第52話 血みどろの対艦攻撃

 第三艦隊の六隻の空母から第一次攻撃隊として出撃した五四機の零戦は「エンタープライズ」と「レンジャー」それに「ワスプ」から発進した七二機のF4Fワイルドキャット戦闘機の迎撃を受けた。

 戦闘機掃討を任務とする第一次攻撃隊の零戦搭乗員は、自分たちよりも多いF4Fに怯むことなく戦いを挑む。

 母艦から遠く離れた空域での戦闘になることを考慮して、零戦はそのほとんどを航法に不安の無い熟練かあるいは中堅で固めていた。

 一方、友軍艦隊の近くでの戦闘となるF4Fのほうは、逆に航法に不安があったりあるいは実戦経験そのものが少なかったりする搭乗員が多かった。


 そのせいか、明らかに数的優位なはずのF4Fが零戦に押し負けており、零戦を一機撃墜する間にF4Fのほうは二機乃至三機が落とされてしまうような有り様だった。

 その日米の戦闘機同士が血みどろの戦いを繰り広げる中、そこからわずかに外れた空域を第二次攻撃隊が通過していく。

 それを目にした数機のF4Fが友軍艦隊に近づけさせまいと肉薄してくる。

 しかし、これらは数が少ないこともあって第二次攻撃隊に随伴している零戦によってそのことごとくが撃退されてしまった。


 第三艦隊が放った第二次攻撃隊は「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ零戦九機に九九艦爆が一八機、それに九七艦攻が一二機。

 「飛龍」と「隼鷹」からそれぞれ零戦九機と九九艦爆が同じく九機、それに九七艦攻一二機の合わせて一三八機からなる。

 第二次攻撃隊指揮官の村田少佐は戦艦四隻を基幹とする前衛艦隊を迂回したところで三つの輪形陣を視認、同時に目標の指示を出す。


 「『翔鶴』隊左翼、『瑞鶴』隊中央、『飛龍』隊ならびに『隼鷹』隊は右翼の空母群を攻撃せよ」


 村田少佐の命令一下、五四機の九九艦爆と四八機の九七艦攻がそれぞれ指示された目標に向けて散っていく。

 真っ先に攻撃を仕掛けたのは九九艦爆だった。

 一つの空母群に対して一八機の九九艦爆がその輪形陣前方を固める巡洋艦や駆逐艦目掛けて小隊ごとにダイブする。


 米艦から吐き出される対空砲火はこれまでとは比較にならないくらいに激しい。

 狙いもかなり正確で、九九艦爆の至近に高角砲弾炸裂の黒雲がいくつもわき立つ。

 さらに、機関砲弾や機銃弾が九九艦爆に殺到する。

 このため、投弾前に二割近い九九艦爆が致命的打撃を被り、火を噴きあるいは煙を曳いてソロモンの海へと墜ちていく。


 しかし、生き残った九九艦爆は戦友の敵討ちとばかりに二五番を投弾する。

 狙われた巡洋艦や駆逐艦の舷側に次々に水柱が沸き立ち、同時に艦上に爆煙が立ち上る。

 命中率は三割あまりと、開戦の頃を思えばずいぶんと低下してしまっているが、それでも相手に与えたダメージは甚大であり、そのことで輪形陣は完全に崩壊した。


 米艦艇の連携が弱体化した隙を九七艦攻の搭乗員らは見逃さない。

 輪形陣の綻びをついて空母に肉薄する。

 村田少佐も直率する「翔鶴」攻撃隊の半数を率いて左翼に位置する空母の右舷から迫る。

 左舷からも六機の部下が敵空母の下腹を食い破るべく接近を続けているはずだ。

 目標とした空母の艦橋は小ぶりでそこに煙突は無かった。


 「『レンジャー』か!」


 米空母は「エンタープライズ」と「ワスプ」、それに「レンジャー」の三隻があるが、その中でも旧式の「レンジャー」は最も戦術的価値が低い。

 村田少佐は一瞬外れくじを引いたかと思ったが、しかし「レンジャー」もまた立派な正規空母だと思い直し闘志を再燃させる。


 その「レンジャー」から放たれる火弾や火箭は旧式空母とは思えないくらい苛烈だった。

 たちまち部下の一機が火を噴き、さらに投雷直前に別の一機が機関砲弾かあるいは機銃弾をまともに浴びて爆散する。

 四機にまで撃ち減らされた村田隊はそれでも理想の射点で九一式航空魚雷の投下に成功、離脱を図る。


 敵空母の艦首前方をすり抜けようとした時、村田少佐は衝撃を感じるとともにその意識を永久に失う。

 彼の操る九七艦攻に「レンジャー」からの機銃弾が降り注いだのだ。

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