第31話 世界一の機動部隊

 開戦劈頭のマレー沖海戦で一度に六隻もの戦艦を失った東洋艦隊だが、しかし英首相チャーチルの肝入りで早くも再建されていた。

 東洋艦隊の敗北とシンガポール失陥の汚名返上を図らなければならないチャーチル首相だが、もしここで東洋艦隊が二度目の敗北とインド洋失陥のダブルエラーを犯そうものなら、それこそ彼の政治生命は決定的な危機にさらされる。

 チャーチル首相としても、それだけは是が非でも避けなければならない。

 だから、彼は何においてもまずは東洋艦隊に戦力を優先配備するよう海軍上層部にきつく申し渡していた。

 そのことで本国艦隊や地中海艦隊が弱体化するが、そこは仕方がないことだとチャーチル首相は割り切っていた。


 新編された東洋艦隊の陣容は従来の戦艦主体の水上打撃部隊ではなく、新時代に合わせた空母を中心とした機動部隊へと変貌を遂げていた。

 指揮官はマレー沖海戦で戦死したフィリップス提督に代わり歴戦のソマーヴィル提督が就任している。



 東洋艦隊

 「インドミタブル」(シーハリケーン一三、マートレット一二、アルバコア二五)

 「フォーミダブル」(シーハリケーン一三、マートレット一二、アルバコア二五)

 「イラストリアス」(シーハリケーン一三、マートレット一二、アルバコア二五)

 戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」

 巡洋戦艦「レパルス」

 重巡「コーンウォール」「ドーセットシャー」

 駆逐艦一二



 「インドミタブル」と「フォーミダブル」の二隻の装甲空母は東洋艦隊に配備された当初はそれぞれ戦闘機が一三機しか搭載されていなかった。

 だが、このような有り様ではとてもではないが日本の機動部隊とは戦えない。

 そう訴えるソマーヴィル提督に対し、しかし英海軍上層部は冷淡だった。

 増強される護衛空母にも戦闘機は必要だし、そもそもとして海軍に割り当てられる戦闘機の数が少なすぎるのもその原因のひとつだ。


 一方、海軍上層部に窮状を訴えても埒が明かないと悟ったソマーヴィル提督はこのことをチャーチル首相に直訴する。

 東洋艦隊とソマーヴィル提督が置かれた状況を理解したチャーチル首相は艦上戦闘機を東洋艦隊に優先配備するよう海軍上層部に厳命する。

 このことで、東洋艦隊の空母戦闘機隊は当初の二倍近い戦力を持つに至った。

 増強された機体はそのいずれもがマートレットで、本家アメリカで言うところのF4Fワイルドキャット戦闘機だ。

 配備が始まったばかりの最新型は翼を大きく折り畳めるようになっているので、英空母の幅の狭いエレベーターでも十分に運用が可能だった。


 さらに、チャーチル首相は万全を期すべく装甲空母「イラストリアス」の東洋艦隊への配備もまた命令、同地を絶対に防衛するという執念を見せている。

 戦闘機と空母の増勢を得たソマーヴィル提督は心気充実、「インドミタブル」にその将旗を掲げ第一航空艦隊を待ち受けていた。


 「『翔鶴』と『瑞鶴』が日本本土にあることは間違いないのか」


 通算何度目となるか分からないソマーヴィル提督の問いかけに、しかし航空参謀は嫌な顔一つせず代わり映えしない最新情報を申し述べる。


 「『翔鶴』と『瑞鶴』の二隻については三日前の時点で日本本土にあることが分かっています。両艦がいくら俊足であったとしても、此度の戦いに参陣することは不可能でしょう。また、『鳳翔』は同じく日本本土に、『春日丸』は太平洋側で行動中ですから、こちらに向かってくるのは最大でも『蒼龍』と『飛龍』、あとは『瑞鳳』と艦型不詳の『祥鳳』の四隻のみです。

 『祥鳳』につきましては戦争が始まってから完成したために情報が少なく、おそらくは『瑞鳳』と同様に特務艦を空母に改造したものだとみられていますが詳細はつかめておりません。同艦については慣熟訓練が終わったかどうか、あるいは実戦投入が可能な状態なのかどうかについても今のところ不明です。

 それと、日本海軍がインド洋に投入可能な航空機の数ですが、その搭載機数は『蒼龍』と『飛龍』が五〇乃至六〇機、『瑞鳳』が三〇機程度と見込まれています。

 ですので、「祥鳳」が無ければ一三〇機から一五〇機、逆に有る場合ですと一六〇機から一八〇機程度となります」


 航空参謀が話した内容をソマーヴィル提督は脳内で吟味する。

 艦上機の数について、昨年末に竣工したとされる「祥鳳」が参加しないのであれば互角かわずかにこちらが有利、逆に「祥鳳」が存在すれば互角かやや不利といったところか。

 数のほうは大きな問題は無さそうだ。

 そうなれば、機体性能と搭乗員の技量、それに指揮官の能力が勝敗を決めるだろう。


 日本の空母が運用する機体についてはソマーヴィル提督も事前にレクを受けている。

 日本海軍は生意気にも東洋艦隊が保有していない急降下爆撃機を持っている。

 九九艦爆という名のそれは、爆弾搭載量こそたいしたことはないものの、一方で安定した機体とそれを操る搭乗員の技量の高さも相まって驚異的な命中精度を誇っているという。

 一方、九七艦攻はこちらの主戦力であるアルバコアとは違い、低翼単葉の洗練された機体で、「ネルソン」と「ロドネー」はこの九七艦攻にやられたとソマーヴィル提督は聞き及んでいる。


 そして制空権獲得の肝となる戦闘機だが、日本海軍が運用する零戦という機体はいかなる連合国戦闘機とも互角以上に渡り合え、搭乗員の技量もドイツと同等かそれ以上だという。

 ソマーヴィル提督は日本人搭乗員の技量がドイツのそれよりも上というのはさすがに信じていないが、それでも零戦が警戒を要する難敵だということは各種リポートから読み取っている。


 「遺憾ながら、艦上機の性能に関しては日本側にアドバンテージがあるようだ。だが、それは決定的と言えるほどの差でも無いだろう。

 そうなれば、ものをいうのは搭乗員の技量だ。こちらの戦闘機乗りはドイツ戦闘機との生存競争に勝ち残ってきた猛者ばかりだ。

 雷撃機の搭乗員は夜間雷撃もこなせる熟練ばかりで、その平均技量は日本はもとよりアメリカでさえも大きく凌駕しているはずだ。

 彼らであれば、多少のテクノロジーの差などその卓越したテクニックで十分に補ってくれる」


 ソマーヴィル提督はそう考え、そして確信する。

 現時点で世界最強の機動部隊は東洋艦隊なのだと。

 そのことを、彼は日本の機動部隊を血祭りにあげることによって証明するつもりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る