第35話 アルバコア猛攻
三隻の英空母が放った攻撃隊が第一航空艦隊の前に姿を現したとき、上空には「飛龍」と「蒼龍」、それに「瑞鳳」と「祥鳳」の四隻の空母から発進した四個中隊、合わせて三六機の零戦があった。
珊瑚海海戦のときと比べて直掩機の数は半減しているが、しかし米空母と違って搭載機数の少ない英空母であればこれで十分だと考えられていた。
一方、「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「イラストリアス」から出撃した攻撃隊のほうはアルバコアが五四機に護衛のマートレットが三六機の合わせて九〇機で、この数は一航艦の当初予想を遥かに上回る規模だった。
そして、その見込み違いは一航艦に最悪の災厄をもたらす。
戦艦でさえも容易に葬ることが出来る剣呑な魚雷を抱えたアルバコアを狙う零戦に対して、マートレットがそれを阻むべく長距離から牽制の一二・七ミリ弾を撃ちかける。
低伸するうえに破壊力の大きなブローニング機銃の性能を知る零戦はとっさに射弾を回避するが、しかしそれはアルバコアへの攻撃を一時断念することと同じだ。
自身が成すべきことを心得ているマートレットの搭乗員は零戦を深追いすることはせず、アルバコアの護衛に徹する。
そのことで、マートレットはほとんど零戦を撃墜出来ていないが、しかしこのやり方こそがこの戦場における最適解だった。
ここらあたりは護衛任務をすぐに放り投げて敵戦闘機との空中戦に夢中になる、どこかの国の戦闘機乗りとは大きく違っている。
マートレットが零戦を牽制している間にアルバコアは空母へと迫る。
母艦の危機に意を決した零戦の何機かはマートレットに側背をさらすことを承知のうえでアルバコアに銃撃をかける。
米機に比べて防弾が貧弱なアルバコアは二〇ミリ弾によって機体に大穴を穿たれるが、攻撃した側の零戦もまたマートレットによる報復の一二・七ミリ弾をしたたかに浴びる。
零戦の捨て身の攻撃で「イラストリアス」隊は一八機あったはずのアルバコアをその半数にまで撃ち減らされるが、他方「インドミタブル」隊と「フォーミダブル」隊は無傷のまま二隻の空母にとりつくことが出来た。
狙われたのは一航艦の左側に布陣していた「蒼龍」とその後方を追求する「祥鳳」だった。
「インドミタブル」隊は九機ずつに分かれ「蒼龍」の両舷から包み込むようにして同艦に肉薄する。
狙われた「蒼龍」は三四ノットを超えるその俊足を生かしつつ必死の回避を図る。
その間も「蒼龍」の両舷に装備された一二・七センチ高角砲や二五ミリ機銃からはアルバコアを近寄らせまいと火弾や火箭が撃ちかけられる。
しかし、射撃照準装置の性能が低劣なうえに艦が回頭していては正確な照準はおぼつかない。
アルバコアはただの一機も損なわれることなく一八本の魚雷を「蒼龍」の未来位置に向けて投じた。
一方の「蒼龍」の柳本艦長は必死の操艦でこれらを躱そうとするが、夜間雷撃も可能な手練れたちが投じた魚雷をすべて回避することなどとうてい不可能だった。
艦首波を盛大に上げながら驀進する「蒼龍」の舷側に次々に水柱が立ち上っていく。
まず、左舷の艦首よりと中央にそれぞれ一本、やや遅れて右舷の中央と艦尾よりにそれぞれ一本。
一度に四本もの魚雷を食らっては、基準排水量が一五九〇〇トンにしか過ぎない「蒼龍」に助かる術は無い。
相次ぐ被雷によって猛煙を噴き上げ、一気に速力を衰えさせた「蒼龍」は短時間のうちに洋上の松明と化した。
一方、「フォーミダブル」隊に狙われた「祥鳳」の末路はさらに悲惨だった。
「蒼龍」ほどには脚が速くなく、そのうえ一二・七センチ連装高角砲と二五ミリ三連装機銃がそれぞれ四基と対空兵装が貧弱な「祥鳳」はアルバコアに容易に内懐に飛び込まれ、散々に魚雷を叩き込まれる。
「蒼龍」の二倍近い七本の魚雷を食らった「祥鳳」はそれこそあっという間に波間に没した。
同じ頃、「飛龍」もまた九機に減った「イラストリアス」隊の攻撃にさらされていた。
挟撃を受けた「蒼龍」や「祥鳳」と違い、片舷からの攻撃だったこと、さらに加来艦長の巧みな操艦もあって向かってくる魚雷をことごとく回避していく。
しかし、熟練揃いの英搭乗員が放った魚雷をすべて躱しきることはかなわず、最後の一本を横腹に突き込まれてしまう。
アルバコアの攻撃が終わった後で無傷を保っているのは「瑞鳳」ただ一隻となった。
だが、もし仮に一航艦が電探を備えて遠くからの迎撃を可能としていれば、反復攻撃の機会を数多く得ることが出来たであろう零戦によって多数のアルバコアが撃破され、ここまでの被害は出なかったはずだ。
電探を持たず、航空管制を実施出来ないでいる機動部隊の弱みがモロに出た戦いだった。
いずれにせよ、一航艦はその戦力を失ったも同然だった。
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