第57話 新しい力

 トラック島が米機動部隊の空母艦上機による空襲それに水上打撃艦艇の艦砲射撃によって大打撃を被ったのは痛恨の極みだった。

 このことで、帝国海軍はその最前線をトラックからマリアナあるいはパラオにまで下げざるを得なくなった。

 しかし、一方で本土では新しい戦力が次々に誕生していた。


 年が明けてすぐに四隻の「雲龍」型空母が竣工する。

 昭和一六年一二月に生起したマーシャル沖海戦で当時の第一航空艦隊は「赤城」と「加賀」それに「龍驤」の三隻の空母を一挙に喪失した。

 あまりの損害の大きさに恐慌に陥った帝国海軍上層部は大慌てでその損失の穴埋めを図った。


 戦争が始まった以上、必要とされるのは建造期間が短くて済む戦時急造型空母だが、しかしこのプランを持ち合わせていなかった帝国海軍は次善の策として「飛龍」の設計をベースにした四隻の空母の整備を計画する。

 昭和一七年一月に起工されたそれら艦は、最も製造に手間のかかる機関については建造中止となった巡洋艦あるいは「陽炎」型駆逐艦のそれを流用して早期完成を目指した。

 艦数を絞ったこと、それに海上護衛戦が比較的順調に推移したことも奏功し、「雲龍」型空母はそのいずれもが起工から二年で完成した。


 「雲龍」型空母が竣工するのと前後して四隻の「金剛」型戦艦の空母改造も完了している。

 こちらは、建造に際して当時の山本連合艦隊司令長官による鉄砲屋勢力の減殺といういささか不純な動機も含まれていたが、それでも五四機の航空機運用能力は増強著しい米空母に対抗する戦力としては心強いものがあった。


 また、「雲龍」型や「金剛」型にわずかに遅れてマル四計画で建造された新型空母も完成している。

 基準排水量二九三〇〇トン、前後エレベーター間に二〇ミリのDS鋼板と七五ミリのCNC甲板を施した帝国海軍初となる装甲空母で、こちらは「大鳳」と命名され連合艦隊旗艦になることがすでに決まっている。


 これら空母に載せる艦上機も新型機への更新が進んでいる。

 戦闘機はこれまで主力だった零戦二一型から五三型に更新された。

 発動機は二一型の九四〇馬力に対して五三型は一三〇〇馬力を発揮する五〇系統の金星に変更されている。

 栄発動機から大飯食らいの金星に換装したことで航続距離は低下したものの、一方で最高速度と上昇力それに太いトルクによって従来よりも加速性能が一段と向上している。

 防弾装備も米機の水準には及ばないものの、それでも防弾鋼板や防弾ガラスが追加され、搭乗員保護能力は初期型のそれと比べて劇的な進化を果たしていた。

 武装は二〇ミリ機銃については長銃身の二号機銃に換装され、ベルト弾倉の開発成功に伴って一丁あたりの弾数も二〇〇発を数える。

 また、機首に二丁装備されていた七・七ミリ機銃は廃止され、新たに両翼に一三ミリ機銃が追加された。


 急降下爆撃機は九九艦爆から彗星に代わっている。

 彗星は九九艦爆に比べて一〇〇キロ以上優速であり、爆弾搭載能力も二五番一発から五〇番一発へと強化されている。

 また、陸上基地と違って空母の狭い艦内ではその整備能力も限定されてしまうことから、母艦航空隊の彗星の発動機は空冷の金星発動機を採用。

 彗星と零戦が同じ発動機を使用することで整備や補給に少なくないメリットをもたらしている。

 攻撃機は九七艦攻から天山へと代わり、こちらは九一式航空魚雷一本かあるいは八〇番一発と変わらないものの航続距離が大幅に伸び、最高速度も一〇〇キロ近く向上している。


 空母や艦上機の整備と並行して護衛艦艇の強化も図られている。

 開戦してすぐに建造計画がスタートした戦時急造型駆逐艦だが、こちらは雷撃特化型の「夕雲」型を七番艦で、防空型の「秋月」型を六番艦で打ち止めとしたことですでに二〇隻近くが完成していた。

 「松」をネームシップとするそれら戦時急造型駆逐艦は速力こそ二八ノット弱と遅いものの、一方でドイツから導入した最新の聴音機やソナーを備え、主砲も高角砲を採用したことで対空能力については「陽炎」型や「夕雲」型を大きく上回る。


 そして、これら艦艇の慣熟訓練が終わった六月、米軍は一大戦力をもってマリアナに侵攻してきた。

 もちろん、連合艦隊に逃げるという選択肢は無かった。

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