第39話 迎撃態勢

 「イラストリアス」ならびに「フォーミダブル」という、英海軍にとって貴重極まりない二隻の装甲空母を失ってなお自身がその責任を問われなかったのは、同じ数の日本の空母を撃沈したこと。

 そして、なによりもインド洋を第一航空艦隊の侵攻から守り抜いたことが評価されたからだろう。

 東洋艦隊司令長官のソマーヴィル提督はそう考えている。


 四月初旬に生起したインド洋海戦において、三隻の装甲空母を主力とする東洋艦隊と四隻の空母を基幹とする第一航空艦隊が激突した。

 東洋艦隊は先述の「イラストリアス」と「フォーミダブル」を撃沈されたものの、一方で「蒼龍」と「祥鳳」を撃沈、さらに「飛龍」に魚雷を食らわせこちらにも相当な深手を負わせた。


 このことで、日本海軍が今すぐに使える空母は「翔鶴」と「瑞鶴」、それに小型の「瑞鳳」の三隻しかない。

 情報部ではこれらのほかに「隼鷹」という空母の存在をキャッチしていたが、しかしこちらは就役してから日が浅く、そのうえベースが戦艦や巡洋艦、あるいは特務艦といった軍艦ではなく商船のそれなので、参陣する可能性は低いと判断していた。

 正規空母や戦艦改造空母でさえもがあっさりと沈められる苛烈な洋上航空戦に、防御力が貧弱でおまけに鈍足な商船改造空母を戦列に加えるなど常識では考えられない。

 それと、情報部は日本海軍が第一航空艦隊を解隊し、その代わりに第三艦隊を空母部隊として新たに編組したこともすでに掴んでいる。


 「敵の空母が四隻から三隻に減ったとはいえ、しかし肝心の艦上機の数はほとんど変わらないということか」


 旗艦「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦橋でソマーヴィル提督は航空参謀から提示された敵戦力の見積もりに渋面をつくる。

 ソマーヴィル提督は前回の戦いでは旗艦を「インドミタブル」にしていた。

 しかし、同じ装甲空母の「イラストリアス」と「フォーミダブル」があっさりと沈められてしまったことを重く見たチャーチル首相の厳命で、乗艦を「プリンス・オブ・ウェールズ」にされてしまったのだ。

 確かに装甲空母は防御に優れた艦なのは間違いないが、しかしそれは空母レベルでの話だ。

 いくら飛行甲板に装甲を張り巡らせようとも不沈艦と呼ばれる「プリンス・オブ・ウェールズ」の防御力には到底及ばない。


 「その通りです。『翔鶴』と『瑞鶴』は前に戦った『飛龍』や『蒼龍』に比べて艦型が大きく、その搭載機数は多ければ七〇機を超えているかもしれません。

 これに三〇機程度の『瑞鳳』が加われば、艦上機の数については前回と同等かあるいはそれ以上となります」


 航空参謀の情報通りであれば第三艦隊は一七〇機程度を運用しているものと考えられる。

 こちらのほうは前回と同じ一五〇機だから、わずかではあるがそれでも劣勢なのは間違いない。

 一方、艦上機のほうはこちらは前回の戦いでは戦闘機と雷撃機がそれぞれ七五機だったものを、今回は戦闘機を二一機増やし、同じ数の雷撃機を減らしている。

 戦闘機重視としたのは何においてもまずは制空権の獲得を第一としたからだ。

 そのためならば、少しばかり対艦打撃能力が減ったとしても十分許容出来た。


 もちろん、ソマーヴィル提督にとって艦上機の劣勢は由々しき問題だが、それでも彼はまだ余裕を持っていられた。

 ソマーヴィル提督は絶対的な勝利まで要求されていないからだ。

 要はインド洋の制海権を失わずに済めばいいのであって、そのためなら艦隊の損害はいくら出しても構わない。

 つまりは、相打ちか差し違えで十分ということだ。


 (艦隊の保全を命令されるよりはよっぽどやり易いとはいえ、さてどうしたものか)


 日本の艦隊で前回と大きく入れ代わっているのは空母だが、ソマーヴィル提督はもう一つ気がかりなものがあった。

 戦艦だ。

 前回の戦いでは日本側は二隻の「長門」型戦艦を投入してきたのだが、今回は彼女らの姿は無い。

 情報部の調べによれば、どうやら二隻の「長門」型戦艦は脚が遅く、そのことで艦隊運用に少なからず悪影響があったことが原因らしい。

 しかし今回、日本海軍はその「長門」型戦艦が抜けた穴を埋めるために「大和」と呼ばれる新型戦艦を第三艦隊の一艦としてインド洋に投入するつもりらしい。

 すべてが謎のベールに包まれた「大和」はその排水量や速力、それに砲口径や門数など肝心な情報は何一つ分かっていない。


 「まあ、実際に対峙してみれば分かるはずだ。こちらには世界最強の浮沈艦『プリンス・オブ・ウェールズ』があるし、そのうえ『レパルス』もついている。

 『大和』がどれほどの戦力を持っているかは分からんが、それでも二対一であれば決して後れを取ることはあるまい」


 そう考え、ソマーヴィル提督は日本艦隊の来寇を待つ。

 戦力は十分とは言えないが、それでも指揮官の能力次第で勝利をつかみ取ることは十分に可能だと彼は考えていた。



 東洋艦隊

 「インドミタブル」(マートレット三六、アルバコア一八)

 「ビクトリアス」(マートレット三六、アルバコア一八)

 「フューリアス」(マートレット二四、アルバコア一八)

 戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」

 巡洋戦艦「レパルス」

 重巡「コーンウォール」「ドーセットシャー」

 駆逐艦一二

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