第二次インド洋海戦
第36話 ドイツとイタリアの思惑
第一航空艦隊が東洋艦隊の撃滅それにインド洋の制海権の奪取に失敗したという報告はすぐにドイツのヒトラー総統の元にも届けられた。
インド洋で日英の機動部隊が激突した戦いは、双方ともに二隻の空母を失い痛み分けに終わったという。
日本海軍の失態に、しかしヒトラー総統はそれほど失望の念を覚えることは無かった。
一航艦はこれまでドイツ海軍やイタリア海軍、それにドイツ航空艦隊が総力を挙げてなお撃沈することが出来なかった「イラストリアス」と「フォーミダブル」の二隻の装甲空母をあっさりと葬ってくれたからだ。
これ以外にもUボートの天敵である英駆逐艦を一度にまとめて一〇隻も撃破している。
それもまた、ヒトラー総統の心象を良くしていた。
そのヒトラー総統と同様にインド洋の戦いの顛末を聞いたイタリアのムッソリーニ統領もまた、タラント空襲やマタパン岬沖海戦でイタリア海軍を散々に痛めつけてくれた、いくら憎んでも余りある二隻の装甲空母撃沈の報に狂喜乱舞したという。
欧州最強の王立海軍と差し違えた、つまりは日本の海軍が意外に使える組織であることを確認したヒトラー総統は、ムッソリーニ統領とともに帝国海軍に対して再度インド洋に進攻するよう要請する。
それと、ヒトラー総統とムッソリーニ統領はともに英海軍がマレー沖海戦それにインド洋海戦における大損害によって決定的に弱体化している隙を突かない手は無いと判断していた。
このことで、ヒトラー総統はソ連に対する夏季攻勢計画を一時棚上げし、さらに陸軍や空軍に命じて地中海ならびにエジプト方面に投入する戦力を捻出させている。
また、イタリアもこの機を利用して地中海の東半分の制海権を完全掌握すべく、同国海軍戦力の全力投入によるマルタ島攻略作戦の立案とその準備を進めていた。
一方、帝国海軍を再度動かす餌として、ドイツとイタリアはこれまでの工業製品の提供や技術援助に加え、イタリアで客船から空母へと改装中の「アキラ」の供与を持ちかけている。
この措置については、英空母撃沈で絶賛ご機嫌中のムッソリーニ統領も快諾していた。
もちろん、これらは南方から産出される天然資源とのバーター取引となるが、空母不足に悩む日本からすれば極めて魅力的な提案に映るはずだった。
他方、優れた諜報能力でドイツとイタリアの意図をいち早く知った英国のチャーチル首相もまた動き出す。
先の戦いで東洋艦隊は「イラストリアス」と「フォーミダブル」を沈められたものの、しかし一方で「蒼龍」と「祥鳳」を撃沈し「飛龍」に深手を負わせた。
空母に限っての損害を勘案すれば、ぎりぎり判定勝ちと言っていいだろう。
しかし、なにより重要なのはインド洋に侵攻してきた日本の艦隊を撃退し、同地を守り切った事実だ。
もし、東洋艦隊が一航艦に敗れ、インド洋の制海権を失っていればその時点でチャーチル首相の政治生命は九割がた潰えていたことだろう。
だが、それでもまだチャーチル首相は安心するわけにはいかなかった。
いまだに自身は首の皮一枚でつながっている状況だということを彼は理解していたからだ。
だから、チャーチル首相はインド洋の守りを万全とすべく、東洋艦隊の再建と増強を図る。
失われた「イラストリアス」と「フォーミダブル」の二隻の装甲空母の穴を埋めるべく、同じく装甲空母の「ビクトリアス」と改造空母ながら三〇ノット近い高速を発揮できる「フューリアス」の二隻を東洋艦隊に編入した。
このことで本国艦隊や地中海艦隊は一時的とはいえ脚の速い正規空母が一隻も無い状態になってしまうが、背に腹は代えられない。
また、撃破された一〇隻の駆逐艦のうちで修理が長引く六隻の駆逐艦に代えてこちらもまた同じ数の駆逐艦を本国艦隊などから引き抜いて東洋艦隊に回している。
艦上機も実質迎撃にしか使えないシーハリケーンはすべて降ろし、戦闘機はすべて米国から供与を受けているF4Fワイルドキャット、英海軍で言うところのマートレットに統一した。
それと、各空母ともに飛行甲板露天繋止を積極的に活用することでそれぞれ搭載機数を増やしている。
ただし、戦艦だけは新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」の二隻のみで増強はかなわなかった。
最近では最新鋭戦艦「デューク・オブ・ヨーク」が完熟訓練を終えて戦列に加わったが、それでもやはりマレー沖海戦における六隻の戦艦の一挙喪失の穴を埋めるにはとうてい及ばなかったのだ。
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