第44話 追撃部隊

 東洋艦隊追撃のために第三艦隊から抽出された戦力は甲部隊から第七戦隊の「熊野」と「鈴谷」それに「最上」と「三隈」の四隻の重巡。

 これに第一六駆逐隊の「雪風」と「初風」それに「天津風」と「時津風」の四隻の「陽炎」型駆逐艦が付き従う。

 一方、乙部隊のほうは第一〇戦隊の軽巡「長良」と第四駆逐隊の「萩風」と「舞風」それに「嵐」と「野分」が先頭に立ち、その後方を戦艦「大和」、殿に第八戦隊の重巡「利根」と「筑摩」が続く。

 「翔鶴」と「瑞鶴」それに「隼鷹」と「瑞鳳」の四隻の空母は第一七駆逐隊と第一〇駆逐隊がそれぞれ護衛にあたりつつ水上打撃部隊の後方を追求する。

 甲部隊の指揮は第七戦隊司令官の栗田中将が、乙部隊のほうは第八戦隊司令官の阿部少将がこれを執り、全体指揮のほうは栗田中将がこれを担う。


 一方、彼らが目標とする東洋艦隊のほうは一〇ノットという低速で西方へ避退中だった。

 戦前には空母三隻に戦艦二隻、それに巡洋艦が二隻に駆逐艦が一二隻あったが、今では空母と戦艦、それに巡洋艦がそれぞれ二隻に駆逐艦が九隻にまで減っている。

 魚雷を三本被雷し、航行不能に陥った「フューリアス」ならびに被弾した駆逐艦のうちで速度が上がらないものについては撃沈処分したのだろう。

 戦闘海域における制空権は昨日の洋上航空戦に勝利した第三艦隊が完全に掌握していたが、しかし司令長官の小沢中将は第三次攻撃隊を出さなかった。

 勝ったとはいえ艦上機隊は少なくない未帰還機を出し、さらに修理を要する被弾損傷機が多数にのぼったからだ。


 甲部隊ならびに乙部隊から抽出された水上打撃部隊が東洋艦隊に追いついた頃にはすでに夜が明けていた。

 自分たちを追撃する刺客の姿を認めた東洋艦隊はここで戦力を二分する。

 いまだ無傷を保つ戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」、それに同じく無傷の三隻の駆逐艦が日本の水上打撃部隊に対して阻止線を形成すべく艦隊から分離する。

 それ以外の艦は可能な限り速度を上げて西方への避退を継続する。


 「甲部隊は避退する東洋艦隊の追撃を続行する。乙部隊は敵戦艦を撃滅せよ」


 栗田司令官の命令に、甲部隊のそれぞれ四隻の重巡と駆逐艦は増速し、乙部隊の「利根」と「筑摩」それに「大和」と「長良」ならびに四隻の駆逐艦は英戦艦部隊に対して同航戦を挑む。


 「目標、『大和』敵戦艦一番艦、『利根』ならびに『筑摩』二番艦。

 『長良』と第四駆逐隊は敵駆逐艦を牽制、『大和』ならびに八戦隊に近づけさせるな」


 東洋艦隊本隊を追撃する甲部隊を見送った阿部司令官は並び順のままに目標を割り振る。

 接触機の艦種識別によって敵戦艦の正体は分かっている。

 先を行く戦艦は前部に四連装砲塔と連装砲塔がそれぞれ一基、さらに後部に四連装砲塔を備えていることから「キングジョージV」級戦艦。

 後続する戦艦は前部に二基と後部に一基の連装砲塔があるから、こちらは「レパルス」級巡洋戦艦と思われる。

 事前情報通りであるなら、敵一番艦は「プリンス・オブ・ウェールズ」、そして二番艦は「レパルス」で間違いのないところだろう。


 そして、「大和」には浮沈艦の異名を持つ新型の「プリンス・オブ・ウェールズ」の相手をさせ、「利根」と「筑摩」は戦力の劣る旧式の「レパルス」を目標とさせる。

 しかし、二隻がかりとはいえそれでも重巡が巡洋戦艦と砲撃戦を行うのは少々荷が重い。

 攻撃力にせよ防御力にせよ、重巡と巡洋戦艦ではあまりにもその差が隔絶している。

 ただ、阿部司令官としては二隻の英戦艦が「大和」に攻撃を集中するだろうという読みがあった。

 「大和」の脅威を無視して「利根」や「筑摩」を先に攻撃してくるような指揮官が存在するとはとても思えない。

 一方、軽快艦艇のほうは心配は無かった。

 英側が駆逐艦が三隻であるのに対してこちらは軽巡一隻に駆逐艦が四隻だからその戦力差は二倍近い。


 (「大和」が敵戦艦の撃滅にもたつくようであれば、おいしいところはすべて水雷屋にもっていかれてしまうかもしれんな)


 そんな思いを胸中に抱きつつ、阿部司令官は砲撃の時を待つ。

 自身が命令した砲戦距離に到達するまで、あとわずかだった。

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