第51話 甲部隊の苦闘
第六一任務部隊の「エンタープライズ」と「レンジャー」、それに「ワスプ」から飛び立った七二機のF4Fワイルドキャット戦闘機と六〇機のSBDドーントレス急降下爆撃機、それに三五機のTBFアベンジャー雷撃機は第三艦隊にとりつくまえに多数の零戦の迎撃を受けた。
この時、第三艦隊のうち甲部隊の「翔鶴」と「瑞鶴」それに「飛龍」には二個中隊、乙部隊の「隼鷹」と「飛鷹」それに「瑞鳳」には一個中隊の、合わせて八一機の零戦が艦隊防空任務にあたっていた。
開戦時とは違い、今では零戦は電探を装備する母艦からの指示で遠めからの迎撃が可能になっている。
一方、米母艦航空隊のほうはこれまでに得た戦訓から編隊集合訓練を重ね、従来は中隊単位か飛行隊単位、良くてもせいぜい母艦単位での進撃しか出来なかったのが、今では複数の空母によるそれを可能としていた。
第三艦隊への接近を阻止すべく八一機の零戦が米攻撃隊の前に立ちはだかる。
それに対し、七二機のF4FがSBDやTBFを守るべく零戦にその機首を向ける。
直掩隊の零戦搭乗員は新編された「龍鳳」か、あるいは錬成中だった「千歳」や「千代田」から一時転属してきた者が多く、その他の搭乗員もそのほとんどが航法に不安のある経験の浅い搭乗員らで占められていた。
逆に単機航法を可能とするベテランや中堅はその多くが第一次あるいは第二次攻撃隊に参加している。
一方、F4Fの側はこちらもまた単機航法に優れたベテランが多く、それゆえに全体の平均練度もまた高かった。
手練れが多く含まれるF4Fだったが、それでも自分たちと同数程度の零戦を拘束することが精いっぱいだった。
F4Fの執拗な妨害をかいくぐり、一〇機の零戦がその阻止線の突破に成功する。
それら零戦はSBDには目もくれず、TBFに肉薄する。
わずか一〇機程度の零戦では一〇〇機近い急降下爆撃機と雷撃機のすべてを撃退することは不可能だ。
だから、零戦の搭乗員らは急降下爆撃機よりも明らかに脅威度の高い雷撃機に的を絞って攻撃した。
五機ずつに分かれた零戦は、それぞれ一〇機のTBFからなる「レンジャー」雷撃隊と「ワスプ」雷撃隊にとりつき、二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を撃ちかけていく。
一方、味方のF4Fの奮戦と「レンジャー」それに「ワスプ」雷撃隊の犠牲のおかげで他の爆撃隊や雷撃隊は一機も欠けることなく第三艦隊甲部隊上空に到達する。
最初に攻撃を仕掛けたのは「エンタープライズ」爆撃隊ならびに索敵爆撃隊だった。
これら二四機のSBDは最も近くに位置した「飛龍」にその矛先を向ける。
次々に急降下してくるSBDに対し、「飛龍」の加来艦長は被弾を避けるべく必死の操艦で回避に努める。
しかし、合衆国海軍で最も技量に優れた「エンタープライズ」隊の、しかも二四機のSBDから投じられた爆弾をすべて回避することなど練達の加来艦長の腕をもってしても不可能だ。
次々に奔騰する水柱に挟まれた「飛龍」、その飛行甲板に今度は爆煙が立て続けにわき立つ。
それが四つ続いた後、「飛龍」は煙を吐きながら大きく速度を落としていた。
同じころ、「翔鶴」は一八機のSBDからなる「レンジャー」隊に狙われていた。
「翔鶴」艦長の有馬大佐もまた懸命の操艦で爆弾を躱していくが全弾回避には至らない。
飛行甲板の前部と中央部、それに後部に一発ずつ被弾してしまう。
そして、「ワスプ」隊からの攻撃を受けた「瑞鶴」もまた被弾、二発の一〇〇〇ポンド爆弾の直撃によって飛行甲板を破壊され、離発艦不能に陥っていた。
そこへ、わずかに遅れて一五機のTBFからなる「エンタープライズ」雷撃隊が低空から迫る。
目ざとい「エンタープライズ」雷撃隊は三隻の空母の中で最もダメージの大きい「飛龍」に目を付ける。
五機と一〇機に分かれた「エンタープライズ」隊のTBFは明らかに動きが衰えた「飛龍」の未来位置目掛けて次々に魚雷を投じていく。
持ち味の脚を奪われた「飛龍」にこれを躱す術は無い。
それでも、乗組員らは諦めることなく両舷に敷き並べられた一二・七センチ高角砲や二五ミリ機銃を振りかざして必死の反撃を試みる。
しかし、撃墜したのは投雷を終えたTBF一機のみだった。
やがて、「飛龍」の左舷に一本、右舷に二本の水柱が立ち上る。
誰の目から見ても「飛龍」が助からないことは明白だった。
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