二四、TBF九)

 「カボット」(F6F二四、TBF九)

 重巡二、軽巡二、駆逐艦一四


 第四機動群

 「フランクリン」(F6F三六、SB2C三〇、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「ホーネット2」(F6F三六、SB2C三二、TBF二四、夜戦型F6F四)

 「バターン」(F6F二四、TBF九)

 「サン・ジャシント」(F6F二四、TBF九)

 重巡二、軽巡二、駆逐艦一四


 第七機動群

 戦艦「ニュージャージー」「アイオワ」「サウスダコタ」「インディアナ」「アラバマ」「ワシントン」「ノースカロライナ」

 重巡四、駆逐艦一六

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