第41話 戦闘機掃討

 (第一次攻撃隊を戦闘機で固めたのは正解だったな。艦爆や艦攻を守りながらの戦いを強いられていれば苦戦は必至だった)


 眼前には予想外に多い敵戦闘機。

 これから一瞬の油断あるいはちょっとしたミスが命取りとなる苛烈な空中戦が始まる。

 それなのにもかかわらず、第一次攻撃隊指揮官の新郷大尉はなんとも言えない安堵感のようなものを抱いていた。


 第一次攻撃隊は甲部隊の「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ一二機、乙部隊の「隼鷹」から三機に「瑞鳳」から九機の合わせて三六機の零戦と、さらにそれらを誘導する二機の一三試艦爆からなる。

 第一次攻撃隊を戦闘機で固めたのは、これまでの戦いで得た手痛い戦訓から導き出されたものだ。

 日米で二度目となる機動部隊同士が激突した珊瑚海海戦において、護衛の零戦はF4Fの攻撃から九九艦爆を完全には守り切ることが出来ず被撃墜機を出してしまった。

 また、日英の機動部隊が干戈を交えた四月のインド洋海戦では想定を超える数のシーハリケーンによって、同じく護衛の零戦の防衛網が破綻する一歩手前まで追いつめられてしまった。

 そういった苦い経験から、第三艦隊は艦爆や艦攻抜きで第一撃をかけることにしたのだ。

 そして、それは正しい判断だったようだ。

 この時、東洋艦隊は三隻の空母に合わせて六〇機のマートレットを直掩として残しており、これらは九九艦爆や九七艦攻を撃破すべく手ぐすね引いて待ち構えていたのだ。


 「全機突撃せよ! 我々の目標は敵戦闘機の掃討だ。

 敵機を撃墜出来そうであれば、多少の深追いはこれを許可する」


 新郷大尉の命令一下、三六機の零戦が自分たちより七割近くも優勢なマートレットの群れに殴り込みをかける。

 艦爆や艦攻といった守るべきものが無いことで、戦いにおける零戦の自由度は高い。

 任務の自由度が高いことで搭乗員たちのモチベーションもまた同様に高い。

 戦意旺盛な搭乗員が駆る零戦が遮二無二突っ込んでいったことで、あっという間に日英の戦闘機が絡み合う。


 機先を制したのは零戦隊だった。

 皮肉にもそれを助けたのはマートレット搭乗員の意識だった。

 日本の機動部隊はこれまで第一波は急降下爆撃機、第二波は雷撃機中心の二段攻撃の戦術を用いている。

 急降下爆撃機が護衛艦艇を撃破し、雷撃機が空母や戦艦といった大物を仕留めるという役割分担だ。

 それは、マレー沖海戦やマーシャル沖海戦、それに珊瑚海海戦やインド洋海戦においても同様で、これまでのところ一切の例外は無かった。

 だから、マートレットの搭乗員は第一波はこれまで通り戦闘機と急降下爆撃機による戦爆連合だとばかり思い込んでいた。

 実際、先々月のインド洋での英日機動部隊の激突では、日本側は多数の零戦と九九艦爆を第一波として送り込み、少なくない英駆逐艦を撃破している。


 当然と言うべきか、すべての機体を零戦で固めているとは夢にも思っていないマートレット搭乗員は相手の数が自分たちよりも少なかったことで完全に油断していた。

 欧州の戦場でドイツ戦闘機を相手に勝利を重ねてきた彼らの自信と実績が慢心を、さらに増長を加速させる。

 自分たちより数の少ない獲物を我先にと奪い合うかのようにしてマートレットは無造作に第一次攻撃隊に肉薄した。


 そして、そのわずかな油断を、小さな綻びを百戦錬磨の零戦搭乗員たちは見逃さない。

 零戦はマートレットの突っ込みをいなしつつ急旋回、たちまちその後方に回り込む。

 そして、一気に肉薄し、ここぞとばかりに二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を惜しみなく浴びせかける。

 一方のマートレットは零戦からの射弾を回避すべく急旋回やあるいは急降下に移行する。

 急降下を選択した者はそのほとんどが助かった。

 しかし、一方で急旋回で難を逃れようとした者はその多くが零戦を振り切れずに盛大に被弾してしまう。

 そのことで、マートレットは一〇機近くを撃墜されてしまう。

 それでもなおマートレットは零戦より四割あまり数的優位を維持していたが、しかし散り散りになってしまってはその数の有利を発揮できない。

 マートレットが組織的戦闘力を一気に低下させたことで主導権は完全に零戦側がこれを掌握する。


 混乱するマートレットを乱戦に持ち込み、零戦は得意の旋回格闘性能を駆使して彼らの連携を断ち切り翻弄する。

 戦闘序盤に受けたダメージがあまりにも大きすぎてマートレットはうまく態勢を立て直すことが出来ない。


 そこから少し離れた空間を戦爆雷連合の第二次攻撃隊が東洋艦隊の姿を求めて西へと進撃してく。

 マートレットにそれらを阻止する余裕は無かった。

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