第25話 一八〇度方針転換

 「第一次索敵隊に続き、第二次索敵隊も発進を完了しました」


 航空参謀の吉岡少佐の報告にうなずきつつ、旗艦「翔鶴」の艦橋で第一航空艦隊の指揮を執る南雲長官は、開戦からわずかな期間の間に索敵に対する考え方もずいぶんと変わったものだと感慨にふける。

 一航艦は一航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに二航戦の「蒼龍」と「飛龍」にそれぞれ一八機の九七艦攻を搭載しているが、そのうちの実に三分の一にあたる二四機を索敵に投入したのだ。

 各空母ともに索敵第一段に三機、第二段にも同じく三機を発進させている。

 他に一航艦には重巡「利根」と「筑摩」がそれぞれ二機の零式水偵と三機の九五式水偵を搭載しているが、このうち零式水偵は接触維持、九五式水偵のほうは対潜哨戒に使うことになっているので今回の索敵には参加していない。


 これまで軽視していたと言ってもいい索敵をここまで重視するようになったのは、マレー沖海戦ならびにマーシャル沖海戦で得た戦訓によるところが大きい。

 両海戦において当時の第七艦隊や一航艦は、そのいずれにも索敵戦で先手を取るかあるいは同時発見としたことで東洋艦隊や太平洋艦隊といった強敵を相手に勝利をつかみ取ることが出来た。

 洋上航空戦力が貧弱だった東洋艦隊はまだしも、複数の空母を擁する太平洋艦隊を発見出来ないで、しかも先手を打たれていたらあるいはマーシャル沖海戦の結果は日米で逆転していたかもしれない。

 多数の友軍艦艇が米艦上機の猛攻にさらされ、空母も「赤城」や「加賀」それに「龍驤」の喪失だけにとどまらず、「蒼龍」や「飛龍」まで失われていた可能性も否定できないのだ。


 そのようなこともあり、索敵の重要性は帝国海軍将兵であれば今や誰もが知悉するところとなり、より確実あるいは効率的な索敵法の研究も進められている。

 その中には電探を搭載した機体を用意し、人間の目よりもはるかに優れた電波の目で敵を発見しようというアイデアもあり、実際にその開発も急ピッチで進行中だ。

 かつては攻撃力が減るのを嫌い、索敵機をケチる傾向が強かった帝国海軍の習性を考えれば一八〇度転換もいいところだった。


 いずれにせよ、十分な索敵機を投入したことの成果はすぐに現れた。

 輪形陣を形成する空母群を、それをしかも三つも発見したのだ。

 それぞれ中央に一隻の空母が位置し、その周囲を一〇隻前後の巡洋艦や駆逐艦が取り囲む米軍お得意の輪形陣だった。


 「三隻も出張ってきたのか。『レキシントン』と『サラトガ』はすでに撃沈している。それに、『エンタープライズ』は修理中で使えないはずだ。

 そうなると、米軍は『ヨークタウン』と『ホーネット』以外に『レンジャー』かあるいは『ワスプ』を投入してきたということか」


 予想外だとばかりに、南雲長官が驚愕の声を上げる。


 「『レンジャー』それに『ワスプ』のほうは通信傍受等によって大西洋にあるものだと判断されていましたが、しかしその情報が誤っていたかあるいは秘密裏に英空母の増援を得ていたのかもしれません。

 いずれにせよ、マーシャル沖海戦の敗北からまだ二カ月しか経っていないのにもかかわらず、機動部隊のほうは早くも立て直し、三隻の空母でもってこちらに挑んできた。敵を褒めるつもりはありませんが、それにしてもたいした回復力です」


 吉岡参謀の言に南雲長官もまた同意する。

 ほんの二カ月前にあれだけの大敗北を喫しながら、もう三〇隻ほどの艦隊を仕立てて一航艦に立ち向かってきたのだ。

 その南雲長官の耳に、見張りから怒声のような報告が飛び込んでくる。


 「一八〇度方向に機影、敵の偵察機と思われる」


 一航艦の索敵機は敵機動部隊を発見したが、同時に米軍もまたこちらを見つけたのだ。


 「ただちに第一次攻撃隊を出せ。それが終われば可及的速やかに第二次攻撃隊も発進させる。それと、敵艦上機の来襲は必至だ。見張りを厳にするとともに直掩機の準備を急がせろ」


 南雲長官の命令一下、四隻の空母の艦首が風上に向けられ零戦が、次いで九九艦爆が爆音を轟かせて飛行甲板を蹴って大空へと舞い上がっていく。

 昭和一七年二月二五日、後に珊瑚海海戦と呼ばれる戦いが始まった。

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