第24話 第一七任務部隊
「エンタープライズ」の修理が間に合ったのは僥倖だった。
同艦はマーシャル沖海戦の際、日本の急降下爆撃機が投じた爆弾を六発も被弾した。
「エンタープライズ」にとって不幸中の幸いだったのは、これが五〇〇ポンドクラスの爆弾だったことだ。
合衆国の急降下爆撃機が常用する一〇〇〇ポンド爆弾に比べて威力が劣るそれは、飛行甲板を破壊し格納庫に損害こそ与えたが、一方でそれより下の艦体のほうには被害を及ぼさず、このことで修理のほうも一月足らずで完了させることが出来た。
これで、第一七任務部隊は空母三隻態勢で日本の機動部隊と戦うことが出来る。
マーシャル沖海戦で重傷を負ったハルゼー提督に代わり、第一七任務部隊を率いて日本の機動部隊を迎え撃つフレッチャー提督は、そのことに対して少しばかりの安堵の感情を覚えていた。
ポートモレスビーを死守するため、合衆国海軍はたとえ戦力が僅少であったとしても日本の機動部隊を迎撃する方針を固めていた。
東洋艦隊ならびに太平洋艦隊という東西の守護神ともいえる存在を失い恐怖する豪国民の前で、さらに第一七任務部隊が戦いを避けてポートモレスビーを見殺しにするようなことがあれば、それこそ豪州は日本との単独講和に応じかねない。
そうなれば、米国の対日戦略は根底から見直しを迫られ、その分だけ戦争が長期化することだろう。
戦争が長引けば合衆国青年の血がよけいに流れるし、国民の間にも厭戦気分が高まることは間違いない。
下手をすれば戦争すら失いかねない状況になるくらいであれば、このことを避けるために「ヨークタウン」と「ホーネット」を生贄に捧げるくらいのことは合衆国海軍であれば平気でやってのける。
合衆国海軍は民主主義の軍隊ではあるが、それでもそれが必要だと判断されれば九死に一生の、つまりは十死零生でない限りにおいては躊躇なく作戦を実行出来る組織でもあるのだ。
だが、「エンタープライズ」が加わったことで第一七任務部隊の戦力は劇的に向上、日本の機動部隊に一矢報いるには十分な能力を持つに至った。
「ヨークタウン」と「ホーネット」、それに「エンタープライズ」の三隻の空母にはそれぞれF4Fワイルドキャット戦闘機が二七機にSBDドーントレス急降下爆撃機が三六機、それにTBDデバステーター雷撃機が一二機の合わせて二二五機が搭載されている。
もともと、これら三隻にはF4Fがそれぞれ二〇機前後しか搭載されていなかったのだが、ニミッツ長官が奔走して合衆国本土にあった機体をかき集めてくれたのだ。
それらに「レキシントン」や「サラトガ」の生き残りの搭乗員をあて、そのことで戦闘機隊は当初よりも三割近い増勢となっている。
護衛の戦力も充実している。
三隻の空母に対して重巡七隻に軽巡二隻、それに駆逐艦を二一隻も用意してくれた。
空母一隻に対して一〇隻の巡洋艦あるいは駆逐艦というのは護衛戦力としては十分だろう。
それもこれも、マーシャル沖海戦で日本海軍が戦艦を攻撃してくれたおかげだ。
「日本軍は政治的な効果を重視するあまり、軍事的整合性を投げ捨ててしまった。
もし、当時の艦上機戦力をすべて機動部隊の撃滅にあてていれば『エンタープライズ』はもちろん、護衛の巡洋艦や駆逐艦もまた相当数がやられていたはずだ」
これはニミッツ長官の言葉だが、そのことについてフレッチャー提督は自身がかなりの幸運に恵まれていることを理解する。
場合によっては、自分はわずか二隻の空母と貧弱な護衛戦力で日本の機動部隊と対峙しなければならない状況に置かれていたかもしれないからだ。
それでも、日本の機動部隊に比べて第一七任務部隊の艦上機の数は劣っているだろうとフレッチャー提督は考えている。
しかし、その差は「エンタープライズ」が加わったことによって縮まった。
一方、水上打撃艦艇のほうは日本の機動部隊のそれに対してはるかに充実しているから、こちらのほうは心配無用だった。
そもそもとして、フレッチャー提督が指揮する第一七任務部隊に求められているのは日本の機動部隊の撃滅ではなく撃退だ。
ポートモレスビーを守ることが出来ればそれで十分に目的は達成出来る。
だが、その半面フレッチャー提督は可能な限り空母を無事に持ち帰ることも求められていた。
戦艦部隊を失い、さらに「レキシントン」と「サラトガ」までもが撃沈された今、合衆国海軍に残ったカードは機動部隊を除けばあとは潜水艦部隊くらいのものだからだろう。
しかし、フレッチャー提督はそのことについてはあまり気にしていなかった。
日本の海軍はあまりにも強大だ。
慎重にあるあまり、逆に腰が引けた戦いをやらかせば、それこそ一方的に蹂躙されかねない。
(負けなければ十分。仮に差し違えたとしても、国力を考えればそれはこちらの勝利だ)
日本の機動部隊との戦いを前にフレッチャー提督は戦意を高める。
米日機動部隊の戦いは目前にまで迫っていた。
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