第38話 第三艦隊

 第二次インド洋作戦の時期が五月下旬から六月初旬に設定されたのは二月の珊瑚海海戦で撃破された「翔鶴」と「瑞鶴」の修理が完了するのを待っていたからだ。

 龍の姉妹をもってしても打ち破ることが出来なかった英機動部隊、その強敵に立ち向かえる戦力は今の連合艦隊には鶴の姉妹をおいて他に無い。


 「作戦に投入出来る空母は『翔鶴』と『瑞鶴』を除けばあとは『隼鷹』と『瑞鳳』の二隻だけか」


 新編された第三艦隊の編成表をみやりつつ、新しく同艦隊の司令長官に就任した小沢中将は「少ないな」と小さくつぶやく。



 第三艦隊

 甲部隊

 「翔鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一八、一三試艦爆一)

 「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一八、一三試艦爆一)

 重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「谷風」「浜風」


 乙部隊

 「隼鷹」(零戦二七、九九艦爆九、九七艦攻一二)

 「瑞鳳」(零戦二七)

 戦艦「大和」

 重巡「利根」「筑摩」

 軽巡「長良」

 駆逐艦「萩風」「舞風」「嵐」「野分」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」



 空母について、帝国海軍はマーシャル沖海戦で「赤城」と「加賀」それに「龍驤」を、さらにインド洋海戦で「蒼龍」と「祥鳳」を失っている。

 一方で米国と英国の空母を合わせて七隻撃沈しているからキルレシオに関して言えば少なくとも負けてはいない。

 空母以外の戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦もまた多数を撃沈破しているから、それらも含めれば圧勝と言っても過言ではなかった。


 しかし、補充あるいは回復力のほうは米側が断然圧倒している。

 米国は戦前からすでに一二隻もの空母を発注しており、そのうちの一一隻は完全な新型だ。

 「ヨークタウン」級を大きく上回る新型空母の搭載機数は九〇乃至一〇〇機程度と見込まれているから帝国海軍にとってはなによりの脅威だ。

 そして、これら新型空母の一番艦は早ければ年末か遅くとも年明けには完成し、来年からは間違いなく竣工ラッシュが始まる。

 さらに悪いことに、米海軍は新型巡洋艦をベースにこれを空母に改造した高速空母もまた多数建造中とのことだ。

 それらもまた来年の初めには一番艦が完成するというからやっかいなことこの上ない。


 一方、日本側の補充については間もなく「飛鷹」が完成し、さらに潜水母艦改造の「龍鳳」もそれに続く。

 今秋には「千歳」と「千代田」の改造工事が終わり、年末か年明けには「瑞穂」と「日進」の工事もまた完了する見込みだ。

 しかし、それら空母はいずれも戦力が小さい商船かあるいは特務艦を改造したものばかりで、最も有力な「飛鷹」でさえその搭載機数は常用機ベースで五〇機に満たない。

 残る五隻に至っては三〇機搭載できれば御の字という体たらくだ。


 (せめて「飛龍」か「飛鷹」のどちらかが間に合っていれば、ずいぶんと航空機の運用も楽になるのだがな)


 小沢長官はそうぼやきつつも、それがかなわない願望であることは他の誰よりも分かっていた。


 「飛龍」はインド洋海戦でどてっ腹に魚雷を食らい現在はその修理中だ。

 もちろん、帝国海軍は「飛龍」の修理を最優先指定してこれを進めているが、その完了までにはあと一月程度はかかる見込みだった。

 「飛鷹」のほうもまたその建造について人材や資材の手配を優遇されていたこともあり六月中には完成する見込みだが、それでも第二次インド洋作戦には間に合わない。


 (まあ、台所が苦しいのは英海軍も同じだ。戦力不足を嘆いていても何も始まらん)


 気を取り直し、小沢長官は東洋艦隊との戦いに思いをはせる。

 四月に生起したインド洋海戦で当時の第一航空艦隊の「飛龍」と「蒼龍」それに「瑞鳳」と「祥鳳」は三隻の装甲空母と対峙した。

 英空母の搭載機数の少なさから、日本側有利とみられたその戦いは、だがしかし英空母の艦上機が想定以上に多かったこと、それに英搭乗員の技量がこちらの想像以上に優秀だったことから敵攻撃隊の猛攻を凌ぎきれず、「蒼龍」と「祥鳳」を失う結果となってしまった。


 (戦闘機の搭乗員は互角、雷撃機の搭乗員は向こうのほうが優秀だという前提でことにあたらねば南雲さんの二の舞を演じかねんな)


 とかく、日本人は日本人搭乗員の技量が英米のそれに対して優れていると考えがちだが実際は違う。

 ごく一部のトップ連中については日本の搭乗員も米英のそれに比べてさほど遜色はないが、しかし平均練度の部隊同士の比較であれば残念ながらその優秀性については米英に軍配が上がる。

 また、夜間雷撃あるいは夜間離発艦が出来るトップエリートも、日本の艦攻搭乗員よりも英国の雷撃機の搭乗員のほうが実力も実績も明らかに上だ。

 世界一と自認する日本の母艦搭乗員の技量も、米英に比べれば特に優秀というレベルではないのだ。

 インド洋海戦ではその傾向がもろに表出してしまった。


 (だが、今では根拠も無く米英の搭乗員を見下す粗忽者も少なくなった。敵の技量はこちらよりも上。それを前提として戦いに臨めば、自らの傲慢によって足元をすくわれることもあるまい)


 そう考えている小沢長官に油断は無い。

 日英機動部隊同士の第二ラウンドはもう間近に迫っていた。

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