第32話 索敵考
「開戦以来、索敵機は最低でも二〇機程度は出すことがお約束のようになってしまったな」
索敵第二陣の発進が完了したとの吉岡航空乙参謀の報告に、「飛龍」艦橋で第一航空艦隊を指揮する南雲長官が苦笑を漏らす。
「戦争が始まるまではこのようなことになるとは正直言って想像すらもしていなかった。しかし、機動部隊同士の戦いを経験した今では、何よりも敵の早期発見こそが重要であることがそれこそ身に染みて理解出来るようになった」
一航艦は夜明け前に索敵第一陣として「瑞鳳」と「祥鳳」からそれぞれ九七艦攻三機とそれに「利根」と「筑摩」からそれぞれ二機の零式水偵を、さらに同じ数の機体を索敵第二陣として北西から南西に向けて送り出した。
「マレー沖海戦でも、またマーシャル沖海戦や珊瑚海海戦でも我が方は常に相手を先に見つけるかあるいは同時に発見することで少なくとも先手を取られるようなことはありませんでした。
空母同士の戦いにおいて我は敵を見ず、敵は我を知るという状況はまさに悪夢と言っていいでしょう。多数の索敵機を放つのはそれを避けるための必要経費です」
草鹿参謀長の言葉に、南雲長官も同感だとばかりに首肯する。
今や、索敵は帝国海軍の中で最もホットなテーマであり、目端の利く士官はその効率的なやり方について、先を競うかのようにして研究に励んでいる。
近い将来、と言っても一年か二年後のことになるが、どうやら帝国海軍上層部は単発の艦上機に搭載することが出来る機載電探なるものの配備を目論んでいるらしい。
そして、早期にそれを実用化するためにはドイツからの技術提供が絶必と判断しているようだった。
一航艦がヒトラー総統からの要請を受け入れるかのようにしてインド洋に出張ってきた理由のひとつがどうやらそのことに関係しているらしいと南雲長官は人づてに聞き及んでいる。
一三試艦爆のような脚の速い機体に人間の眼よりも遥かに優秀な電探を積んで偵察が出来るようになれば、その効果は絶大だろう。
まあ、今の技術でそこまでの小型化が可能なのかどうかは南雲長官も分からないのだが。
その後もひとしきり「飛龍」艦橋内では索敵の話題が続き、そのネタが尽きたころに中央やや南寄りの索敵線を受け持っていた「瑞鳳」三号機から敵艦隊発見の報が入ってくる。
「空母三隻に戦艦が二隻、それに十数隻の巡洋艦と駆逐艦か」
予想以上に戦力が充実している東洋艦隊に、南雲長官が思案顔になる。
現在の一航艦でそれなりにまとまった対艦打撃能力を持つ攻撃隊を出せるのは「飛龍」と「蒼龍」の二隻しかない。
その二隻に搭載された三六機の艦爆と三六機の艦攻が一航艦が保有する対艦打撃戦力のほとんどを占める。
一航艦が正規空母六隻態勢だった頃は九九艦爆が一三五機に九七艦攻が一四四機もあったから、それから比べればずいぶんと慎ましくなったものだ。
「予定通り、まずは二隻の空母に狙いを絞ってそこに戦力を集中しましょう。
第一次攻撃隊の艦爆で敵の護衛艦艇を潰し、第二次攻撃隊の艦攻で二隻の空母を仕留める。
いずれにせよ、三隻同時撃破を狙って戦力を分散するのは下策です。第二次攻撃で手が回らない一隻は、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の帰還機で再編成した第三次攻撃隊で仕留めればいい」
航空甲参謀の源田中佐が勢い込んで進言する。
その言葉を反芻しつつ、南雲長官は脳内でそろばんを弾く。
(第一次攻撃隊が補助艦艇を叩くことに変更は無い。戦艦であれ装甲空母であれ二五番では威力不足だからな。
問題は第二次攻撃隊のほうだ。三隻の空母には『蒼龍』隊と『飛龍』第一中隊をあて、『飛龍』第二中隊は二隻ある戦艦のうちの一隻を狙わせる。熟練で固めた艦攻隊であれば、一個中隊あたり最低でも一本は命中させることが出来るだろう。そして、ひとたび敵の脚を奪ってしまえば、あとの始末は『長門』と『陸奥』がつけてくれる)
そう考えた南雲長官だったが、しかしすぐに思い直す。
(わずか三六機の九七艦攻で三隻の空母と一隻の戦艦に突っかかれば、一機あたりに指向される対空火器の数はかなりのものになるだろう。そうなれば、二隻の空母を狙うよりも艦攻隊の被害は格段にひどいものになる)
やはり、今の一航艦の戦力では三隻の空母を同時撃破することは荷が重すぎる。
そう判断した南雲長官は源田中佐に向き直る。
「遺憾ながら航空甲参謀の現状認識は正しいようだ。いいだろう、源田君の意見を採用しよう。第一次攻撃隊はただちに発進、敵機動部隊の護衛艦艇を叩け。第二次攻撃隊は母艦単位で敵空母二隻を攻撃するものとする」
南雲長官の命令一下、四隻の空母が風上に艦首を向ける。
同時に古めかしい複葉機が一航艦上空にその姿を現した。
東洋艦隊もまた、わずかに遅れて一航艦の存在を探知したのだ。
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