第37話 「大和」編入
開戦から四カ月と経たないうちに五隻もの空母を失うという予想外の展開。
このことで、帝国海軍上層部は焦慮の色を深めていた。
大量喪失した空母戦力の穴を埋めるべく、昨年のうちに戦時急造型空母の建造にも着手している。
また、水上機母艦「千歳」と「千代田」それに「瑞穂」と「日進」については空母にするための改造工事がすでに始まっており、「千歳」と「千代田」は今秋、「瑞穂」と「日進」は年末から年明けに完了する予定だ。
さらに、「金剛」型戦艦もまた早い段階で空母改造が決定されており、こちらは昭和一八年秋までの完成を目指して工事が急ピッチで進められている。
そして、その工事はもはや戦艦に戻すことが不可能なまでに進捗した。
「鉄砲屋ども、それに艦政本部の造艦屋どもめ、ざまあみろだ」
連合艦隊司令長官の山本大将が小さくつぶやく。
英米との戦争がすでに始まっているのにもかかわらず、無知蒙昧な鉄砲屋や造船官らの反対で、「金剛」型戦艦の空母改造工事の着手はかなりの程度遅れてしまった。
鉄砲屋が反対したのは「金剛」型戦艦が無くなることで海軍内における自分たちの権勢が明らかに低下することに危機感を覚えてのものだ。
どこのセクションの官僚も、自分たちの影響力が小さくなることをことのほか嫌うが、帝国海軍における鉄砲屋もまたその例外ではなかった。
一方、造船官らが「金剛」型戦艦の空母改造に反対した主な理由は「飛龍」をベースにした戦時急造型空母と手間がさほど変わらないということだった。
しかし、エンジンの製造こそが造艦のボトルネックとなっている帝国海軍において、すでに機関や船体が完成されている「金剛」型戦艦のアドバンテージは大きい。
実際、戦時急造型空母の機関は一部の艦を除き「陽炎」型駆逐艦のものを流用して辻褄を合わせなければならない有り様なのだ。
そもそもとして、造船官の言うことを真に受ける兵科将校など数えるほどしかいない。
昭和に入り、荒天で転覆する水雷艇や大波で艦首がもげる駆逐艦、強度不足で砲塔が旋回しない巡洋艦など連中の造る艦はロクなものが無い。
造船官ご自慢の最新鋭空母はちょっとした波浪で盛大に動揺して離着艦が著しく困難になるという意味不明の仕様だ。
そんな造船官たちの造った艦で無駄に命を落とした将兵も少なくない。
友鶴転覆事件や第四艦隊事件が有名だが、他にも設計に起因する艦のトラブルとそれにまつわる将兵の犠牲はいくらでもある。
なんにせよ、いくら理論を振りかざそうとも強度計算ひとつ満足に出来ない算数レベルの造船官の言うことなど聞くだけ無駄というものだ。
しかし、そんな考えを山本長官はすぐに意識の隅に追いやり、連合艦隊司令長官の本分としての務めに精励する。
かねてより関係者から求められていた第一航空艦隊の建制化を実施、第三艦隊として新たなる連合艦隊の最強部隊として編組するのだ。
さらにこの機会を利用し、司令長官を交代させる。
いささか不本意ではあるが、その首を南雲中将から小沢中将にすげかえるのだ。
この件に関しては、人事を司る嶋田海軍大臣も同意している。
確かに南雲中将はマーシャル沖海戦で大型正規空母「レキシントン」ならびに「サラトガ」を沈め、そのうえ七隻もの米戦艦を屠った。
そのことで、国民の間ではマレー沖海戦で殊勲を挙げた小沢中将とともにその名声が轟いている。
だが、その後のMO作戦やインド洋作戦においてはそれなりに戦果こそ挙げたものの、一方でなにより肝心な戦略目標を達成することが出来なかった。
もちろん、山本長官としても寡少な戦力で作戦遂行を強いられた南雲中将には同情しているし、その彼に十分な戦力を用意してやることが出来なかった自身の責任もまた自覚している。
だから、山本長官は一貫して南雲中将を擁護する立場を取っていた。
しかし、一方で南雲中将は自らの指揮においてすでに五隻もの空母を失っているから、これを理由に左遷かあるいは予備役入りの人事が発令されてもおかしくはないことも事実だった。
連合艦隊司令部の参謀連中は戦略目標の未達成以外にこの空母の喪失もまた重視しており、これを根拠として頑なに南雲中将の罷免を訴えている。
結局、山本長官としては南雲中将が国民に絶大な人気を誇ることを理由に、露骨な懲罰人事を避けたうえで彼を軍事参議官にすることで決着を図る以外に他に方法が無かった。
人事だけでなく艦艇についてもまた、山本長官は苦労することになった。
第三艦隊に「大和」を編入することについて、鉄砲屋から反対の声が上がったのだ。
山本長官としては、本来であれば空母の護衛には水雷戦隊さえあれば十分だとして、戦艦のほうはさほど必要だとは考えていなかった。
しかし、数が危険なまでに減少した空母を守るために、護衛の戦力を充実させる必要があった。
機動部隊に随伴出来る「金剛」型戦艦を空母に改造する以上、残る戦艦で脚が速いものは「大和」を置いてほかにない。
「大和」も決して脚は速くはないのだが、それでも「長門」型以前の戦艦に比べればマシだ。
そして、山本長官は「大和」を第一艦隊から第三艦隊に引き抜くことに成功する。
これまでの戦い、あるいは戦果を見れば飛行機屋の意向を鉄砲屋は突き返すあるいは無視することは出来ない。
米英の空母や戦艦の撃沈はそのすべてが飛行機によるもので、戦艦が砲撃で沈めたものは一隻もないのだ。
残酷なまでの戦果の格差とこれまでの貢献度を飛行機屋に突きつけられては鉄砲屋には返す言葉が無い。
かくして「大和」は第三艦隊に編入される。
六月に予定されている第二次インド洋作戦が実質的な初陣になるはずだった。
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