第40話 第三艦隊司令長官

 第三艦隊が想定戦闘海域に入ると同時に小沢長官は索敵機の発進を命じた。

 「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ九七艦攻が三機、さらに六隻の重巡からそれぞれ一機の零式水偵が北西から南西に向けて飛び立ち一二本の索敵線を形成する。

 さらに、一時間後に同じ数の機体を索敵第二陣として投入する。

 合わせて二四機の大盤振る舞いだ。


 「さて、東洋艦隊はこちらの思惑通りに迎撃に現れますかな」


 山田参謀長のわざとらしいつぶやきに、旗艦「翔鶴」の艦橋で指揮を執る小沢長官がこちらも少しばかり演技かかった声でそれに応じる。


 「東洋艦隊が戦闘を避ければ、インド洋の制海権は日本側がこれを握ることになる。経済の少なくない部分をインドに依存している彼らに逃げるという選択肢は無い。なにより政治生命の崖っぷちに立たされているチャーチルがそれを許さないだろう。

 それに、連中の懐事情もある。こちらは、間もなく『飛龍』の修理ならびに『飛鷹』の訓練が完了する。さらに、近日中に『龍鳳』が竣工するが、英側のほうはしばらくの間は艦隊随伴型空母の増勢が無い。

 英側としてはこちらの戦力が充実しないうちに『翔鶴』と『瑞鶴』だけでも叩いておきたいはずだ。今の我々は英側から見れば、ある意味において戦力を二分した機動部隊に映っていることだろう。

 我の全力で敵の分力を討つのは兵法の基本だ。機を見るに敏な彼らは決してこのチャンスを見逃さない」


 小沢長官の言葉は、第三艦隊司令部幕僚らの共通認識でもある。

 ドイツを経由してもたらされた情報によれば、英海軍は間もなく「キングジョージV」級の四番艦と五番艦が竣工する一方で、「イラストリアス」級の五番艦と六番艦の完成はまだずいぶんと先になるとのことだ。

 また、これもドイツからの情報だが、どうやら英海軍は戦時急造型空母の建造を計画しているという。

 しかし、それらの実戦投入が可能になるまでには、半年や一年そこらでは到底不可能なのは考えるまでもない。

 英海軍は今後、戦艦戦力はそれなりに充実する一方で、艦隊型空母のほうはスカスカの状態が続くのだ。

 戦艦の建造を「武蔵」で打ち止めとし、逆に「飛鷹」や「龍鳳」以外にも「千歳」と「千代田」が今秋、「瑞穂」と「日進」が年末乃至来年初めに完成する予定の帝国海軍とは対照的ともいえる艦艇拡充だ。


 「英海軍は完全にその建艦方針を見誤った。戦備もまた、大艦巨砲から航空主兵への転換が我々のそれより半年は遅れている。我々はそこを突く」


 帝国海軍の数ある将星の中でいち早く航空機の持つ力に着目し、そして航空艦隊の創設に尽力した小沢長官は同時に航空艦隊の通信網の整備や索敵法の研究もまた怠りない。

 マレー沖海戦ではこれまで積み重ねてきた研鑽を十全に発揮、当時の第七艦隊司令長官として「翔鶴」と「瑞鶴」を指揮した彼はそこで「ネルソン」と「ロドネー」の二隻の四〇センチ砲搭載戦艦を撃沈する戦果を挙げた。

 小沢長官にとって「翔鶴」と「瑞鶴」は自身に初勝利をもたらしてくれた縁起の良い幸運艦でもある。

 その「翔鶴」と「瑞鶴」は珊瑚海海戦で受けた損傷を修理する傍ら、応急指揮装置と対空機銃の増備を行い、「翔鶴」のほうは他の空母に先駆けて新たに電探を装備している。


 (いつでもかかって来い、東洋艦隊!)


 小沢長官は胸中でその闘志を高める。

 それが頂点に達した時、索敵に出した「瑞鶴」二号機より三隻の空母を基幹とする敵機動部隊発見の報が入ってきた。


 「こちらが予想した通りの戦力ですな。三隻の空母は『インドミタブル』と『ビクトリアス』、それに『フューリアス』とみて間違いないでしょう」


 山田参謀長の言葉に小さくうなずきつつ、小沢長官はただちに第一次攻撃隊の発進を命じる。


 「翔鶴」それに「瑞鶴」が加速、その艦首を風上に向ける。

 発艦に必要な合成風力を得ると同時に零戦が滑走を開始、飛行甲板を蹴って大空高く舞い上がっていく。

 死角に入ってその姿は見えないが、乙部隊の「隼鷹」や「瑞鳳」も今ごろは艦上機の発艦を開始しているはずだ。


 (「蒼龍」それに「祥鳳」を沈めたこと、それに「飛龍」に深手を負わせてくれた借りは今こそ返させてもらうぞ)


 小沢長官は東洋艦隊がいるであろう西の海を、西の空をにらみつける。

 後に第二次インド洋海戦と呼ばれる戦いの火蓋が今、切って落とされた。

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