第50話 フレッチャー提督

 ガダルカナル島に展開する基地航空隊は日本の機動部隊が放った攻撃隊を捌くのに精いっぱいらしい。

 同島の飛行場は完成してからまだ日が浅く、配備されているのも護衛空母「ロングアイランド」が運んだ一九機のF4Fワイルドキャット戦闘機と一二機のSBDドーントレス急降下爆撃機だけだから、それほど大きな働きは期待出来ない。

 おそらくは、基地の防衛だけで手いっぱいだろう。


 また、遠く離れたエスピリットゥサント島の重爆部隊と連携を取ることも現実的ではない。

 海軍と陸軍という違いもあるし、連携攻撃を行うにはエスピリットゥサント島はあまりにも遠すぎる。

 それに、B17がいかに優秀な爆撃照準器を備えていようとも、洋上を高速で動き回る艦艇に命中弾を与えるのは至難だ。

 それと、周辺海域には多数の友軍潜水艦が活動中のはずだが、しかし洋上航空戦を前に敵空母を撃破するといったことを期待するのはあまりにも虫が良すぎる考えだろう。


 そうであるならば、計算出来る戦力は自分たち第六一任務部隊を置いてほかにない。

 意外に効果をあげていない第三艦隊包囲網にも、だがしかし第六一任務部隊を指揮するフレッチャー提督は落胆していない。

 複数のカタリナ飛行艇やB17が日本の艦隊の所在を掴んだだけではなく、そのおおまかな戦力構成まで知らせてくれたのだ。

 同艦隊は前後二群に分かれ、ともに三隻の空母を中心に十数隻の護衛が付き従っているという。

 鈍足の飛行艇や門外漢の陸軍機がここまで調べあげてくれたのであれば、殊勲甲の働きと言って差し支えない。


 「ただちに攻撃隊を出せ。目標は前方の空母群だ。後方の空母群は後回しでいい」


 第三艦隊には「隼鷹」ならびに「飛鷹」という商船改造空母が含まれていることをフレッチャー提督は聞き及んでいる。

 常識的に考えて、防御力の貧弱な商船改造空母を前面に押し出すようなバカな真似をする海軍は無いはずだ。

 ならば、前方の空母群は正規空母部隊、後方の空母群は改造空母部隊で間違いないだろう。

 そして、搭載機数が多い正規空母部隊のほうが脅威度の点において明らかに上だ。

 そうであるならば、先に戦力の大きな正規空母部隊を潰しておくことこそがセオリーだ。

 そして、それがかなえば防御が弱くて攻撃力が低い改造空母の撃破は容易だ。


 フレッチャー提督の命令一下、第一六任務群の「エンタープライズ」からF4FとSBDがそれぞれ二四機、それにTBFアベンジャー雷撃機が一五機。

 第一八任務群の「レンジャー」と第一九任務群の「ワスプ」からそれぞれF4F二四機にSBD一八機、それにTBF一〇機の合わせて一六七機が機首を北に向けて飛び立っていく。


 参謀の中には「レンジャー」と「ワスプ」に前方の空母群を、「エンタープライズ」に後方の空母群を叩かせてはどうかと進言してきた者もいたが、しかしフレッチャー提督はそれを却下した。

 第六一任務部隊は制空権獲得ならびに母艦の保全を優先したために戦闘機の比率が異様に高く、対艦攻撃能力を持ったSBDとTBFは三空母合わせても一〇〇機に満たない。

 そのような寡少な戦力で六隻もの空母を同時撃破することは極めて困難だ。

 日本艦隊の上空を守る零戦は極めて剣呑な相手だし、日本の空母の艦長はそのいずれもが操艦に長けた手練れ揃いだ。

 認めたくはないが日本の艦隊は強い。

 そのような相手に中途半端な攻撃を仕掛けても戦果もまた同様に中途半端なものになってしまうことは目に見えている。


 攻撃隊のすべてが発進、つまりは飛行甲板や格納庫にガソリンや爆弾を満載した機体がいなくなったことで旗艦「エンタープライズ」にほっとしたような空気が流れる。

 いくらダメージコントロールに優れた米空母といえども、攻撃隊発進直前に爆弾の一発でももらおうものならば致命傷になりかねない。

 だが、そのやわらいだ空気もさほど長くは続かなかった。

 レーダーオペレーターの怒声のような報告が上がってくる。


 「レーダーに反応。おそらくは単機。こちらに向かってきます!」

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