第30話 不運の将
ドイツからの要請とそれに帝国陸軍からの度重なる催促。
さらには身内である海軍省や軍令部の檄に急き立てられるようにして第一航空艦隊は慌ただしく戦備を整えて抜錨、南方資源地帯を抜けてインド洋に進入した。
第一航空艦隊
「飛龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)
「蒼龍」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻一八)
「瑞鳳」(零戦二一、九七艦攻六)
「祥鳳」(零戦二一、九七艦攻六)
戦艦「長門」「陸奥」
重巡「利根」「筑摩」
軽巡「阿武隈」
駆逐艦「谷風」「浦風」「浜風」「磯風」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「秋雲」「夕雲」
帝国海軍最高戦力の呼び声も高かった大型空母の「赤城」と「加賀」を昨年のうちに失い、さらに珊瑚海海戦で被弾した高速空母の「翔鶴」と「瑞鶴」はいまだ修理が終わっていない。
そういった事情もあり、現在の一航艦は危険なまでにその艦上機の数を低下させていた。
一方で、搭乗員のほうは「翔鶴」や「瑞鶴」、それに「赤城」や「加賀」の生き残りを搔き集めたことで熟練で固めることがかなっている。
しかし、それでも数を揃えてこその航空威力だから、やはり戦力不足は否めなかった。
ただ、それを嘆いていても始まらない。
戦力過少を少しでも補うべく、重巡「利根」と「筑摩」は旧式の九五式水偵を降ろし、すべて新型の零式水偵に更新して偵察能力を向上させている。
それと、敵の水上打撃艦艇との不意遭遇戦に備えて四一センチ砲搭載戦艦の「長門」と「陸奥」を臨時編入しているが、しかし両艦ともに劣速なためにこの措置に対する一航艦司令部の評判は決して芳しいものではない。
その一航艦の指揮は従来通り南雲中将がこれを執るが、しかしこの人事については前回と同様、連合艦隊司令部内でひと悶着あった。
開戦劈頭のマーシャル沖海戦で南雲長官率いる一航艦は「レキシントン」と「サラトガ」の二隻の大型空母と、さらに四〇センチ砲を搭載する「ウエストバージニア」や「メリーランド」を含む七隻の戦艦を撃沈するという殊勲を挙げた。
しかし、その戦いで「赤城」と「加賀」、それに「龍驤」といった帝国海軍の虎の子とも言うべき存在を沈められてしまうという失態も演じている。
さらに、MO作戦においては「ヨークタウン」と「ホーネット」を撃沈、「エンタープライズ」を撃破したものの、一方でこちらも「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「蒼龍」を傷つけられてしまった。
このことでポートモレスビー攻略を成し遂げることはかなわず、豪州を戦争から脱落させる絶好の機会を逸してしまうことになった。
戦果が大きい一方で被害もまた大きく、そのうえMO作戦では戦略的敗北を喫している。
さらに、そのいずれの戦いにおいても南雲長官の指揮には積極性が見られず、そのことに業を煮やした連合艦隊司令部の参謀たちから一航艦司令部員らの更迭論が再び持ち上がっていた。
しかし、この件については山本連合艦隊司令長官の一存で前回と同様に沙汰止みとなっている。
マーシャル沖海戦で七隻もの米戦艦を沈めた南雲長官の名声は、マレー沖海戦で六隻の英戦艦撃沈に貢献した小沢長官とともに国民の間に広く知れ渡っていたからだ。
国民の間で英雄あるいは軍神と持ち上げられている、つまりは帝国海軍のイメージアップに多大なる貢献をしている南雲長官を更迭して悪者扱いすることは、組織を束ねる立場の山本長官としても可能な限り避けたかった。
そもそもとして、一航艦がマーシャル沖海戦と珊瑚海海戦で大きな損害を被ったのはひとえに戦力不足によるものだ。
戦艦を、それも一度に六隻もアジアに派遣するという英海軍の思いがけない方針が、回り回って一航艦から五航戦を召し上げることになり、さらにそのことが遠因となって一航艦に災厄をもたらしたのだとも言える。
戦争が始まって以降、一度たりとてフル編成で戦に臨むことが出来ない南雲長官は、ある意味において究極の被害者だと言ってもいい。
そして、その頂点あるいはどん底を極めたのが今回の戦いだ。
主力となる空母は中型と小型のものがそれぞれ二隻だけで、その艦上機は補用機を含めても二〇〇機に遠く及ばない。
この程度の戦力で確実にその姿を現すであろう東洋艦隊を撃破しつつ、そのうえコロンボやトリンコマリーといったインド洋における英軍の要衝を叩けというのだから無茶もいいところだ。
そして、それは山本長官だけでなく一部の粗忽者を除く帝国海軍将兵らの共通認識でもあった。
その一航艦は、南雲長官は帝国海軍の期待と同情を一身に背負って新編された東洋艦隊との戦いに臨もうとしていた。
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