マリアナ沖海戦
第56話 戦力増強
時間は明らかに米国を利する。
それが分かっていながらも、しかし連合艦隊は攻勢をかけることが出来なかった。
空母戦力が決定的に不足していたからだ。
開戦から一月とたたないうちに連合艦隊はマーシャル沖海戦で「赤城」と「加賀」それに「龍驤」を敵の急降下爆撃による攻撃によって沈められた。
さらに、インド洋やソロモンで相次いだ英国や米国との機動部隊同士の戦いで「蒼龍」と「祥鳳」それに「飛龍」といった正規空母や軽空母を立て続けに失ってしまった。
その時点で生き残っている正規空母はわずかに「翔鶴」と「瑞鶴」の二隻のみであり、他にそれなりの戦力を持つものは「隼鷹」と「飛鷹」の二隻だけだった。
しかし、この二隻にしたところで、その搭載機数は常用機ベースで五〇機に満たず、その戦力は米海軍の新型正規空母の半分といったところだろう。
あとはせいぜい三〇機も搭載できれば御の字という小型改造空母だけなのだから、敵の要地に打って出るような積極的な作戦などとりようが無い。
被害が大きかった一方で、しかし米空母と英空母をそれぞれ六隻ずつ撃沈しているから、キルレシオはそれほど悪くはない。
帝国海軍はこれまで米英合わせて空母一二隻に戦艦一五隻を撃沈、さらに多数の巡洋艦や駆逐艦を撃沈破しているのだから、見方によってはこの上ないほどに健闘しているともいえる。
しかし、米国の建艦能力は開戦以降の損失を補って余りあった。
昭和一七年末の段階で新型戦艦を六隻も揃え、年末には「ヨークタウン」級を大きく上回る「エセックス」級一番艦の「エセックス」を竣工させた。
年が明けてからは「インデペンデンス」級軽空母をそれこそ毎月のように完成させている。
一方の帝国海軍のほうは昭和一七年秋に「千歳」と「千代田」が、一八年初頭に「瑞穂」と「日進」が空母への改造を済ませただけで、その四隻を合わせても艦上機の運用能力は一〇〇機をわずかに超える程度であり、とうてい「赤城」や「加賀」それに「蒼龍」や「飛龍」の抜けた穴を埋めるには至らない。
水上打撃戦力も新造された戦艦は「武蔵」を最後に一隻もなく、巡洋艦も「阿賀野」と「能代」それに「大淀」の三隻が竣工したかあるいは完成間近といっただけであり、新たに二隻の四万トン級高速戦艦や多数の巡洋艦を戦列に加えようとしている米国との差は決定的だ。
駆逐艦のほうは水雷戦特化型とも言うべき「夕雲」型駆逐艦を七番艦で打ち止めとし、一方で防空駆逐艦である「秋月」型の建造を加速させようとしたが、それでも需要に対して供給がまったくもって追いつかない。
特に機関製造能力の貧弱さは致命的だ。
このため、「秋月」型もまた六番艦で打ち切り、開戦直後に建造が決まった量産型駆逐艦にその建造リソースを全振りしている。
しかし、それらの数が揃いはじめるのは昭和一八年秋以降だ。
それまでは現有戦力で戦線を維持しなければならなかった。
隔絶する一方の戦力差に帝国海軍は戦線を縮小し反撃密度を上げることでこれに対抗することを決定する。
というか、他に方法は無かった。
北はアッツ島やキスカ島、東はウェーク島から撤退し、思い切ってマーシャルもまた切り捨てる。
南はガダルカナル島のみならずラバウルもまた放棄、トラック島を東と南からの脅威に対する最前線とする。
このことで、トラック島は敵の重爆の行動圏内に入ってしまうから大艦隊を収容出来る泊地としての機能は実質的に失われてしまう。
しかし、すでに米豪遮断が画餅に帰したこと、なにより太平洋艦隊の脅威が大きくなっている現状を鑑みればやむを得ない措置だった。
一方で、帝国海軍は南方資源地帯からインド洋にかけてのラインについては絶対防衛の構えをみせている。
脅威度が増す一方の米潜水艦に対抗すべく海上護衛戦力を増強、ドイツからもたらされた最新の聴音機やソナーを備えた駆逐艦や海防艦、それに駆潜艇を多数投入することで輸送船の安全を図っている。
これらの要因が重なり、昭和一八年は日米ともに戦力の蓄積と再建に勤しんだことで大きな艦隊戦は生起しなかった。
状況が大きく動いたのは昭和一九年二月だった。
再建成った米機動部隊がトラック島を急襲、同地に回復不能ともいえるほどのダメージを与えたのだ。
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