第34話 英空母撃沈

 第二次攻撃隊指揮官兼「飛龍」飛行隊長の楠美少佐は眼下の英機動部隊の陣形がすでに崩壊していることを認めていた。

 輪形陣を形成していたはずの駆逐艦はそのほとんどが低速で這うように進むかあるいは洋上停止している。

 第一次攻撃隊の「飛龍」ならびに「蒼龍」艦爆隊は完璧な仕事を成し遂げてくれた。

 装甲が皆無に等しい駆逐艦であれば、九九艦爆が投じる二五番を一発でも食らえばそれこそたまったものではないだろう。

 まさに好機、楠美少佐は即座に攻撃命令を発する。


 「『蒼龍』隊は左、『飛龍』隊は右の空母を狙え。中央の空母は今は無視しろ。まずは確実に二隻の空母を仕留める」


 左側の空母を攻撃する「蒼龍」隊の指揮は阿部大尉に委ね、楠美少佐は一七機の部下を率いて右に展開する空母に狙いを定める。

 低空に舞い降りながら、「飛龍」隊は第一中隊と第二中隊に分かれ、楠美少佐が直率する第一中隊は左舷から、松村大尉の第二中隊は右舷から空母を挟み込むようにして接近を図る。


 第二次攻撃隊の護衛として「飛龍」と「蒼龍」、それに「瑞鳳」と「祥鳳」から発進したそれぞれ一個小隊、合わせて一二機の零戦のほうは第一次攻撃隊が撃ち漏らしたと思われる一〇機ほどの敵戦闘機と戦っているはずだが、しかしその姿は楠美少佐からは確認出来ない。


 「数が同じかあるいは優位であれば、熟練が駆る零戦が後れをとることは万に一つもあり得ないだろう」


 そう考え、楠美少佐は零戦と英戦闘機の戦いについてはこれを思考の片隅に追いやる。

 空母に接近するにつれ、その輪郭から目標とした艦が「イラストリアス」級であることが分かった。

 パッと見たところ、全長は楠美少佐の母艦である「飛龍」とさほど変わらないようだが、煙突と一体化した艦橋が大きい分だけボリュームがあるように感じられた。


 その眼前の「イラストリアス」級空母から火弾や火箭が噴き伸びてくる。

 しかし、楠美少佐もその部下たちもひるんだ様子を微塵も見せることなく接近を続ける。

 その「イラストリアス」級空母が舳先をこちらに向けてきた。

 「飛龍」第二中隊よりも自分たち第一中隊への対応を優先させたのだ。

 敵の動きに合わせ、楠美少佐は機首をわずかに右に振り、すぐに直進に戻す。

 歴戦の部下たちも楠美少佐機の機動に遅れずについてきている。


 あと少しで射点に到達しようかというまさにその瞬間、敵の火箭をまともに浴びた部下の機体が爆散する。

 回頭中の艦から放たれる対空砲火などめったに当たるものではないのだが、しかしそれでも当たるときには当たってしまうのだろう。


 数瞬後、射点に到達した楠美少佐と七機に減った部下たちの九七艦攻は戦友の敵討ちとばかりに魚雷を投下する。

 九七艦攻が魚雷を投下してなお、英空母は追撃の火箭を楠美少佐らに投げかけてくる。

 さらに一機が火箭を振り切れずに被弾、そのままインド洋の海に叩きつけられる。


 (肉薄雷撃を行う機体にしては、九七艦攻はあまりにも脆弱過ぎる)


 二割を超える味方の被害に楠美少佐が苦い思いを抱いた時、後席の部下から歓喜交じりの報告がなされる。


 「敵空母の左舷に水柱! 右舷にも一本、二本、三本、四本」


 敵の空母は第一中隊への対応を優先したために自分たちの魚雷はそのことごとくを回避され、命中したのは一本だけだった。

 しかし、一方で第二中隊に対してはその横腹をさらすことになり、松村大尉らはその機を逃さず理想の射点での投雷を成功させたのだろう。

 いかな装甲空母といえども短時間に五本もの魚雷を食らえばさすがに致命傷のはずだ。

 実際、目標とした空母は脚を止め、右舷を下にして急速に傾きはじめている。

 飛行甲板に施した装甲とその重量、つまりはトップヘビーがあだとなっているのだろう。


 「あれだけ傾斜が大きくなっては、まず復元は不可能だ」


 そう楠美少佐がつぶやいた時、阿部大尉からも戦果報告が上げられてくる。


 「『蒼龍』隊攻撃終了。『イラストリアス』級空母に魚雷五本命中、撃沈確実」


 第二次攻撃隊は大きな損害を被ったものの、一方で二隻の空母を撃沈するという目標を達成した。

 少しばかり肩の荷を降ろした楠美少佐だったが、しかし彼は部下に対して周辺警戒を厳にせよと注意喚起する。

 零戦との戦いで敵戦闘機はその戦力を失ったはずだが、それでも一機か二機は生き残っていて、こちらを狙っているかもしれない。

 戦果を挙げて一安心の心持ちでいる今この瞬間こそが最も危険な時だった。

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